第3話 前田 又左衛門 利家

 私は今、城の外を歩いている。


 私の今現在の格好は多分麻で出来たているだろう服に着替えている。


 ザ・下男って格好だ。


 服が肌に擦れて痛いのでTシャツを中に着ている。


 私の持ち物は全部確かめられたが、何に使うか分からなかったようで全部返してもらった。

 ちなみに全て南蛮物ですと説明したら納得してくれた。


 『そんなんで良いのっ!?』と、ツッコミたいが逆にツッコまれるとこちらが困るので黙っていた。



 あの謁見から小者に抜擢された私は城下に住む事を許された。


 そしてあのまま城内にいるのは外聞がよろしくないので城の外に出されたのだ。

 まぁ、城の住み心地は悪くなかった。

 板張りの屋敷を想像していたが畳張りだったからな。


 しかし、私がいるこの戦国時代は何かが違うようだ。



 例として『清洲きよす』の地名がそうだ。


 昔は『清須』と呼ばれていたはずだ。


 でもこの時代では、清洲になっている。


 さらに『那古野なごや』の地名も違う。


 現代の地名の『名古屋』になっている。


 おそらく他にも現代地名になっている所があるのだろう。


 ……何かが違う。


 そもそも『信長』が居ないのが不思議だ?



 まつさんに信長のことを聞いたが答えてくれなかった。


 今度勝三郎に聞いてみるか?


 困ったら助けてくれると言っていたように思うから。



 しばし考え事をしていたら……



「こちらですよ、藤吉殿」


「あっ、はい」


 ちなみに私の名前は『とうきち』ではなく『ふじよし』だ。

 しかし、こちらの人達からは『とうきち』と呼ばれている。

 何度も『ふじよし』と名乗ったがわかっていますよ『とうきち』さんと言われた。


 なぜだ、解せぬ?


 直らないものは直らない。


 なら考えるだけ無駄か?


 そんな木下藤吉こと私の目の前にはまつさんがいる。


 今は清洲城下をまつさんに案内してもらっているのだ。


「大丈夫ですか?道を覚えていますか?」


 優しい言葉をかけてくれる。


 嬉しいものだ。


 最初会った時は無言で部屋を案内され、無言で食事を出され、無言で厠を案内された。

 可愛い顔をしているがこの顔の無言の圧力はかなり心に来る。


 しかしそんな彼女も市姫のことになると饒舌だ。


 その顔から年頃の娘らしい笑顔が見え、身振り手振りを交えて時には真剣に、時には冗談混じりに話をする姿は大変可愛いらしかった。


 ただ、時間を忘れるのと話がループするのは本当に辛かった。



「大丈夫ですよ。分かりやすい目印がありますから」


 清洲城までの道のりは簡単だ。


 遠くからでも見える『矢倉』に『櫓』というか、それが見えるし道もほぼ一本道だ。


 迷えという方が難しい。


「そうですか。では、こちらです」


 軽く会釈をして案内を続ける犬千代。


 ほんと、可愛いな~。


 ほんのりしてしまう。


 緊張感がまったくない。


 だから、可愛い不意討ちを食らうのだ。


 私とまつさんは通りを外れ屋敷が建ち並ぶ通りから、更に離れた場所にある長屋通りに来ていた。


 住む場所について既に説明を受けていたので、驚きはなかったが案外小綺麗な所だった。


 そして、ある屋敷の前に着く。


 まつさんは私に待っているように告げると直ぐ戻りますと言って屋敷の中に入っていき、しばらくして中年の男性と十二、三歳くらいの女の子を連れて出てきた。


「浅野様。こちらが今日から小者になられた藤吉殿です。藤吉殿。こちらはこの一帯の長屋を取り仕切る浅野様です」


「は、はじめまして。よろしくお願いいたします」


 私は軽く頭を下げる。


「ほう、その歳で小者とは珍しい。それにちゃんと挨拶も出来る。善きかな、善きかな。私は浅野と申します。下の名前は、まぁ、小者より上になったら教えましょうて」


「はぁ」


 つまり私は名前を教える価値のない人間らしい。


 口調は丁寧だがバカにされた感じだ。


 まぁ、怒る気もしないがな。うん。


 この程度で怒るほど私は小さい男ではないよ。


 しかし、小者ってこの歳でやる役職じゃないのか?


 少し不安だ。


 大丈夫なのかこれから。


「浅野様。では私達は長屋に行きます」


「うん。あ、待て。寧々。一緒に行って案内しなさい」


「はい。父様」


 浅野のおっさんの隣の女の子が、私やまつさんの前に立って長屋を案内してくれた。


 それにしてもこの女の子の名前が寧々?


 浅野の寧々さん?


 もしかして『北政所』ですか?


 私達を案内してくれている少女があの北政所『寧々』さん。


 ま、まさか~。偶然だよ。偶然。




 しばらく歩くとある長屋の一つで寧々が止まった。


「こちらです」


 寧々は軽く会釈して長屋の戸を開ける。


「どうも、ありがとうございます」


 私も会釈して笑顔で返す。


 私が中に入るとまつさんと寧々も一緒に入って来る。


 長屋の中は入って直ぐ土間になっている。

 右手側に釜戸と大きな甕が有った。

 土間から一メートル先に障子があり、障子を開けると凡そ六畳ほどの板張りがしてあった。

 部屋には押し入れが有り、中には大きな葛籠が入っていた。

 その葛籠の中には一回り小さな葛籠が入っている。


 そして部屋の先は庭になっていた。


 だいたい十メートル四方の庭だ。

 かなり広い庭だ。

 隣の部屋の庭とは生垣で仕切られている。


 うん、想像通りの長屋だな。


 多少広いと感じるが悪くない。


 庭に出て辺りを見回し……


「うん、悪くない」


 そう言って振り替えると目の前に私より大きな男がいた。


 歳は二十歳になるか成らないかぐらい。


 身長一メートル八十を越えているだろうか。


 目がギラギラしていて、私を見下ろしている。


 ここに来て初めて私より大きな男に会った。


 そして男は両手で私の肩をバンバンと叩くと。


「お前が隣人か。俺は『前田 又左衞門またざえもん 利家としいえ』と言う。 。まつ共々よろしく頼む」


 私は呆気に捕らわれ呆然としていた。


 前田利家と名乗った男は何が可笑しいのか大声で笑っている。


 男の後ろではまつさんと寧々が頭を抱えている。


 私は少しして正気を取り戻す。


 前田利家って言ったか?


 こいつが利家!?


 秀吉と無二の親友の利家。


 ウソだろ!?


 ここに来てから何度目のウソだろうか。


 でも今回はまつさん以上に驚いた!!


 だって、何か、イメージ的に、こいつ、俺が思っていた人物にそっくりなんだよ。


 この男『前田 慶次郎けいじろう』じゃん!



目の前の大男は笑い続けている。


 『前田 又左衛門 利家 』


 荒子前田家の四男、いや後を継ぐ男。


 本来ならこんな長屋に居るはずがない人物だ。

いや、確か信長のお気に入りを斬り殺して、一時浪人に成っていた時期があったな。


「いやいや、すまん、すまん。まつがお主の事を気に入って夜中ずっと話をするゆえ、どんな御仁か気になったのよ。驚かせたようであいすまん」


 そしてさらに大声で笑う。


 なんだこいつは?


 駄目だ何も考えられない。


 私はこの大男前田利家に圧倒されていた。


 私がポカーンとしているとスパンっといい音がした。


「な、何をしているのです。兄上!」


 見れば顔を真っ赤にしているまつさんが利家の頭を叩いたようだ。


 叩かれた利家は頭を抱えて踞っている。


「つー、何をするか。まつ!」


 踞っていた利家が勢いよく立ち上がる。


 しかしまつさんの攻撃は続く。


「ちゃんと挨拶をするからと今日は言ったはずです。兄上も了承したではありませんか。それを何ですか?何なのですか!」


 そういうとまつさんは利家の胸元をポカポカと叩き出す。


「す、すまん。悪かった。俺が悪かった。許せ、まつ」


「許しませぬ。許すものですか」


 利家は素直に謝ったがまつさんは許す気がないのか更に叩き続ける。


 ポカポカが、ドンドンに、そして、ズドンズドンに。


「や、やめ、ま、まつ。やめ、やめろ」


 最後にまつさんの拳が利家の鳩尾に突き刺さり、利家の巨体は地面に倒れた。


「藤吉殿。日も暮れ始めました。夕げの支度を始めましょう」


「又左衛門殿はこのままで良いのか?」


 見れば利家は倒れたままピクピクと痙攣している。


「よいのです。兄上はそのままで良いのです」


 まつさんの笑顔が眩しかった。


「そ、そうか。では」




 まつさんは利家を無視して夕げの支度を始めた。


 この二人、夫婦じゃなくて兄妹なのか?


 まつさんは材料を隣の長屋から持ってきたようで、直ぐに調理を始めた。


 私もご飯炊きを手伝う。


 調理の最中にまつさんと利家、寧々の関係を教えてもらった。



 寧々はまつさんと同じ侍女として市姫に奉公していたこと。

 そこでまつさんと寧々は年も近いので知り合って直ぐに友達になったとか。


 利家が長屋に住んでいるのは暴れん坊で利かん坊な四男をもて余した前田家が、城勤めを理由にこの長屋に押し込んだこと。


 本来ならまつさんは城で生活するはずが利家を見張る為に一緒に長屋生活をしている。


 更にそこは寧々が住んでる浅野家の管轄する長屋で有ったことから、三人はこうして一緒に食事を供にすることが多いと説明された。


 ちなみに今は私とまつさん、寧々の三人で食事をしている。


 ほぼ玄米に近い米と大根の漬物、豆腐と葉物の味噌汁に何かの野菜を茹で上げた物。

 米と味噌汁は良いのだが野菜の茹で物はあまり美味しくなかった。


 やっぱり、城の食事がましだな。


 これからの課題は食生活の改善だなと食べながら思った。

 まつさんと寧々はキャッキャ、ウフフと何が可笑しいのか笑いながら、仲良く食べている。

 この二人を見るとここでの生活も悪くないかなと思った。



 ちらと庭を見るとまだ利家は寝ていた。


 うん、私は何も見ていない。






 翌朝、小鳥のさえずりと若い女性の声で目を覚ます。


「起きてください藤吉殿。朝ですよ」


 ああ、なんという素晴らしい朝だろうか。


 美少女に起こしてもらえるなんて、なんて良いところなんだ!


「おう、起きたか藤吉。こっちに来て鍛練に付き合え」


 ああ、なんて憂鬱な朝なんだ。


 野太い男の声を、朝から聞かされるなんて!


 私の戦国生活はこうして幕を開けた。


 ……なんてな?


「まつさん、今、顔を洗って来るからその後朝飯の支度を手伝うよ」


「はい」


まつさんの返事の声に喜色を感じる。


「おい、俺の槍の稽古に付き合えよ藤吉」


 庭で三メートル近い槍をブンブンと軽い感じで振るう利家。


 そんな利家に私は軽い返事を返す。


「後で、後で」


 私は土間の水瓶から水を桶に移し、顔を洗おうとして水に顔を近づける。


「うーん、髭はあんまり伸びてないな。まだ剃らなくて……」


 顎を擦りながら水に移る自分の顔を見つめる。


 じーっと見つめる。


 おかしいな髭が薄い?


 薄いというか、なんか、顔が、変だ。


 顔の右側を見てそれから左側を見る。


 おかしい、なんだこれ?


 いや、まさか、そんな?


 俺、………若くなってる!?


「な、な、なんじゃこりゃー!」


 この世界に来てから最大級の絶叫が足軽長屋に木霊した。

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