第5話 代筆致して候
やっぱりか~。そうじゃないかと思ったんだ。
信長、死んでたのか。
会ってみたかったなあ~、現物の信長。
どんな姿でどんな声してたんだろう。
やっぱ、怒った時はすげえ怖かったんだろうか?
妄想は膨らむが死んだ人には会えない。
すっぱり諦めるが寛容よ。
なら今の織田の当主は市姫で間違いないのか?
結論、違う。
市姫は『陣代』(当主代理)で、当主は三才の奇妙丸様との事。
ここできたか奇妙丸!
俺の中では残念長男信忠だ。
本能寺の時、安土まで逃げてたらちょっとは違った結果になっただろうに。
そこそこ有能な人物だったのだ。
だがいかんせん父親があの信長だから色々と比べられて大変だっただろうなあ。
でも、信長は若くして死んだ。
この世界では伸び伸び出来るはずだ。
俺としては信忠には頑張ってもらいたい。
将来は父親に負けない有能な当主になって欲しい。
出来れば悪い所は似ないように。
しかし、市姫が陣代とは他の兄弟はどうしたんだ?
それを又左に聞こうとした時、外から大きな声が近づいてきた。
「又左衛門、又左は何処だー。そこの者。又左を知らぬか?」
「いえ存じませぬ」
「そうか。む、そこもとは知らぬか?」
「前田様ですか? 見ていませぬ」
「わかった。見かけたら知らせてくれ」
声の主に心当たりがある。
心のイケメン、勝三郎だ。
又左を探して居るのか、何で?
又左を見ると視線を反らした。
「おい又左」
又左を問い詰めようとすると戸がスパーンと開かれる。
見事な音だ。
ドラマ等でよく見るシーンだ。
俺も一度はやってみたいと思っていた。
戸を開けたら、こう、ニヤッとして『見つけたぞ』みたいなセリフを………
「見つけたぞ利久!」
………勝三郎に、先に言われた。
現在、又左に勝三郎による説教が行われている。
俺は関係ないので墨を磨り続けている。
耳は説教の内容を聞いている。
説教の内容は、どうやら又左は戦後処理の書類作りを逃げ出していたらしい。
又左の俺の監視は外のみで、城内では監視しないと勝三郎は本人の目の前で話している。
それは本人の居ない所で話そうよ勝三郎。
更に説教は続く。
しかし勝三郎君。
君も結局サボっているのでは?
俺が疑問に思っていると又左も反撃する。
「勝三郎。お前も俺を探す口実で逃げてきたのではないか?」
ふふん、ドヤ! みたいな顔の又左。
しかし冷静な勝三郎。
「私はちゃんと自分の分は済ましている。それよりもお前の報告待ちの人間が困っているのだ。早くこい!」
やり返され墓穴を掘る又左。
かっこわりー。
後でまつさんに教えてやろう。
喜んでくれるはずだ色々と。
「俺が書くより他に書かせろ。俺は書き物は苦手だ!」
「苦手でも、何でも、早く書け!」
嫌だ、書け、嫌だ、書け、の押し問答が続く。
いい加減うるさいので割って入る。
「それほど嫌なら俺が書きましょう。又左は話だけで、内容は俺が書きます」
「おう。それは助かる。そうしよう、な!勝三郎」
「藤吉。その方字が書けるのか?」
「書けますよ。見せましょうか?」
それならばと又左が懐から紙を取り出す。
こいつ、最初から自分で書く気が無かったな?
俺と勝三郎は頭を抱える。
「ほれ藤吉。さっそく書いてくれ」
「はぁ、よこせ。又左、話をしろ。勝三郎殿。間違いが有れば訂正をお願いします」
「よしそれならば。あれは俺が………」
さっそく話始める又左。
それを紙に書いていく俺。
それを見つめる勝三郎。
するとしばらくして勝三郎が俺に話しかける。
「その方の字、見やすいというか? 分かりやすいというか?」
「いけませぬか? 書き直せとおっしゃるならそうしますがどうしますか?」
「いや、そのままでよい」
いやいや、見られるとちょっと緊張する。
「邪魔するな勝三郎。今、良いところなんだ」
興がのったか。
それとも単に調子にのったのか?
得意顔で話す又左。
しかし、この書いている内容は本当なのか?
話半分でも盛りすぎだろう。
なんだよこの一人で百人相手にしたとか?
堂々と名乗りを上げて敵将を撃ち取ったとか?
書いてる側で勝三郎を見るが首を横に振っている。
嘘かこいつ!?
どうしようもないな。
さっきの感動を返せよ。
俺の心中を知ってか知らずか、又左は話を続ける。
どれだけ時間が経っただろうか?
書くのに二時間は係ったかも知れない。
途中、墨と紙が足りなくなるかと思った。
話している間、墨を受け取りに来た者は勝三郎が取り成して帰していた。
そして書き終わった後はぐったりとなった。
利き手の右腕がプルプル震えている。
正直、疲れた。
そして久しぶりに書を書いた。
小さい頃、祖父に教えてもらい下手なりに頑張って書道三段を持っている。
俺の数少ない自慢だ。
しかし、これだけの時間書き続けたのは初めてだ。
途中、追い付かなくなり焦った。
字も少し汚くなったが何とか書けた。
祖父が見たら叱られるな。
又左の奴、調子に乗って早口になりやがって書く俺の身も考えろ。
勝三郎が字の間違いがないか確認している。
隣でやりきった感を出している又左。
殴ったろか、と本気で思った。
「よく書けている。これなら直さなくても大丈夫だ」
「当然だ。俺の話だからな」
勝三郎と俺が同時に突っ込む。
スパン、スパンと小気味良い音が部屋に響く。
「これだけ書けるなら代筆を頼もうか。墨を磨るより仕事になるぞ?」
代筆? 俺がやっても良いの?
「よろしいのですか?その俺は……」
「監視のことか?」
分かってらっしゃる。
「それもありますが………」
「大事なものは書かせないよ。簡単な物から任せたい。小者頭には私から話しておく」
「それなら、ありがとうございます。頑張ります」
「うんうん。頑張れよ藤吉」
再度突っ込まれる又左。
学習しろ!
しかし、代筆か?
思わぬ形で仕事が出来たな。
ちょっとだけ又左に感謝しよう。
「では、私はこれを持っていく。藤吉。明日から頼むぞ」
「はい。わかりました」
「おう。監視は任しておけ」
勝三郎が突っ込む。
俺はため息しか出ない。
きっと勝三郎と又左はこんな感じなんだろうな。
どこか楽しそうにも見える。
気づけば日が傾き始めていた。
今日の仕事はこれで終わりかな?
勝三郎が部屋を出てしばらくするとまつさんがやって来る。
「藤吉殿。今日の仕事は終わりです。先ほど勝三郎様から聞きました」
そうか終わりか。
「勝手に帰って大丈夫でしょうか?小者頭に挨拶した方が良いでしょうか?」
ちょっと心配で聞いてみる。
新人だからな。
勝手に帰ったら怒られるかも?
「大丈夫です。明日からは勝三郎様が藤吉殿を見るそうですから」
「そうなんですか?」
「右筆がどうとか? 良かったですね。小者から近習ですよ!」
「近習!マジかよ?」
「良かったな藤吉。こりゃお祝いしなくちゃな」
お前は酒が飲みたいだけだろ!
それよりももう小者は終わり?
明日から近習?
「本当かよ?」
……本音が出た。
「本当ですよ。さぁ、帰って祝いましょう。兄上。酒はダメですよ」
「何でだ、まつ。 せっかくの祝いだぞ」
「飲み過ぎて壁に穴を開けたのを忘れたのですか? 当分禁止です。藤吉殿は飲まれても大丈夫ですよ」
「何でだ。良いだろう藤吉」
二人の言い合いが耳に遠い。
昨日も色々有ったが今日も色々有った。
いきなり出世かよ。
………早くない?
また平手のじい様がうるさいだろうなと思っていた。
「ま、一献」
「頂こう」
杯を傾け又左から酒を頂く。
うん、苦い。
やっぱり酒は苦手だ。
何でこんなもん皆平気で飲めるんだ。
帰ってから寧々も加えてお祝いされた。
酒は駄目だとまつさんが言っていたが又左が何処からか知らないが持って来ていたのだ。
今は縁側で二人、月を見ながら味噌を肴に飲んでいる。
まつさんと寧々は俺が明日から着ていく服の手直しをしている。
明日から近習になるのだが俺の着る服がない。
そこで又左の服を借りる事にした。
本人は出世祝いでくれるというが良いのだろうか?
まつさんも貰って欲しいというのでありがたく頂こう。
しかしサイズが違うので寸法を合わせて直しているのだ。
後ろから楽しそうな二人の声が聞こえる。
あの二人本当に仲が良いな。
姉妹に見えなくもない。
それに若い二人の美少女に自分の服を直してもらう等なんとも嬉しいものだ。
「ほれ、返杯だ」
「おう」
俺が又左の杯に酒を注ぐ。
又左はそれを一気に飲み干す。
こいつ酒強いなあ~。
さっきから俺が一杯飲んだら三杯は飲んでるよ。
ペース速いよ。
「さて、真面目な話をしようか」
「真面目な話?」
「藤吉。お前さん織田家でどうしたい?」
「いきなりだな又左」
いきなり真顔でぶっこんで来やがった!
「勝三郎や平手のじじい、それに市姫様はお前を疑ってもいるし信用したいとも思っている。何せ味方が少ないからな。慎重にもなる」
味方が少ない?
「疑うのはわかる。三日やそこらで信用してもらおうとも思わない。俺はただ、今を生きたいだけだ」
自分で言ってすっと胸に入ってくる。
右も左もわからない世界で何をするにも、まず生きる基盤がいる。
今、織田家から捨てられるのは良くない。
せめて周りの状況を知ってから判断したい。
そう判断材料がないのだ。
何をするにも圧倒的に情報量が少ないのだ。
「織田家でどうするも何も、俺は今の織田家を何も知らない。だいたい、織田信長が死んでる事すら知らなかったんだぞ。こっちこそ聞きたいよ。今の織田家の事を?」
すると又左はキョトンとした顔で俺を見たあと、大声で笑い始める。
「笑い事じゃないぞ」
「いや、すまん。そうか、何も知らんのか。そうだな、信長様の事も知らんのだからそうだな。うん。そうだ」
一人で納得する又左。
こっちは何も分からん。
「おい又左」
「あー、わかった。どうやら本当に知らんのか?」
「だから何を?」
まるで答えのない禅問答だ。
「まつも俺もお前が
「勘十郎?」
勘十郎って、信長の弟の織田勘十郎
二度も謀叛を起こして失敗。
挙げ句信長に殺されたあの信行?
「まさか勘十郎信行も知らんのか?」
「いや、名前は知ってる。信長様の弟だろ」
「知っているなら分かるだろう?」
いや、だから全然分からんよ?
でもこっちでは信長が死んで信行は生きてるのか。
逆になってるな。
「分からん。信長様が死んでて、勘十郎、様は生きてるのか?」
「本当に何も知らんのか?」
「だから、何を?」
あー、もう、じれったい。
又左はしばらく思案した後で爆弾を投げる。
「信長様は、勘十郎信行に殺されたのだ」
「はぁ~、嘘だろ。逆ならともかくそんな事信じられるか?」
「………本当の事だ。知っているのは城でも奥方と平手のじじいに、近習の一部だ」
なんて事を教えやがる!
それは最重要機密じゃないか?
今から俺を殺しますと言っているようなもんだ。
「おま、お前。なんて事を言いやがる!俺を殺す気か?」
又左が嫌らしい笑顔で答える。
「ああ、返答次第では殺す気だった。これでな」
袴から短刀を取り出す。
また取り出した時の笑顔がムカつく。
「はぁ。お前な~」
「いや、俺も友を殺さずにすんで良かった」
また笑いだす又左。
俺は、笑えんよ。
きっと昨日から俺を殺す機会を伺ってたんだと思う。
下手なやり取りをしなくて良かった。
「まぁ多分。大丈夫だとは思ったよ。でもな?市姫様とまつはお前は違うと言い張っていたし。でも、じじいはお前を放逐しろと言うし、勝三郎はお前を游がして情報を引き出せと言うし、俺も大変だったんだぞ」
「お前は、殺す気だったんだろ?」
ぶっちゃけた話をする又左に俺も毒を吐く。
「まぁ、そうだな。どんな奴かと思ってたんだが。全然緊張感がないし動きから武術の嗜みを感じないしこれは違うなあ~と思ってたよ」
こいつ遠慮の欠片もねぇ。
しかし又左は密偵が本職か?
でも、槍の又左が密偵?
「話は終わりましたか兄上?」
「ああ、終わった。お前の勝ちだ、まつ」
まつさんが優しい笑顔を俺に向ける。
「良かったです。本当に」
うっすらと目に涙が見えた。
本当に心配してくれたらしい。
思えばこの子は何かと俺を助けてくれたように思う。
何かお礼をすべきだろうな。
「という訳だ藤吉。まつを頼むぞ」
「は、な、何を?」
何を言っているんだこのバカ兄は。
見ろ。まつさんが顔を赤らめてるじゃないか。
「楽しそうですね。寧々も交ぜてください」
はう、天使の微笑み。
美少女寧々降臨。
「おう。寧々も面倒を見てもらえ。将来有望だぞこいつは」
「はう、う、う」
またかこいつ。
場をかき回しやがって、寧々ちゃんが困ってるじゃないか。
「兄上。いい加減にしてください!」
「ははは、冗談だ。冗談!」
又左とまつさんの追いかけっ子が始まった。
二人を見ておろおろする寧々。
それを見て笑う俺。
月が俺達を優しく照らしている。
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