年寄り茸(完全版)

カツオシD

年寄り茸(完全版)


 仙京山漢方は、ここ数年の健康食品ブームに乗って驚異的な躍進を遂げている会社だ。その主力商品『不老丹』はアンチエイジングに効能ありと言われ、世界各国で飛ぶように売れている。だがこの会社は上場しておらず創業者の京山会長のマスコミ嫌いもあって、これまでテレビは元より経済誌の取材にも応じて来なかった。


 そんな会長が何故か芸能人のスキャンダル記事ばかり書いてきた俺の取材を受けてくれたのだ。

『健康食品会社の会長って本当に元気なのか?』というタイトルで取材したいと申し出た企画が気に入られたのかもしれない。

 俺は約束した時間ぴったりに京都府亀岡にある仙京山漢方・本社兼工場を訪ねた。


 市街地から少し離れたのどかな田園風景の中にあって、そこだけが異物のように見える重厚なピラミッド状建造物郡は、新興宗教の本部のようだ。加えて門の前に立つ警備員は全員が強面で、もしかすると俺は極めて危ない場所にいるのではという錯覚すら覚えた。


 だが一歩敷地内に入るとその懸念は払拭された。おそらく従業員であろう作業服を着たオバサン達が芝生脇のベンチに座って弁当を食べており、購買部に併設されたカフェでは、これも作業服を着た年の若いカップルが談笑しながらソフトドリンクを飲んでいた。


 そんな様子を見ながら指示を受けた一号館の来賓受付に向かうと、そこに背の高い色白の美人秘書が待っていた。顔立ちは少女のようだが物腰は大人という不思議な女性だ。「十和田様ですね。遠路はるばるご苦労様です」

と、愛想よく笑いかけて来た。


 彼女は廊下を進み、建物の奥にある重役専用と書かれたエレベーターで俺を地下三階に案内してくれた。そこは壁全体が明るいLED照明で満たされた、観葉植物だらけの広い地下空間で、その一角に三方が巨大なモニターに挟まれた会長・執務机があった。


「取材の方がお見えになりました」

 美人秘書はそう言うと、重厚な机に鎮座する男に一礼してその場を去った。

 おそらくこの男が仙京山漢方を率いる京山会長なのだろう。

「おお、あんたが『週間文朝』の十和田はんどすか。私が会長の京山どす」

 会長は上機嫌で迎えてくれた。


「取材に応じて頂き、ありがとうございます。ああ、本当にお若いですね」

 俺は会長の容姿に、お世辞抜きで驚いた。

 数少ない情報によると会長は大正生まれとなっている。だとすると、齢90歳を上回るはずだが、その姿はかくしゃくという表現を通り越し、まるで50代の若さに見えた。


「若う見えますやろ。これが『不老丹』の効果どす」

 会長は自分のほっぺをポンポンと叩いた。

 他の健康食品グループの会長達が元気そうでも年相応に見えるのとは対照的だった。

「驚きました。『不老丹』には本当に強力なアンチエイジング効果があるんですね」

「そうどす。ただ、市販の『不老丹』は安全の為、若干効能を抑えとるんどすわ」

「なるほど。アレルギーの人とかいたら困りますしね」


 『不老丹』の主成分は舞茸等のキノコを抽出したものと発表されているが、それ以外の薬効成分も含まれているに違いない。若干効能を抑えているということは、その中に劇薬に属する物も含まれているということではなかろうか。


 しかし、『不老丹』の成分分析は今回の取材の目的ではない。

 俺は会長の生い立ちや、仙京山漢方をここまで成長させた苦労話等を無事に聞き終えると本日の取材を受けてくれた事に対して礼を述べて腰を上げかけた。と、その時それまでにこやかに笑っていた会長の顔が真顔になった。


「実はこれから話すことはオフレコにしてもらいたいんやが……」

 そう言われても、記者である以上、聞いたことを伏せるのは悩ましい事だ。その上もしそれが犯罪に関わるものであれば黙っているわけにはいかない。俺がそう説明すると……、

「それはそうどすやろ。けど、これはあんたの命にも関わる事どすね」

 と、不気味なことを言った。


 俺の疑念をよそに会長は壁に取り付けてあったモニターのスイッチを入れると、執務机の引き出しから古びた大きな手鏡を取り出した。

「京都には昔から不思議な物が伝わってましてな。これは『怪(あやし)の手鏡』という物なんやが、漢方薬店を開く前に大工をやってたワシが古刹の僧侶から、寺の改修費用の代わりにもろうたもんですねん。これで見ると普通では見えへん生き物が見えますんや」


 そう言いながらモニターに何やら画像を映し出した。

「赤ん坊の写真が写ってますやろ。その頭に何か見えしまへんか?」

 確かにその赤ん坊の頭にはブナシメジ位のキノコが一本生えていた。全体的に白っぽく透けて淡い光を放っており、その光は赤ん坊の体全体を覆っていた。


「これはこの鏡を通して写した写真で、ワシが『老人茸』と名付けた霊茸どす。実はこのキノコは人の赤ちゃんだけやなく、犬でも猫でも魚や虫にでも生えとるみたいなんどす」

「とは言え、虫だとこんな大きなキノコは生やせないでしょう? 例えばアリなどは……」

「アリでっか。それもここに画像があるんどす」

 会長は小さなアリの頭に生えたさらに小さなキノコを見せてくれた。


「なるほど。このキノコは引っ付く生物によって大きさを変えるんですね」

「そうどす。キノコとは、元々菌ですよってな。菌糸の子実体(しじつたい)と呼ばれる部分がキノコなんどす。ちなみに子実体が現れるのは陸生生物のみで、水中の魚なんぞは体全体をペットリとアミーバー状の菌糸が覆とります。ほな別の写真を見とくれやす」


 その写真は、ちょっとした驚きだった。渋谷のスクランブル交差点を、鏡を通して写したもので(そのせいか左右が逆になっている)そこには多くの人々が写っているのだが、どの人の頭からも先程の『老人茸』が生えているのだ。ただ、その大きさは赤ん坊の物とは比較にならない位大きい。制服の女子高生で直径30センチ程。中年のサラリーマンにいたっては座布団程の大きさがあった。


「『老人茸』はどの生物にも寄生し、宿主から生体エネルギーを奪って成長しよります。次にお見せする写真は、かなり衝撃的どす」

 会長がそう言って見せた写真は、有名な百歳老人姉妹『鉄さん、鈴さん』の写真だったが、彼女達の頭の上のキノコは敷布団位もあって身体中に覆い被さっていた。


「お分かりやろか? 要するに生物が年取るちゅうことは、この老人茸に養分を吸い取られて縮むと考えてもろたらええんどすわ」

 それは驚天動地の話だった。


「で、ワシは考えましてん。この『老人茸』がある為に人も動物も年をとるんやったら、このキノコを摘み取ってしもうたら、いつまでも若うおれるんちゃうやろかと……」 

「しかし老人茸は、その鏡を通さないと目に見えず、触ることもできないんですよね」

「そうどす。厳密に言えば鏡を通して見えたとしても触ることはでけへんのどす」

「ではどうやって……」 


「それには他のキノコを使うのが一番なんどすわ」

 会長は群生している植物や菌類が他の種を攻撃するメカニズムを教えてくれた。

 動けない植物達は、生存競争をしている別の植物に毒となる物質を放出することにより、自分達のコロニーに進出しないようにしているらしい。


『不老丹』というサプリは、他のキノコを煮詰めて作ったものだが、そのエキスで人間の体内に『老人茸』に対する防御壁を作っていたのだ。

「ただし、ウチの『不老丹』は『老人茸』を弱らせるだけで完全に殺すことはでけまへん。完全に殺すにはマンド……、ん、失礼。(会長は咳き込むふりをした)ある特殊な植物の根を煮詰めて飲むしか無いんですわ。しかもこれは一度飲むと体に抗体ができますねん」


「つまり、会長さん自身はマンド何とかの煎じ薬を使ったということですね。それを売り出さないのは、極めて手に入りにくい材料なのか、もしくは一度使うともう二度と必要がなくなるので商売にならないとか」

 俺は確信を突いたと思ったが……、


「いやいや、これは商売とかの話や無いんどす。ワシは怪しの鏡で『老人茸』を見て以来このキノコは、人や動物にとって害を与えるだけの物やと確信して研究して来ましたんや。と言うてもワシは医者やないんで、抵抗力があると思える材料を徹底的に探したんどす。その結果、今から40年位前に中央ヨーロッパ原産の生薬に強力な抑制効果があることを発見しましてな。そいでまず自分とわが娘で実験した訳どすねん。見とくなはれ、ワシの頭にはもう老人茸が乗ってまへんやろ」

 会長は自分の頭を鏡に照らして、俺に見せた。


「ところが、キノコが無くなったんで喜んどったら、その後、大変な事が分かりましてん。なんとワシはよほど曇った日で無い限り、日中出歩くと大火傷をするようになったんどす。要するに『老人茸』は人間から生体エネルギーを奪い取る代わりに、淡い光を傘のように放射して有害な紫外線から体全体を守っとったんどすな。その上キノコが無くなると嗜好まで変わるのか、無性に人の血が飲みとうなりますね。つまり『老人茸』が消えた人間は、伝説の吸血鬼の様なことになるんどす!」

「すると、僕をここに呼んだのは血を吸うため?」

 俺は思わず後ずさった。


「誤解せんとくなはれ。ワシと娘は社員らから研究用として血をもろうて生きとります。せやから十和田さんを傷つけるようなことはしまへんので安心しとくれやす。けど娘にはこんな不便な生活をさせてしもうて、ワシはえらい可愛そうなことをしたと思とります。あ、娘とはもう会いはりましたな。そう、さっきの秘書ですわ。せやからワシは娘に別の『老人茸』を体に移植して、日中堂々と町を歩かせてやりたいんどす」


「そんなことができるんですか。だって会長と娘さんの体には『老人茸』に対する抗体が既に出来てるんでしょ」

「確かに普通の老人茸は、もう生えてきよりまへん。けど動物実験の結果やと、レア種の『青老人茸』の場合は、この抗体にやられへんちゅう事が分かったんどす。勿論移植には頭皮を2ミリ四方使うので、人間の物やないとアカン訳やけど、その珍しい『青老人茸』を生やしてはるんが……」


 会長は俺の頭に鏡をかざした。そこには座布団大の青く光る『老人茸』が生えていた。

「テレビを見てて『青老人茸』を生やしとる人を、鏡を使うて探しとりましたら人気俳優の不倫報道番組でしゃべってはる、あんたの頭に生えとりました。ワシは何とかあんたに連絡を取りたかったんやが、その方法が分からんかった。どうしょうかと悩んどる時に、あんたの方から取材の申込みがあったんどすわ」


「つまり僕の頭に生えている『青老人茸』を一部の頭皮と一緒に移植させて欲しいということですね。それならどうでしょう? 『老人茸』の事を僕が報道する代わりに、会長にキノコをお分けするというのは? おそらくこれはノーベル賞物の発見だと思いますが」

 しかし、会長はクビをふった。


「いや老人茸の事を報道したら世界中でパニックになりますやろ。こっちの条件としては、頭皮をほんのすこし分けてもらうのと引き換えに、あんたの命を守るという事どすな」

「き、脅迫ですか? 言うことを聞かないとこの場で血を吸うとか……」

 しかし、会長は笑いながらこれを否定した。


「それも誤解どす。あんたは『青老人茸』がどないに危険なキノコか分かってはらへん。ええどすか? 『青老人茸』が大きうなると肝硬変になりますね! 十和田はんは近頃、肝臓の数値が極端に悪うなってまへんか?」

 そういえば、この処ガンマ-GTPが600近くにも跳ね上がり、かかりつけの医師からは入院を強く勧められていたのだった。


「あ、『青老人茸』を弱らせることができるんですか?」

「できま。ウチの市販されていない『特別強力・不老丹』を服用されれば……」

 いつのまにか会長の娘と思われる、先程の美人秘書が契約書を持って立っていた。


 俺は会長と取引する他なかった。


            (了)

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