うまい野菜のつくり方

うたう

うまい野菜のつくり方

 お前にゃ謝らんといかんな。

 六年くらい前からだ。サラリーマンは向いとらんかったとか言って、移り住んでくるやつがちらほらと現れるようになった。農業なら自分らにもできるかもしれんと思うんだろうな。甘いんだよ。耕耘も畝立ても播種も何もかもが素人のくせに、俺にコツはなんだとか訊いてきやがる。足し算も満足にできんのに、掛け算を教えてくれって言っとるようなもんだ。

 俺の作るトマトは、色鮮やかでデカくて、身が詰まってて味が濃いって直売所でも評判だが、勘所さえ押さえりゃあ、自分らにも同じもんが作れると思うんだろうな。俺に言わせりゃ、あいつらはサラリーマンに向いとらんかったんじゃない。サラリーマンという職業に向き合っとらんかったんだよ。そういう奴らは、農家をやったってうまくいかん。農業と向き合わんからな。案の定、ほとんどが諦めて去っていく。移り住んだ先じゃあ、今度は農家は向かんかったとかなんとか言っとるんだろうよ。

 だから、お前が脱サラして移ってきたときも同じことを思った。農家としてはピカピカの一年生のくせに、トマトづくりのコツを教えてくれなんて俺んとこに来たときは、ほらおいでなすったと思ったもんだ。

 覚えとるか? あんとき俺はこう言った。

「お前にゃ無理だ。人生を賭ける覚悟がなかろう?」

 お前はあると言ったがな、嘘だと思った。去っていく奴らも、口ではあると言うんだ。お前も同じだろうと思った。だが俺の予想に反して、お前は三年経っても去らんかった。それどころか、今じゃなかなかのトマトを作る。三年ばかしでたいしたもんだ。

 悪かったな。お前にゃ、ちゃんと向き合う覚悟があった。

 そうやって向き合ってきたからだろう? 技術や知識だけじゃない。根本的に何かが足らんことにお前は気づいたんだ。

 俺は人生を賭けて野菜を作っとるよ。野菜づくりをいつまでできるかわからんしな。来年はもう無理かもしれんし、ひょっとしたらそれは明日かもしれん。そんくらいの覚悟でやっとる。

 十年くらい前になるか。あの日、町に行ったんだ。農具なんかは農協に言えば調達してくれるが、それ以外の日用品は町まで行かんと手に入らん。田舎の不便なところだ。急ぎだったんだろうな。大雨の日だったにも関わらず、俺は町に行ったんだ。でも何を買いに行ったんかは覚えとらん。結局、何も買えずに帰ってきたからな。

 視界が悪くて、判断が遅れた。ブレーキは踏んだんだ。でも間に合わんかった。路面が濡れとって効かんかった。一年生か二年生くらいのまだちっちゃな女の子だったよ。

 ぐったりしとったが、生きとった。大雨ん中、救急車を待つより自分で病院に連れてったほうが早いと思った。ケイタイなんか持っとらんかったし、すぐに救急車を呼ぶのが難しかったんだ。後部座席に寝かせて、車を走らせたよ。でも病院に着く前に死んじまった。後部座席から落ちて、だらりと垂れ下がった手を取ってみたら、もう脈がなかった。怖くなって、俺は家に逃げ帰ったよ。後部座席に女の子を乗せたままな。

 ブロッコリーの出荷を終えて、ちょうどトマトづくりに向けて土作りを始める時期だった。翌日は前日の大雨が嘘みたいな晴天でな、ピーカンってやつだ。深夜にこっそり畑に行って、穴を掘った。たっぷりと水を含んだ土は重たかった。それでも暗がりん中、一生懸命深く掘ったよ。

 何日かして、女の子が行方不明になっとるってニュースになった。いつ俺んところに警察がやって来るかとビクビクしながら過ごしたよ。だが女の子のニュースは少しずつ減っていって、そのうち全くなくなった。その年のトマトはかつてない出来だった。

 去年の今頃、どこに行っとたんだ? 深夜に戻ってきた車、あれ、お前だろう? まぁ、言わんでもだいたいわかるがな。独りもんにはそんな夜があるよな。

 数日して、お前が畑に猪の死体を埋めたって耳にして、俺はほっとしたんだ。あんとき、俺が畑に埋めるのを見たんだろ? でも何を埋めとるのかまではわからんかった。お前は思ったんだ。俺が埋めた何かが、その足らん何かなんだってな。それでお前は猪を埋めてみた。猪はダメだったろう? 俺も試したんだ。分解が遅いんか、栄養が多すぎるんかわからんが、とにかくダメだった。埋めたのが何なのか、気になるよな。その気持ちはわかる。だが、他所の畑を掘り返すのはご法度だろうが。

 それにしても新月の夜を選ぶってようわかったな。それとも毎夜見張っとったんか? 何にせよ、引き返してきてよかったよ。妙な胸騒ぎがしてな。

 痛むか? 楽にしてやるべきなんだろうが、ショベル越しに伝う肉の感触はもう味わいたくない。あとちょっと我慢してくれ。もう少しで掘り終わる。

 兎も狸も試したよ。でもダメだった。結局な、人間じゃなきゃダメだったんだよ。もちろん、埋めさえすりゃあいいってもんじゃないがな。知識と経験と技術があってのことだ。

 毎年、この時期になると行方不明になる子供が出るだろ? そのうちの一件は俺がやっとる。農業と向き合っとるだけだって自分に言い訳して、子供を攫うんだ。

 今年はどうだろうな。子供一人に大人一人。養分過多になりゃしないか、気がかりだが。

 悪いが、着とるもんは剥ぐぞ。

 なに? ああ、わかっとる。言ったろう? 当たり前のように来年があるとは思っとらん。明日さえないと覚悟しとる。

 だがせめて、お前が実らせるトマトは、見届けておきたいな。

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うまい野菜のつくり方 うたう @kamatakamatari

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