第二十回 警部は語る・その十一

   

「あら、グッドタイミング!」

 嬉しそうな理恵りえの言葉に重なって、

「ただいま」

 山田原やまだわらただしが部屋に入ってくる。

 背丈も顔つきも兄のおさむとよく似ているが、兄とは異なり、優しい目つきの人物だ。そのため、受ける印象も真逆まぎゃくで、やわらかい雰囲気に見える。

 自信なさげに俯き加減だったので、こちらに気づいていないようだった。

「正さん、こんばんは」

「あれ? あ、警部さん……。それと、お仲間のかたですか?」

 私と部下がいるのを見て、正は動揺していた。後ずさりしたいくらいの気持ちだったらしい。その場で足を止め、少し体を後ろに引いていた。

「もう! そんなにビクビクしないでよ、正君。大丈夫だから、ほら、ここに座って」

 理恵に手招きされて、彼は彼女の横に座る。

「警部さんたちはね、私たちのアリバイを調べにきたの。だからといって私たちを疑っているわけではなく、ただ形式的なものなんですって」

 理恵の言葉で、正も少しは落ち着いたように見えた。

「正君が帰ってくるまでに、私の分は終わったから。今度は正君の番よ。先週の木曜日と金曜日について、警部さんに話してあげて」

「先週の木曜日と金曜日?」

「そう。朝から晩まで、全部話す必要はないの。夕方から夜にかけて、それだけでいいから」

 最初に理恵が夫を『正君』と呼ぶのを耳にした時は「ラブラブの新婚夫婦みたいだ」と思ってしまったが、こうして二人のやり取りを聞いていると、むしろ子供とそれをあやす母親に見えてくる。

 理恵に促されて正が話したところによると、まず木曜日は、会社を六時頃に出て、帰宅は先ほどの理恵の証言通り、七時半頃。

 通勤経路を確認すると、電車の乗り換えなどもあって、確かに一時間半くらいかかりそうだった。つまり、この日は会社から真っ直ぐ帰ったことになるが……。

 この日に殺された山田原やまだわら豪次ごうじのアパートは、その通勤ルートのすぐ近くだ。ぶらりと途中下車で犯行に及ぶのも、可能と判断できた。もちろん切符ではなく通勤定期だから、乗り降りの記録も残らないだろう。

 私は、話を先に進めることにした。

「なるほど。では、二十三日は?」

「金曜日は、帰ってきたの、遅かったわね?」

 正が答える前に、理恵が口を挟む。

 確かに、そこまでは、先ほどの理恵の話の中にもあった。

 今度は、肝心の正の口から、その詳細を聞き出したいわけだ。ところが、

「うーん。それは……」

 正は、何やら言いよどむ感じである。

   

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