時間 第二章

 あの日はおわった。

 否あの日はおわらないのだ。

 こんぱくにくたいまんしんそうで被災者はしんしようたんしていた。あの日にしようへいされていただいがくからぼうばくたる避難所までとんざんしおおせた父親は避難所たる山麓の小学校体育館にて被災者たちとりくりよくきようしんしていた。食糧もしようでたきだしも満足にできない。いんもうの電気設備がそんしたので宵闇になると体育館はあんたんたるつつやみになる。ようなる極限状況にて三十分単位でM5クラスの余震が猛襲してくる。父親は就中なかんずく老齢者のはいせつのために学校かいわいはいせつ箇所を穿せんさくする作業をしていた。同時に体育館入口の黒板にメッセージをごうしていた。〈おぎわらかん おぎわらかんじです おぎわらゆめとおぎわらのぞみをさがしています ろく幼稚園の関係者のかた等いらっしゃったられんらくください〉と。じんぜんと二日三日けみしてもれんらくはこない。極寒の三月の東北をりよするために父親は透明無色のごみぶくろを上軆からてんじようさせて学校からとんざんした。最愛の姉妹が通園していた幼稚園から避難するとしたら北側にむかうのが自然だった。そもそもどこに避難所が設置されているかもめいちようとせしめられない。父親はほうこうした。

 父親はあるきつづけた。

 さいかいたる山麓から被災地域をへいげいするとざんなるこうがひろがっていた。巨億のけんれいにに心的外傷をもたらすであろう景色も無意味だった。ひとつの世界がおわってもどうでもいい。おれにとって大事なのはゆめとのぞみだけだ。ゆめとのぞみのいない世界なんて生きるがない。極寒でてきちよくもしていられずにまたあるきだす。二箇所の避難所を穿せんさくしたが姉妹の痕跡はない。三箇所目の中学校の体育館にほうちやくすると入口のはりがみに〈ろく幼稚園避難児童一覧〉とごうしてあった。ゆめの名前はないがのぞみの名前があった。体育館のなかにちんにゆうするとすでに段ボールの仮設住居空間が構築されていてぜんたいはるかせない。〈のぞみ〉とほうこうするとないに返事がかえってきた。〈パパ〉と絶叫しながらまなむすめがやってくるとほうはいたるあんで父親はくずおれてどうこくした。〈生きていてありがとうでもゆめは〉というといもうとはとうをかしげるだけだった。造次てんぱいもなく現前した職員によるとわんこバスに搭乗した年少年中組はきゆうじゆつされたが年長組は職員がしようしゆしてきたしやりように搭乗し時間差で津波にのみこまれたという。

 父親は絶句した。

 ぎようこうにも中学校の体育館にはつゆいささか仮設居住空間がのこっていたので父親とまなむすめは一緒にすることにした。わんこバスをへきとうとしていくばくかのしやりようによる発電でそこはかとなく避難所はせんしやくされていた。へんぽんとして父親の胸臆はうつゆうとしている。ゆめのいない世界なんて滅んでしまえ。でもにはのぞみが生きている。のぞみとおれで心中すればまたゆめにえるかもしれない。のぞみをころすべきか。みずからの微衷にきつきようして黙然とお絵描きしているまなむすめに尋問する。〈ゆめがいなくてもいいかい〉と。まなむすめはこたえる。〈またいたい〉と。〈タイムマシンでもなければえないかもしれないよ〉というとお絵描きしながら沈黙する。幼稚園でえがききれなかった作品のようだ。父親と姉妹がえがかれている。TV局の取材をひんせきする避難所もだったがは相違した。テレビ朝日系列のキャスターが〈必需品を全国から寄附しよう〉といい被災者にインタビューしていたのだ。やがまなむすめのまえにそんきよしてキャスターがいう。〈一番ほしいものはなにかな〉まなむすめはこたえる。〈タイムマシン〉と。〈なんでかな〉というと〈またおねえちゃんにあいたいから〉とこたえた。

 父親はきつきようした。

 やくやく県内各所でもたきだしが本格化してきたがまなむすめしているはずだ。段ボールのうえでにおちてにくたいも疲弊しているだろう。で一番ほしいものはハンバーグでもとんでもなくタイムマシンなのだ。また余震が猛襲した。せきから〈もういやもういや〉というこえめくなかまなむすめはお絵描きノートに新作をえがいている。幼稚園に持参していた色鉛筆は無事だったようだ。内容は天国へいった幼稚園の校舎と母親とおねえちゃんということだった。連綿と襲撃してくる余震のなか父親は沈思黙考する。やがまなむすめきゆうした。〈おとうさんにもお絵描きノートの紙をくれないかな〉と。まなむすめは〈パパもお絵描きするの〉と譲渡してくれた。父親は鬼神の面魂で色鉛筆をろうだんしノート用紙に数式をごうしはじめる。まなむすめは尋問する。〈パパなにこれ〉と。父親はこたえる。〈タイムマシンのつくりかたをかんがえているんだ大丈夫パパがタイムマシンをつくってあげるからねいのちをかけてもつくるからねのぞみはもう一回ゆめねえちゃんにえるんだわなきゃいけないんだ〉と。

 父親のたたかいがはじまった。

 最初は孤独なたたかいだった。

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