第13話 織田信長、謀反武将と学ぶTRPG終編

 謀反武将たちとのTRPG体験セッションは、盛況のうちに終わった。

 結局、屋敷は燃やされてしまった。

 怪異の元凶の居所に、サツキくんが持っていた火縄銃の火薬を取り出して箱に詰め、松永久秀が即席の爆弾を作って放り込んだのである。

 戦国時代でも、焙烙ほうろく玉など城攻めで使うことはあった。この場合、吹っ飛ばしたところを修繕しないと再利用できないので、一種の非常手段であったが、それほど稀なことではない。

 サツキくん曰く、射撃に使うより火薬を抜いて使ったほうが有効だから最初からそのつもりだったという。

 それを松永“爆弾正”久秀が悪用した。

 直家も為信も思わず喝采を送っている。

 信長も、「じゃあ、回避するわ」とダイスを振ったのだが、振ったダイスが桔梗門ダイスにあたって転がり、ファンブルとなってしまった。


「やはり光秀は天下の謀反人よな」と皆でひとしきり大爆笑したのである。


 ぷしっと缶チューハイのプルトップが空いて、宴会開始である。

 ちなみに、未成年のサツキくんは遅くなる前に帰したので遠慮はいらない。

 席には、明智光秀の桔梗門ダイスだけおいてある。


「いやあ、実に面白き時を過ごせました。TRPGなるもの、かくも愉快なものとは……」


 久秀はしみじみと言った。

 クライマックスで爆破できるとわかったときの久秀の喜びようといったらない。

 さすがの信長も、爆破は想定外であったようだ。

 そのときの、してやったりという顔は、実にであった。

 文化人という衣では、やはりその本性は隠しきれない。

 まあ、シナリオもクライマックスなので派手に吹っ飛ばしたほうが面白くなるということで信長も認めている。


「しかし、さすがは信長公。口舌こうぜつの妙で、我らもまるでその場にいるかのように感じましたぞ。ささっ、一献」

「うむ。いただくぞ」


 信長のプラコップに缶チューハイの酌をするのは津軽為信である。

 終わったらこうして宴席を設けるのは、ゲーマーとしての楽しみでもある。

 一緒に座っているのが、宇喜多直家というのは気にかかるところだが、暗殺の心配はないと思う、たぶん。


「コウ太殿もいかがですかな?」


 さっそく、直家が缶チューハイを向けた。

 コウ太も信長も、実は酒は弱い。

 松永久秀が土産にとウィスキーを用意してくれたのだが、さすがにひっくり返るので遠慮した。


「あの僕、明日朝から用事がありまして。せっかくですけどお酒の方は……」

「なんと、それは残念。夜まで語り明かしたいくらいに愉快でしたのに」

「いやあ、本当は僕もずっと一緒にお話したいんですけど」

「それを無理に引き止めるのも、無粋にございますな。それに、それがしの杯には毒がありますから」


 そう笑って、直家は自身の杯を飲み干した。

 やっぱり、この冗談はシャレにならない。

 コウ太には、このセッションでひとつわかったことがあった。

 謀反武将たちは、あきらかにやらかしそうな気配があるのに、信長を含め、他の君主たちは何故か許すし、仕えさせている。


「僕、なんで信長さんが久秀さん許しちゃうのか、わかった気がします」

「うむ、松永の爺も荒木村重もな、いつかそむきよるぞと思っていても使うしかなかったのじゃ。……で、やっぱり背く」

「明智殿のように、気配もなく背くうちはまだまだにございます」


 にやりと悪い笑みを浮かべて、老将松永弾正は言う。

 そんな気配がまったくないのに背くのは、まだまだらしい。

 絶対に何かやらかす、警戒せねばと思うのに仕方なく仕えさせてしまう。

 自分は大丈夫と思わせておいて、機会を逃さずに事を起こす。

 それが一流の謀反武将なのだろう。


「しかし、当世ではTRPGをたしなむ下々も増えてきたようですな」

「うむ、ネットの普及でオンセで参入する者も増えたからのう」


 久秀のつぶやきに、信長が答える。


「オンセ……オンラインセッションですな。それもまた興味があり申す」

「爺も興味があるが。離れたところに在所していても、TRPGが遊べるのじゃ。音声チャットとツールを使うてな」

「まこと便利ですな。して、それを遊ぶためにはいかがすれば?」


 為信もオンセに興味があるらしく、身を乗り出してくる。


「まず、こちらの声と相手に届け、向こうの声をこちらに聞くヘッドセットなるものがあるとよい。性能の良いものを選ぶと捗るぞ」


 ヘッドセットは通話に使うので、ノイズキャンセル機能があるのがお薦めである。

 信長は、通話可能な高級ネックスピーカーを使っている。なかなか快適らしい。


「しかし、そのツールというものをどう使えばいいのやらわからぬのです」


 これは直家である。

 スマホを持っているので、さっそく使ってみようとしている。

 やはり、信長もそうだが戦国武将は適応能力が違う。


「ああ、機能が多いからのう。使うのはその一部だけじゃ。ダイスだけ振るなら簡単じゃ。最初は、それだけで十分よ」

「いやあ、信長さんもすっかりベテランゲーマーですね」

「何を言う、師匠のコウ太のおかげぞ」


 和やかに笑いながらTRPG談義は進む。

 そうして楽しい時間は進んでいった。


「……あ、そろそろ帰らないと」

「なんじゃ、もう帰るのか? まだまだ宵の口ぞ」

「直家さんにも言いましたが、明日の朝にバイト入れちゃって」

「朝から働かせようとは、コウ太殿の雇い主も無体なことを。……やりますか?」

「うむ、背くには十分な理由ぞ」


 目つきの変わった為信が久秀に視線を送り、久秀も同じような視線で応える。


「あの、何をやるつもりなんですか……」


 まあ、だいたいはわかる。

 やはり、謀反武将は油断ならない。


「まあ、名残惜しいですが、コウ太殿を無理に引き止めるのもよくありませんぞ。事情があるのですから」

「ありがとうございます、直家さん」

「そうですな。せめて罪滅ぼしとして、こちらのコーラを片付けていってくだされ。余ってしまうともったいない」

「じゃ、それで勘弁してもらいます――」


 と、コウ太は直家から差し出されたコーラを飲み干した。

 ……しまったと思ったものの、後の祭りである。


「これ、お酒混じってる……」

「弾正殿のお土産を用いました。言ったでしょう、それがしの杯には毒があると」


 宇喜多直家は、心底嬉しそうに微笑んだ。

 信長も謀反武将たちも、直家の振る舞いに大笑いする。

 かあっーとコウ太の顔が赤くなり、そして青くなった。

 これか、このタイミングでやるのかと。そりゃ殺されるわと。

 もし、本物の毒だったら、コウ太は死んでいたわけである。


「信長公、コウ太殿は酒が入りましたゆえ、明朝のバイトはキャンセルで」

「さすが中国きっての謀将、やりおる。バイト先には代わりに鬼武蔵を遣わそう」

「ええ、あの人を……」


 そうは言うものの、もう酒が回ってどうにでもなれと思うコウ太である。

 結局、朝まで続く宴会に参加することにしたのであった。

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ノブナガ・ザ・ゲームマスター ~武将ゲーマー言行録~ 解田明 @tokemin

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