第三話　親友

　わたしは奇（き）蹟（せき）をおこす。

　これは篠（しの）原（はら）清一の奇（き）蹟（せき）の物語だ。

　稀（け）有（う）なるほどに豪雪となった十二月上旬新潟県内の地方紙新潟日報紙上文化欄に本年度の〈にいがたマンガ大賞〉の審査結果記事が揮（き）毫（ごう）された。以下該当記事の全文である。〈本年度「にいがたマンガ大賞」受賞作が決定された。大賞は長岡市在住の篠（しの）原（はら）清一氏の「親友」。当人は覆面作家としてのデビューをめざしており年齢略歴は不詳とされている。受賞作「親友」は新潟県内の実在の中学校が舞台。優等生で八方美人のいじめっこと漫画家になることが将来のゆめであるいじめられっこが主人公。いじめっこがいじめられっこを〈実験〉といって廃（はい）墟（きよ）のマンションの四階からとびおりさせて半身不随にさせる。良心の呵（か）責（しやく）に懊（おう）悩（のう）して改心したいじめっこは車椅子になったいじめられっこを全身全霊で介護して健常者並の生活を挽（ばん）回（かい）させる。ふたたび〈漫画家になりたい〉というゆめをかなえるために邁（まい）進（しん）しはじめたいじめられっこは此（こ）処（こ）までの記憶をもとに漫画「親友」を執筆して漫画大賞に応募する。戮（りく）力（りよく）協（きよう）心（しん）したふたりは人生最大の幸福をかんじながら結果発表をまつという内容。表彰式は二月下旬に予定されている。〉

　狭（きよう）隘（あい）なる一室に着信音が響（と）動（よ）めく。

　金城鉄壁のバリアフリーマンションの一室にて新潟日報の記事を瀏（りゆう）覧（らん）していた漫画家は一世代前の愛用のiPhoneを掌握する。未確認の電話番号だ。毅（き）然（ぜん）として通話すると欣（きん）喜（き）雀（じやく）躍（やく）たる聲（こえ）で相手はこたえる。いわく〈ああ篠（しの）原（はら）清一さんですね〉と。〈此（こ）方（ちら）にいがたマンガ大賞実行委員会のものです〉と。〈すでに御聯（れん）絡（らく）したとおりこのたびはにいがたマンガ大賞受賞おめでとうございます〉と。〈今（こん）囘（かい）は授賞式の予定確認もふくめてのお電話なのですが〉と。〈受賞作の反響がおおきくて〉と。〈ほかの審査員側からは絵柄の精緻さが絶賛されましたが物語が陳腐ではないかという指摘もありました〉と。〈と雖（いえど）もひとりの審査委員は絶賛しており〉と。〈くだんの審査委員が受賞作を大手出版社に譲渡したことで中央青年誌でのデビューがきまりかけているんです〉と。〈篠（しの）原（はら）さんが覆面作家だとはぞんじあげておりますがこうなると這（しや）般（はん）の手続きも必要となりますので〉と。〈例外的なんですが一度篠（しの）原（はら）さんの仕事現場で取材してもよろしいでしょうか〉と。〈はいよろしくおねがいします〉　

　委員は喫（きつ）驚（きよう）する。

　僻（へき）陬（すう）たる長岡市内では稀（け）有（う）なるバリアフリーのマンションに逢（ほう）着（ちやく）し篠（しの）原（はら）清一の仕事場に這（は）入（い）ると篠（しの）原（はら）清一は〈ふたり〉いた。ふたりの篠（しの）原（はら）清一はおしなべてサングラスとマスクを纏（てん）繞（じよう）させており九（きゆう）竅（きよう）百（ひやく）骸（がい）も同等なので恁（いん）麼（も）の箇所においては峻（しゆん）別（べつ）できない。と雖（いえど）もふたりには決定的なる相違がある。ひとりは車椅子に搭乗していた。にいがたマンガ大賞実行委員は瞥（べつ）見（けん）して〈おふたりは御兄弟なのですか〉と尋問する。崔（さい）嵬（かい）たる車椅子の篠（しの）原（はら）清一は車椅子に設置されたキーボードを左手だけで操作する。矢（や）張（は）り車椅子に設置されたタブレットから合成音声がひびく。いわく〈きょうだいのようなものですがちがいます〉と。〈わたしたちはただのゆうじんです〉と。〈もしかして「親友」はおふたりのノンフィクションということですか〉と委員が尋問すると〈いいえちがうんです〉とつづけて〈それゆゑにわたしたちはふくめんさっかをやっていてかおをだせないんです〉と合成音声がいう。実行委員は周（しゆう）章（しよう）狼（ろう）狽（ばい）しながらくだんの契約の手続きを遂行して帰宅した。

　表彰式の時宜が到来する。

　新潟市内の市民プラザNEXT21に設置された会場に大賞受賞者から各部門入賞者までが嘯（しよう）聚（しゆ）され審査委員である新潟県出身のプロの漫画家たちが登壇して表彰式が濫（らん）觴（しよう）した。開式が宣言され大賞受賞者のスピーチとなる。登壇用のスロープが設置されてサングラスとマスクを纏（てん）繞（じよう）させた車椅子と健常者の篠（しの）原（はら）清一が壇上にあがる。車椅子の作家が健常者の作家に音声をとどける。〈ありがとうここまでおしてくれて〉と。健常者の作家は首肯する。矢（や）張（は）り車椅子の作家が合成音声で物語る。〈わたしたちはかこをかくすためにふくめんさっかとしてかつどうしてきました〉と。〈このまんがもわたしたちのかこをかくすためにかいたといってもいいでしょう〉と。〈ですがこのたびぷろでびゅーがけっていしてふくめんさっかをそつぎょうすることにしました〉と。〈このまんがはほんとうにたいせつなものです〉と。〈すこしながくなりますがこのまんがのほんとうのものがたりをおつたえしようとおもいます〉