第十八回 警部は語る・その九

   

「木曜日と金曜日の、夕方から夜にかけてをお話しすればいいんですよね? こんなものでアリバイになるのかどうか、わかりませんが……」

 そう言いながら、理恵りえは一冊のノートを取り出した。

 広げてみせたページには、たくさんのレシートが貼り付けてあった。

「これ、家計簿です。夕方の買い物のレシート、全部保存してあります。ほら、お店の名前も、買い物をした日付も時刻も、全部印字されているでしょう? これ持ってお店の人に聞いて回ったら、確かに私が買い物をしていた証明になりますよね?」

「なるほど。では、このノートをお借りして……」

「ええ、でも、家計簿を持って行かれたら、主婦としては一大事です。レシートのページだけ、コピーしておきました」

 言いながら彼女は、何枚かの用紙を取り出した。

「では……」

 部下と二人で一応確認してみたが、確かに、家計簿のコピーだった。日付も時刻も、家計簿のレシートと一字一句、間違いはない。

 そこから判断する限り、二日とも、夕方四時頃から五時半頃まで、近所で買い物をして過ごしたようだ。毎日の買い物で一時間半もかかるのは少し意外だが、まあ、これが女の買い物というものかもしれない。近所だからこそ顔見知りも多く、いわゆる井戸端会議みたいなものもあるのだろう。

 ちなみに、この手のアリバイの確認作業は、案外うまく行かない場合が多い。客の方では店員と顔なじみのつもりでも、店員から見れば大勢の中の一人。よほどの常連客でない限り、いちいち客の顔など覚えていないらしい。

 もちろん、そんなことは告げずに、私は話を進めた。

「なるほど。では夕方五時半頃までは、これで良しとしましょう。それ以降は、どうです?」

「私は香也子かやこと違って専業主婦だから、夕方の買い物の後は、家で寂しく一人きり……」

 理恵は、小首を傾げる。改めて、その日の出来事を思い出そうとしている様子だった。

「木曜日は、主人の帰宅は七時半頃でしたから、それ以降は主人と一緒。ただ、八時半だったかしら、九時頃だったかしら。香也子から電話がかかってきて、しばらくは彼女の相手をしていたから、その間は主人のことは放置。でも、おかげさまで、電話会社の通話記録が、私の在宅を証明してくれるわけですね」

 ここで理恵は、親しげな、悪戯イタズラっぽい笑顔を浮かべた。あまり警察関係者に対して見せる表情ではないが……。

 何やら、面白い考えが頭に浮かんだらしい。

   

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