東堂兄弟の探偵録〜第一話 アントリオンの定理〜

涼森巳王(東堂薫)

プロローグ

プロローグ1



 兄の話をしよう。

 僕の兄は、とてもかわいそうな人だ。


 どのへんが哀れかというと、犬猫が大好きなのに、言語を絶する静電気体質のせいで、動物全般に毛嫌いされちゃうとか。

 あるいは、弟の僕の目から見ても、あっとおどろく美青年なのに、最後は必ず、女の人にふられちゃうとか……。


 そういうことが言いたいわけではない。

 いや、それだって、けっきょくは兄の持って生まれた宿命ってやつのせいだから、全部ひっくるめて不幸ってことか。

 兄は、ある悲しい運命を背負っている。


 兄の名は、東堂猛とうどうたける。僕は薫。

 僕らが生まれた東堂家には、なんとなく不幸な天命みたいなものがある。

 何代前からなのか、正確なところはわからない。

 少なくとも、じいちゃんが、そのまたじいちゃんから聞いたころには、すでに、そういうことになっていたらしい。


 東堂家の人間には二通りのタイプがある。

 ひとつは、ふつうの人以上に長生きして、仕事や結婚も成功し、天寿をまっとうする人。

 もうひとつは、病気や不慮の事故で、若くして亡くなる人。


 比率で言うと、圧倒的に後者が多い。

 つまり、多くの東堂家の人間は、二十代、三十代の若さで死亡する。

 それを越えて生き残った一部の人だけが、長寿をさずかることができる。


 なんで、そんなことになるのか、はっきりしたことはわからない。

 が、先祖からの言い伝えによれば、何百年か前、当時、城下一の美剣士だった、うちのご先祖さまが、殿様の奥方と不義をはたらいた。殿様にバレちゃ身の破滅と、奥方を毒殺したせいだとか。


 ただし、これには東堂家のなかでも諸説ある。


 いやいや、東堂家の男子たるもの、主君を裏切ったあげく、奥方を惨殺するはずがない。

 あれは奥方の一方的な懸想けそうだ。あっさり袖にされたことを恨んで自害した、奥方の呪いなのだ。

 なんてことまで言われる。

 いまさら真相はわからない。

 しかし、そんな古めかしい因縁話が、まことしやかにささやかれるほど、東堂家の人間には夭折が多い。


 現に僕の両親も、伯父、叔母も、じいちゃんの兄弟も、みんな十代から三十代のあいだに死亡している。病死だけなら、遺伝的にある種の病気にかかりやすいのかな、とも思う。けど、やたらに事故死が多いところが怖いよね。


 じいちゃんのじいちゃんは、倒れてきた瓦礫がれきで圧死。父親は関東大震災で死んだ。じいちゃんの兄弟は全員、戦死(これは時勢柄、しかたないかも?)。

 じいちゃんの長男——つまり、僕らの伯父さんは高校生のとき、狂犬病の犬にかまれて死亡。

 叔母さんは結婚して子どももいたんだが、工事現場を通りかかったとき、クレーン車の下敷きになって亡くなった。

 僕の両親は事故死。

 山中、父の運転していた車が、反対車線をのりこえて、ガードレール下の崖下に転落したのだ。


 こんなことって、あるだろうか。

 それはテレビをつけてみれば、そんな事故はしょっちゅう報道されている。

 でも、自分の身内が相次いで、こんなふうに事故で死ぬなんて、いくらなんでも不幸の襲ってくる確率、高すぎる。


 東堂家にかかる呪い、恐るべし、だ。


 とはいえ、僕が語りたいのは、ウソだかホントだかもわからない、時代錯誤な呪いの話ではない。


 いや、僕自身は、兄ほどたくましくないし、どっちかっていうと、サッパリきっぱり早死にしちゃうタイプかな? ひそかに案じないでもないんだが、僕の見るかぎり、兄の猛はしぶとく長生きしてくれそうだ。


 なんというか、この人、子どものときから妙に運がいい。

 私営プールでおぼれそうになったとき、たまたま伸ばした手につかんだのが、流れてきた浮き輪だったとか。中学のとき、彼女との初デートに寝坊で遅れて、予定のバスに乗りそびれたら、なんと、そのバスが事故って死傷者がでたとか。


 その手の話には枚挙にいとまがない。

 きっと、僕が兄の立場だったら、とっくに死んでるだろう。兄には何かの強力な守りが働いている気がしてならない。


 こんなふうに強運の兄を、その他大勢の一般ピープルにすぎない僕がかわいそうと言うのにはわけがある。


 兄には東堂家の人間がこうむる、ふつうの不幸以上に、不可思議な運命がかせられていた。

 生まれながらに、他人にはない力を持っている。

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