五章 エンパシーゴーストー1

 1


 サファリパークの動物なんて見飽きてるのか、サファリのエリアに、パーティー客の姿はなかった。

 メアリの仲間たちも、まだ、ここまでは、やってきていない。


 タクミは観覧コースのスタート地点で客を待つ、イルカ型の無人タクシーに乗りこみ、行くさきを告げた。


「ホワイトタイガーのエリア。急いで」


 イルカは可愛い電子音をだして、猛スピードでコースをつっぱしる。


 サファリパークのなかは、エリアごとに、マジックミラーの障壁で区分けされている。カギを持つ飼育員以外、障壁のなかには入れない。


 まもなく、ホワイトタイガーのエリアまでついた。

 タクミはイルカをおりたものの、マジックミラーの前で途方にくれた。


 すると、人工の密林の奥から、白虎をおともにしたオシリスが姿をあらわした。腕には、ユーベルを抱いている。


『待っていたよ。タクミ』


 ふわりと、タクミの体が浮いた。

 マジックミラーをかるがる、飛びこす。


 次の瞬間には、タクミはホワイトタイガーの前で、しりもちをついていた。

 ベロンと、ザラザラの大きな舌が、顔面をなめて歓迎してくれる。


「うう……ポップコーンのあとは、トラの唾液だえき。顔も頭もネバネバだぁ」

「この子たちも、君が好きなんだよ。君が彼らを傷つけない、優しい人間だと、エンパシーでわかるから」


「こんな方法で呼びだして、なんなんですか? ユーベルに何をしたんですか?」

「ユーベルには治療が必要だった」


 タクミは頭のなかが真っ白になるくらい、カッとなった。


「ユーベルは僕の患者ですよ! 勝手なことしないでください!」


 オシリスの手から、ユーベルをひっぱがす。

 くやしいことに、ユーベルは、じつに幸せそうな顔で眠っていた。


 タクミが知るかぎり、こんなふうに、ユーベルが安心しきっていたことは、かつて一度しかない。


 宇宙で、ゆいいつ、公認のトリプルAランク者のサリーに、エンパシーによる最初の治療を受けたときだ。


 あのときと同じ顔をしてることが、くやしい。

 自分の力不足を見せつけられる気がして。


 オシリスはタクミをながめて笑った。


「そんなことはないよ。ユーベルが幸せなのは、君のおかげだ。私はただ、ユーベルが、それに気づく手助けをしただけ。もっとも、内心では、ユーベルも、とっくに気づいていたが」


 このとき初めて、タクミは思った。

 オシリスが、ひじょうに高齢なのではないかと。

 青年の姿をした百二十さいのアンソニーと同じものを感じた。


 死ぬ時期を逸してしまった人間の孤独を。


「そう。だから、私はオシリス。最初から死を超越する者として造られた。私は、このムーンサファリの研究所で生まれた人工の生命。

 ゲノム編集という技術があるね? 両親の遺伝子配列から、より優秀な遺伝子を選択して、生まれてくる子どもの遺伝子情報を編集する。

 しかし、ベースはあくまで両親のDNAだ。もし、この枠組みをこえて、優秀な人間の優秀な部分だけをつなぎあわせたら? 生まれてくる子どもは、天才の頭脳と健康で優れた身体能力をあわせ持つ超人になる。

 芸術的才能やESPをもそなえた、完ぺきな人間。まさに人類の夢とも言うべき存在。あらゆる分野で天才の力を発揮する、神にも等しい人間——そういうものとして、私は造られた」


 信じがたい話だ。

 だが、タクミは疑わなかった。


 すでに、オシリスの驚異的な能力の数々を目にしていた。

 第一、彼は美しすぎた。

 その人間離れした美貌だけで、あたりまえに誕生した人間とは違うものを感じさせる。


「じゃあ、あなたが、ジャリマ先生に似てるのは……そのケタ外れの超能力は……」


 さらりと、オシリスは肯定する。


「サリー・ジャリマにもらったものだよ。私の今のこの体は四体め。これが完成体だ。サリー・ジャリマは、きわめて優秀な頭脳とESP能力を有していた。肉体的にも健康で申しぶんなかった。

 彼のDNAに、彼以前の私の優れた部位の遺伝要素を組みこみ、私自身がデザインした。これ以上の能力をもつ人間は造りだせないだろう。遺伝子操作の臨界点まで到達したのが、この体だ」


「ジャリマ先生は、それを知ってるんですか?」


「知らないよ。だが、我々は非合法な研究をしてるわけじゃない。遺伝子操作に利用したDNAは、すべて、その持ちぬしか近親者の了承を得ている。サリー・ジャリマの場合は、彼の兄からDNAの研究利用権を買いとった」


「ジャリマ先生は兄弟と仲が悪くて、絶縁してるんですよ? 当人の承諾も得ないで、険悪な兄弟から買った権利なんて——」


 オシリスはナイフのような語調で、タクミを制する。

「だが、合法だ」


 くそッ。こういうところ、ジャリマ先生そっくりだ。


「うん。彼の冷静さと信念をまげない強固な意志力は、優良な気質だ。大事を成しとげるのに向いている。ゲノム編集のとき、この気質は残したよ」


 タクミはサリー自身と話しているような錯覚におちた。脱力感をおぼえる。


「権利問題は……まあ、いいですよ。今さら、今、生きてるあなたに、権利に反するから死ねとは言えないし。だけど、それじゃ、あなたの目的はなんですか? 僕に協力してほしいと言うなら明かしてください。納得してからじゃないと、僕は協力しませんからね」


 ことによると、ホワイトタイガーをけしかけられるかな、と思った。


 だが、オシリスは、そんな非人道的なことはしなかった。謎めいた微笑を端正なおもてに浮かべただけだ。タクミが女なら、うっとり見とれてしまったかもしれない。


「君は、まだ真相にたどりついていないのだね。第二のヒントをあげよう。ロザンナ・ダルジェという女に会ってみたまえ。そのあとで話をしよう。たぶん、あと一度くらいは会えるだろう」


 オシリスの視線が、すっと、すべり、タクミの背後へと流れる。


「いつも、いいところで迎えが来るね。メアリに会ったら、よろしく伝えてくれたまえ。いずれ帰るから、心配しないでほしいと」


「逃げるのはムリですよ。今日はもう大勢のお仲間が、あなたを生け捕りにしようと、ひしめいてる」


「ここは私のホームグラウンドだ。私だけの知る秘密の抜け道がある」


 オシリスはマジックミラーの向こうを透視しているのだろう。何かを見て、ほほえんだ。


「もうじき、夢のとびらが、ひらかれる。今夜、巫子の力で。そのときこそ、君に……」


 呪文のような言葉をつぶやき、ふわりと、オシリスはとんだ。かるくジャンプしただけに見えたが、五メートル以上の障壁を、かるがると跳びこえた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。僕らは、どうなるんですか——って、ああ……」


 べろん、べろん、と両側からホワイトタイガーに、ほおをなめられる。トラにかこまれてしまった……。


 五分後——


「や、どうも、どうも。ありがとうございます。あのまま、トラの群れのなかに、ほっとかれたら、どうしようかと思った」


 かけつけてきたメアリと、その仲間たちに保護される。

 タクミとユーベルは、ぶじ、飼育エリアから出ることができた。


「また、あなた! オシリスは? オシリスは、どこッ?」


 いきなりメアリに肩をつかまれて、ガクガクゆすぶられてしまう。


 うーんと、ユーベルが目をさました。


「あ、タクミ」

「あ、タクミーーじゃないよ。いいね。君は太平楽で。さっきまで、僕ら、まさに俎上そじょうの鯉だったんだよ」


「ゴチャゴチャ言ってないで! オシリスはッ?」


 タクミは、てきとうな方角を指さした。

「行ってしまいました。メアリさんによろしくって。必ず帰るから心配しないで、だそうです」

「どうしたら心配しないでいられるのッ?」

 メアリはヒステリーを起こしながら、タクミの指さしたほうへ走っていった。


 そのあと、タクミたちはメアリの仲間から、しつこく事情を聞かれた。


 タクミは、たまたま通りかかっただけとウソをつきとおした。いちおう釈放されたが、しっかり監視がついている。


「つけてきてるなぁ。しょうがない。ホテルの部屋に帰ろうか。疲れてきたしね」


 ユーベルは従順に、うなずいた。

 あんなに怒ってたくせに、すっかりおとなしくなってる。爪キャップをはめられた猫みたいだ。


「ねえ、ユーベル」

「うん。さっきは、ゴメン」


 何があったのか聞こうとしたのに、ユーベルは甘えん坊になってしまって、タクミの背中に頭をこすりつけてくる。


 単純なタクミは、まあいっかと考える。

 ユーベルが、それでいいのなら。


 パークのなかにホテルは数軒ある。

 タクミたちに用意されたのは、アトキンス家の人たちと同じホテルだ。パーク内で、もっとも高級な、オテル・ド・サファリ。


 入園のときにカギを渡されていた。

 客室へ入ると、サファリパークらしい可愛いデコレーションがされている。


 スタッフに預けておいた荷物が、すでにほどかれ、服はクローゼットへ、その他のものは、それがあるべき場所へと、おさめられている。


 机上のカード型パソコンにテレビ電話の留守録が入っていた。どっかで見たようなオールバックの男だ。


(ええと……そうだ。オリジナルダイアナのイトコの息子か)


 たしか、名前は、ノア・リッチモンド。


「先日の件で、思いだしたことがあるので一報します。故ダイアナには、ロザンナ・ダルジェという友人がいたようです。うちにも、ダイアナの形見がほしいと、再三、電話をかけられて、閉口したことがありました。どうやら、たかりの一種と思われたようで、アトキンス氏からは断られたようですね。連絡先は——」


 ノアの告げるメールアドレスを、タクミは丸暗記した。


(ロザンナ・ダルジェ。さっき、オシリスが言ってた人だ。ダイアナの友人か。これは期待できるぞ)


 ロザンナに会えば、きっと事件は進展する。


 すぐにも会いたいが、ムーンサファリは、オシリスのホームグラウンドだという。つまり、メアリたちの所属する機関の拠点だ。ネットを使うだけで傍受されてしまうかもしれない。


 しかたなく、連絡をとるのは明日以降に持ちこすことにする。


(オシリスの研究チームって、ムーンサファリの遺伝子研究所なんだな。表向きは動植物の改良と繁殖はんしょくのための研究と言っといて、裏では人間の遺伝子の実験をしてたんだ。


 どおりで、ユーベルのことを知ってるはずだ。あんな大事件を起こしたエスパーだもんな。興味をもたないはぐがない)


 ムーンサファリに研究所があることは、ディアナ市民なら誰でも知っている。サファリパークの動物たちも、研究所が復活させたクローン再生体だ。


 しかし、そこに裏の顔があったとは……。


 おかげで、ホテルでの豪華な晩餐会ばんさんかいも、上の空だ。


 だが、タクミより、もっと上の空の人物がいた。

 ダイアナだ。


 晩餐会に来たダイアナをひとめ見て、タクミはドキリとした。


 ダイアナは目に見えて美しくなっていた。もともと、とんでもなく美少女なのだが、今まで以上に人目をひく何かが、今の彼女にはある。


 ダイアナは、ぼんやりと物思いに沈んでいる。

 アンソニーが心配げに、たずねる。

「ダイアナ。食欲がないのかい?」

「あら、いいえ」

「今日の君は、少し変だよ」

「ちょっと疲れていて……ごめんなさい」


 そんな会話をする二人のようすが、ひどく印象に残った。


 晩餐のあと、ユーベルと二人で外に出て遊んだ。

 夜はライトアップされ、園内は非現実的な空気に包まれている。


 ホテルの寝室に帰ったのは、零時前だ。

 タクミもユーベルも疲れて、すぐに寝入ってしまう。


 夢を見ていた。

 妙に不鮮明な。

 水のなかから外の景色をながめているような。


(あ、また、この夢か。ユーベルのせいだな)


 以前に見た、覚醒時のダイアナの記憶だ。


 人工子宮の外を歩く人々。

 数値を読みあげる声。機械の発するモーター音。

 パネルのきらめきが電飾のようだ。

 ライトアップされた遊園地みたい。


 これから楽しいことが始まるとわかっていて、ワクワクする。


(早く出して。ここから出して。あなたに会いたいわ)


 培養液がぬかれ、ガラスの卵がわれる。

 その人が、身をのりだしてくる。

 黒くシルエットになって、手をさしだしている。


「君を待っていたよ。私の花嫁」


 わたしも待ってたのよ。

 わたしは、あなたと完全に調和する。

 わたしたちは二人で一つなの。


 手をとって、立ちあがる。


 光のなかに、その人のおもてが見えた。

 アラバスターをきざみこんだように端麗なおもて。


 オシリスのエメラルド色の瞳が、彼女を見つめていた……。




 *



 すっと、夢の遠くなる感覚。

 タクミは目ざめた。


 ベッドのなかには、ユーベルもいる。

 タクミが寝てしまったあと、勝手に入ってきたらしい。

 タクミと同時に目をあけた。


「……ごめん。やっちゃった」


 勝手にベッドに入ったことを叱るべきだろうか?

 いや、でも、それより今の夢のことが気になる。


「いいけどさ。今の夢、ダイアナの夢だったよね?」


「うん。あの子、エンパシストなんだよ。さっきので、わかった。だから、あの子が不安定だと、共鳴しちゃうみたい。あの子は、まだ夢見てたけど、タクミが起きたから、おれも目がさめた」


 なんだか、自分の知らないところで、事件が収束に向かっている。そんな気がする。


「五時四十七分か。ちょっと早いけど、チェックアウトしよう」

「なんで?」


「急がないと乗り遅れる」

「まだ始発じゃないの?」

「違うよ。事件の解決編にだよ」


 タクミはユーベルをせかして、ホテルをチェックアウトした。ディアナシティ行きの地下鉄に乗る。


 尾行のついてる気配はなかった。

 オシリスは捕まったんだろうか?


 ディアナシティにつくと、まず、事務所へ直行した。

 事務所のパソコンから、ノアがテレビ電話で言っていたメールアドレスにアクセスする。


 幸い、ロザンナと連絡がとれた。

 モニタに映るロザンナの風体は、見るからに水商売の女だ。


 ちょうど商売帰りで、シャワーを浴びているところだったらしい。バスローブ一枚で、真っ赤な顔をしている。


「このごろ、みんな、どうしちゃったの? あたしが、あれほど、さわいでたときには、誰も相手にしてくれなかったくせにさ。十年もたってから、急にダイアナ、ダイアナって、追いまわすんだもん」


「ということは、僕以外にも、最近、ダイアナのことをたずねた人がいるんですね?」


 ロザンナは何さいくらいだろうか。

 肌の色つやから言って、そうとう若いか、つい最近にテロメア修復薬を飲んだかだ。


 だが、目の下の深いしわが、彼女の人生の哀感を感じさせる。


「あら、よく見たら、ずいぶん可愛い坊やじゃない。あいかわらず、ダイアナ、モテるのねえ。この前、来た人なんて、目を疑うようなビューティーだったのよ」


 オシリスのことだ。


「あんまりハンサムだったから、商売っけなしで誘ったのに、切ないわねえ。いつのまにか寝ちゃってて、いなくなってるのよ。死んだパパの夢なんか見て、泣けちゃってさあ。あの人のせいじゃないだろうけど、ふしぎな人だったわ」


 いや、たぶん、夢も、あの人のせいです。

 催眠治療をほどこしたんですよ。


 まあ、それにはふれないでおく。


「その人に話したこと、僕にも教えていただけますか? たぶん、ダイアナさんのためになることだと思うんですよ」

「いいよ。あんた、可愛いから」


 タクミが何者なのか、ダイアナと関係があるのかさえ聞かない。こっちは助かるけど、ちょっと心配になって、タクミはそのことを指摘した。


 ロザンナは大口をあけて白い歯を見せた。


「これでも人を見る目はあるよ。あんたは大丈夫。きれいな目をしてる」

「はっ、どうも……」


「あたしだって、わかってるよ。あたしみたいなのが、玉の輿に乗ったダイアナのまわりを、ウロチョロしちゃ目ざわりだってことくらい。

 なのに、あいつったら、手切れ金なんだろうね。こんりんざい連絡をよこすなって、大金なげつけてきやがってさ。

 そりゃ、お金は、ありがたくもらったね。くれるって言うんだもんね。だけど、あたしは、ただ、お金持ちになったあの子に、おめでとうって言いたかっただけなんだ」


 どうも、アンソニーのことらしい。

 だいぶ、酔ってる。

 顔が赤いのは、シャワーのせいだけではないようだ。


「わかりますよ。仲のいいお友達だったんですよね?」


「友達っていうより、姉妹ってもんよ。そりゃ、ちっと惚れっぽいとこはあったけど、いい子だったんだよ。こんな商売してるふうには見えなくてね。男に夢中になるほうだったからさ。けっこう男にだまされてたね。情が深いのをすぐ利用されるんだね。見てるほうがハラハラしたっけ」


 ロザンナが、どんな商売をしてるのか、ハッキリしたことはわからない。


 しかし、やはり、死んだオリジナルのダイアナは、あまり他人に言えない種類の商売をしていたのだ。


 若いころに、かけおちして家をとびだしたと、ノアは言っていた。が、その男とは長続きしなかったのだろう。


(惚れっぽくて、だまされやすくて、ちょっと浅はかで。美人だけど、男につくして泣かされる——なんか、今のダイアナのイメージと、ずいぶん違うなぁ。DNAが同じでも、違う環境で育てば、多少は性格も変わるだろうけど。遺伝的な気質ってのもあるから、まるっきり別人みたいになることはないはずなのに)


 タクミの知ってるダイアナは、思いやり深くはあるけど、知的で思慮深い。


 情におぼれて自分を犠牲にはしない。


 見ためほど可愛いだけの女ではなく、話せば、けっこう、しっかり自分の考えを持っているとわかる。


 異性を見る目もシビアだ。


 どう考えても、ロザンナの話すダイアナ像は、今のダイアナとは、かみあわない。


 考えるあいだにも、ロザンナは話し続けていた。

 あとで、リプレイモードで、ちゃんと聞かなくては。


「あのとき、あの子、飽きた男にしつこくされて困ってたんだよ。それで、ショバを変えるって、ちっといい身なりして、モナコにもぐりこんでさ。そりゃ、入るのに、有り金使いはたしたけどね。あの子ほどの美人だもん。入っちまえば、客は好きなだけとれるよ。

 金持ち、ひっかけてくるって言って、モナコのゲート前で別れたのが、今生の別れ。何度かテレビ電話で話したけど、会うことは一度もなかった。

 大富豪つかまえたって、はしゃいでたねぇ。悪いクセだして、夢中になってるみたいだったから、あたしゃ心配で。何度も会いたいって言ったのに、男のほうがジャマしやがってさ。そんで、手切れ金だろ? あんなヤツの、どこがよかったんだろうねぇ。

 まあ、ちょっと、ダイアナ好みのハンサムではあったわね。アンソニー・アトキンスっていうの。鉱山王と結婚したのよ。あの子」


 嬉しげに話してたいたロザンナの顔が、一瞬後には、くもる。


「せっかく、これからってときだったのに、かわいそうにね。結婚して、ひと月もしないうちに死んだんだ。急な事故だったとか、病気だったとか。それさえ、はっきりしないんだ。

 葬式にも行かせてもらえなくてね。墓の場所も教えてもらえない。ひどい話だろ?

 それで、あとになって聞いた話。ちゃっかり、クローン再生させてるっていうじゃない。

 今さら、あたしみたいなのが、しゃしゃりでちゃマズイんだろうよ。そんなの、わかってるさ。

 あたしだって、あたしを知らないお姫さまのあの子に会いたいわけじゃない。あたしが好きだったのは、いっしょに苦労してきた、友達のあの子なんだ。

 クローンってのは、しょせん、本人じゃないんだもんねえ。いいことも悪いことも、思い出があるから人間は生きていけるんじゃない。ねえ、そうだろ? あんた」


 すっかり涙目ぐんで、目頭をバスローブのえりで押さえてる。胸元が、はだけそうで、タクミはビクビクだ。


「そ、そうですね。思い出は、その人の一生の宝です」


 そのあと、ダイアナの思い出話をさんざん聞かせられたが、殺人事件に関係することはなさそうだった。


「お話、ありがとうございました」


 タクミが通話を切ろうとしたときだ。

 ロザンナがひきとめた。


「待って。あんた、いい子だから。見せてあげるよ。これが一番写りがいいんだって言ってね。あの子のお気に入りだったんだ」


 ロザンナが持ってきたのは、電子ペーパーにプリントアウトした写真だ。


 二人の女が笑ってる。

 もちろん、片方は、ロザンナ。

 だが……。


「ほら、よく撮れてるだろ? この子、金髪だからさ。黒きると、セクシーなんだよね」


 衝撃がつらぬいていく。

 あまりの驚がくに、タクミは数瞬、言葉を失った。


 ようやく、かすれた声が出た。

「……これ、ダイアナ?」


「そうだよ。あんた、クローンに会ったことないの?」

「え? いや、でも、これは……」


 だって、これがダイアナだというなら、タクミの知ってるダイアナは、なんだというのだ?


(これがダイアナなわけがない。だって、これは……)


 それは、あの写真の女だ。

 納骨堂で殺されたカメラマンが持っていた、あの写真の——

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