プロローグ2



 僕らが最初に、兄のこの力に気づいたのは、早生まれの僕が小学一年生のとき。

 三学年(年では四つ)上の兄が四年生のときだ。

 あのころはまだ両親が健在で、僕ら一家は東京に住んでいた。


 父はフリーのジャーナリストだった。職業柄、家をあけていることが多かった。休暇には、あちこちつれていってくれたし、仕事で遠くへ行ったときは、珍しいおみやげも買ってきてくれた。


 あれは、父がどこへ行ったときのおみやげだったろうか。どこかの昭和村で見つけて、なつかしかったから買ってきたとか、そんなことだったように記憶している。父が子どものころには、児童雑誌の付録などによく付いていたそうだ。


 日光カメラと言うものである。

 紙のキャラメル箱みたいなもののなかに、付属の用紙を入れて、数分、日光にあてる。

 すると熱に反応する塗料で描かれた絵が、黒く浮かびあがってくる。それだけのものだ。専用紙がなくなれば終わり。

 平成のオモチャを遊びなれた僕らには、さほど面白い遊びでもなかった。


 しかし、兄は子どものときから応用力にたけていた。専用紙がなくなると、うちにあったファックス用紙を使って、自分なりの新しい遊びを考えだした。

 まず、ファックス用紙の表面に、クリップや輪ゴム、もようの型抜きされた厚紙とか、いろんなものをデコレーションする。

 そして、どんなふうに写るか、そのロールシャッハテストみたいな出来を、僕と競ったのだ。ぐうぜんできる形をおもしろがったわけだ。


 今にして思えば、あれは兄の秘められた能力をひきだすには最適の遊びだった。


 僕らは毎日、マンションの窓辺に肩をならべて遊んだ。僕は兄ほど、うまくいかなかった。やはり、ファックス用紙では専用紙みたいにはいかなかったし、年上の兄みたいに造形も上手でなかった。


 だが、兄はしだいにコツをおぼえて、日増しに上達した。きれいな形をより鮮明に写せるようになっていった。その時点で、すでに、ふつうじゃなかったんだろう。


「いいなあ。にいちゃんは、なんでそんな上手なの?」

 僕がたずねると、兄は首をかしげた。

「こんなふうにしたいなと思ったら、そうなるんだよ。強く思えば思うほど、きれいにできるんだ」


 あれが起こったのは、そんな遊びを続けていた、ある日。


 僕は兄のように、うまくならないので、もはや、その遊びにあきていた。

 兄のよこでマンガを読んでいると、急に、パシンとヒューズがとんだような音がした。

 目の端が一瞬、白く光る。


「わッ。にいちゃん。なにしたの?」

 ふりかえると、兄はビックリ顔で、フローリングにしりもちをついていた。


「ねえ、にいちゃん。なんか、光ったよ。パシンって言ったよ」


 兄はふるえる手で、足もとに落ちた紙の箱をとりあげる。

「これが……光ったんだ」

「そんなのウソだぁ。また、ぼくをだまそうとして」


 いかに小学一年でも、紙のオモチャが光るわけがないことは知っていた。あんなふうに光るのは、お父さんの持ってる本物のカメラだけだ。


「ウソじゃないよ。ほんとに光ったんだ」


 兄は急いで箱をあけた。

 兄の仕込んだ細々した品と、感熱紙が出てくる。日に焼けて変色した用紙を、僕と兄は顔をつきあわせてのぞきこんだ。


「……なんだろ。これ」

「さあ? イモムシ……かな?」


 それが、兄の運命の始まりだった。

 あのころは、そんなことさえ知らずにいたけど。


 あのあと、まもなく両親が死んだ。

 兄も、僕も、泣いた。

 兄が泣くのを見たのは、あれが最初で最後だ。


 僕らは京都のじいちゃんちにひきとられた。

 陽気なガンコじじいだった、じいちゃんも、去年、死んだ。享年百歳。大往生だ。


 僕らは二人で、兄の能力を生かして探偵事務所をひらいた。

 というより、高卒で探偵事務所の助手をしてた兄が独立したばかりのころ。

 兄の稼ぎで大学まで行かせてもらった僕は、みぞうの就職氷河期の波をもろにかぶってしまった。

 気が弱いつもりはないんだけど……どうも、そんなふうに見えるらしい。内定をひとつも貰えぬまま、卒業を迎えてしまった。


「兄ちゃんは、おまえに浮気の現場を撮らせるために、大学まで行かせたわけじゃないぞ。生協とか、区役所の窓口に座っててほしかったよ」


 と、グチる兄をおがみたおして、ともかく仕事が見つかるまで、兄ちゃんの助手に使ってもらうことになった。


 これから語るのは、僕と兄が二人であたった、記念すべき最初の事件だ。

 僕も二十歳をすぎて、いつ東堂家の呪いで死んでもおかしくない。これは僕が生きた証であり、敬愛する兄へのオマージュだ。


 兄の話をしよう。

 兄は可哀想な運命をせおった人だ。

 しかし、その運命をはねのけるほど、強く、しなやかに輝く人である。

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