第4話 だから、少女は火を放った

私は学校までの道のりを歩く、私を見ていた。

俯瞰するわけでもなく、後ろ姿から見ている私でもない。

まぎれもなく、私がいつも世界を見ている視点から私を見ていた。


「私たちは常々思っていたんだよ。」


私に問いかける声がする。周りを見渡そうとしても首が動かない。


「日々の生活。これを読み続けることに意味はあるのか、とね。」

「変わらない毎日の繰り返し、これを観るのは非常に退屈だ。どこぞの銘菓の製造ラインを見ているくらい退屈なのだよ。」


男の声。年齢まではわからないけれども、味のない、特徴のない声だ。

きっと三日後には忘れているような。雑踏に紛れて埋もれるような声。

それが、私の頭で響いて気持ち悪い。

不快感を顔面に伝えることなく、いつもの通学ルートを機械のように歩く。


「だから、こう思った。毎日の生命維持に必要な行動は私が管理しよう。物語の紡ぎ手たる君たちは重大な選択さえすればいい。とね」


不思議と取り乱すことはない。

なにせ、目の前で流れる光景はいつもと変わらない毎日。危機的状況ではない。

そもそも、危機的であったとしてもどうすることも出来ないなら仕方ない。

昔からあきらめの良さだけは自慢できた。


「無論、小さな選択の積み重ねが物語を構成していることは確かだ。故に日常にも機微な変化が起こり、変化の積み重ねが物語の変革をもたらす。しかしながら、主人公がハミガキ粉の種類を変えたからといって、そうそう読み手に深い感動を与えるものではないだろう。物語の醍醐味は須く、自己の決断ではなく、他者との触れ合いの中で生まれるのだから。」


「ねえ、あんた」

やはり、私の口は動かない。どうやら私は私の体から抜け出してしまっているらしい。

そろそろ学校が近い。


「なんだね。ヒナコ。ようやくしゃべる気になったのかい。てっきり私は君がしゃべらないことを信条にしている人間なのかと思ったよ。もとより、君はあまり自己表現が苦手みたいだからね。いやはや安心したよ。それでどうしたんだい。」


「あなたはおしゃべりが得意みたいだけど、肝心なこと忘れてるんじゃない。」

「はて、なにかな。確かに私は」

「あなたの、名前は、なんですか。」


「イルカさん とでも呼んでくれ給えよ。」

今日私は授業よりも退屈な時間をイルカと名乗る男と過ごし。

その結果家を焼くことになる。


これは、そんな短くて些細な物語。

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