ビルトインスタビライザー教教祖暗殺計画

四葉くらめ

ビルトインスタビライザー教教祖暗殺計画

お題:ビルトインスタビライザー、脱出装置、ウイスキー


「ビルトインスタビライザー教に栄光あれ!」

『栄光あれ!』

 地下に設けられた体育館ぐらいの広さの空間で、千人にも上る教徒たちが興奮に熱を上げ、腕を高く掲げていた。

 教徒たちの格好は全身を包む暗緑色のローブに、目元のみを隠す怪しげな仮面。仮面の脇には『凸』の字に似たデザインの意匠が刻まれている。

 教徒達が見つめる先――前の方は壇上になっており、そこでは一人の人間が光に照らされていた。

 そいつも教徒と同じく暗緑色のローブに仮面姿というものだったが、刺繍や宝飾がされていることからこの場の誰よりも位が高い者だということが分かる。

 あいつが教祖か……?

 見た目やこの会合における扱いからそうだと思って良いのだろうが、影武者の可能性もある。

 仮面で目元を隠しているというのと、距離が離れていることから顔の精細についてはよく分からない。女性……だとは思う。体型は男性とも女性とも取れる平均的なものだが、顔の骨格が女性を思わせるものだ。

『にしても……まさかここまで熱狂的だとは思わなかったわね』

『ねー。なんか皆楽しそう!』

『なんか高等学校の文化祭を思い出すよなー』

「お、お前らなぁ」

 仲間の声がインカムを通じて聞こえてくる。

 こいつら一応敵の本拠地なんだからもうちょっと気を引き締めろよ……。

「っていうかハルとカイは自分の仕事は終わったのか?」

 さっきインカムで話していた二人目と三人目の仲間は裏方作業をやっているはずなのだが、そっちは終わったのだろうか。

『やだなー、ライ君。あたしが仕事を中途半端にする人に見える?』

 見えるから心配してるんだが。

『俺だって仕事でミスしたことあるか?』

 その尻拭いを何度もしてるから気に掛けてるんだが。

「肉を食べたいかー!」

『おおおおおおおおおおお!!』

『おおおおー!』

 なんか教祖が訳の分からないことを言っている。っていうか……。

「ミク……」

 なにお前まで叫んでんだ。

 いや、確かに僕も一瞬手を突き上げそうになったけども。

『べ、別にこれは肉が食べたいとかそういうのじゃなくて、周りに合わせないと怪しまれると思ったからそうしてるだけよ!』

 あー、はいはい。分かった分かった。仕事が終わったら焼き肉行こうな。


 仕事。


 僕は改めてそれからも演説を続ける教祖を仮面の内側からジッと見つめる。


 僕らの仕事はあの教祖を暗殺することだ。


   ◇◆◇◆◇◆


 ビルトインスタビライザー教。それは近年この国にできた宗教で、幸福の時間的平滑化を教えとしている。ビルトインスタビライザーとは元々は財政における自動安定化装置を表す言葉で、累進課税制度のように所得が多いときには税金も多くすることで財政を黒字化し、逆に不況などで失職者が多くなったときには失業手当などの社会福祉費を増やし、財政は赤字化する。

 そのようにして景気の振れ幅を自動的に抑制するのがビルトインスタビライザーである。

 これを幸福に対しても適用すべしとしたものがビルトインスタビライザー教であり、不幸になることがあるのはしょうが無いから、幸福なときに少し苦労をして、いつかある不幸を緩和しようというものだ。

 宗教自体は別に構わないのだ。この国では信教の自由というものが人権の一つとして認められており、このような新興宗教を信じることや、集会に参加することも認められている。

 しかし、このビルトインスタビライザー教は裏でマフィアと繋がりがあり、資金源としているらしい。

 そういうわけでこのビルトインスタビライザー教を潰すために教祖を暗殺すべく、こうして集会に参加しているのだが……。

 これホントにマフィアなんかと繋がってるのかなぁ。

「仕事のあとのお酒はー!?」

『さいこぉおおおおおおお!』

 繋がってる、のかなぁ……?

 こいつらただのアホの集まりなのでは……。

『もうじき集会が終わるっぽいな。ライ、ミク、準備はいいか?』

『大丈夫よ』

「こっちもだ」

 まあいい。僕らは僕らに課せられた仕事をするだけだ。

 やがて集会が終わり、教徒達が出口にぞろぞろと向かう。

 今回の作戦としてはハルとカイが裏方兼見張りを、僕とミクが教祖の暗殺を行う予定だ。

『ここまでは順調っぽいね。流石ライ君! 今なら入っちゃってもしばらくは誰も来なさげ!』

 この集会所の監視カメラを掌握しているハルが現状を教えてくれる。

『よーし入っちゃえ』

 カイの言い方に不安を覚えるが、小さくため息を吐いてから『コンコン』と了解の符丁を送る。

 目の前にいるミクとアイコンタクトで突入の合図をする。

 ミクに見えるように無言でスリーカウントを数え、ゼロになったときに勢いよく扉を開ける。

 銃を構え、部屋を見回す。

 誰も……いない?

 部屋にはテレビやソファと言った家具があり、一般家庭のリビングを模していた。

 っていうかリビングそのものだった。

「逃げられた?」

 もしかして感づかれていた? いやしかし、もし普通のルートで外に出ようとしたらハルの目をかいくぐれるはずもないだろう。ということはこの部屋に隠し通路でもあるのかもしれない。

「あ、いた」

「え?」

 ミクが拍子抜けしたような声を出す。その視線はソファに向いていた。

 もしかして……。

 ソファは部屋の入り口に背を向けており、確かにソファで寝てたりしたら死角にはなっているが。

「すぅーくかぁー」

 寝てるよ教祖。しかもどうやら結構酒を飲んでいるらしい。顔は赤く……っていうかこの娘可愛いな。

 顔を隠しているときは分からなかったが、かなり可愛い部類に入るだろう。それに思っていたよりも若い。20代前半……というか成人になったばかりと言ったところだろう。

 テーブルにはウイスキーボトルが置いてあり、半分ほどが空いていた。

 そういえばさっき仕事終わりの酒は最高だのなんだの言ってたな。

「なんかこの娘、ホントにマフィアなんかと繋がっているのかしら……」

「うん、それに教祖にも正直見えないな。影武者……にもまあ見えないんだけど」

 なんというか、今この娘を殺すのは簡単だが、罪悪感が……。

「んー……? 誰かそこにいるの……?」

「「っっ!?」」

 気づかれた!?

「ねー、いっしょに飲も? いつもひとりで飲むのはさみしいよ……」

 うぐっ。なんだこの一緒に飲んであげなきゃ行けない感! なんかこの娘庇護欲を誘う!

 まあ言ってることは酒の誘いなんだが。

「おつまみは?」

「あっちにちーたらあるよー」

 そう言いながら冷蔵庫の方を指さす。

 ってちょっと待てや。

「ちょっとミク、お前なに自然と付き合おうとしてるんだ」

「はっ、べ、別にこれはあれよ。お酒が飲みたかったんじゃ無くて敵を油断させようとしてるだけよ」

 油断もなにももう相当に酔ってるからそんなの関係ないだろ。

「そういうライだって何お酌してんのよ」

 気づけば僕は教祖のグラスにウイスキーを注いでいた。

「はっ、こ、これはあれだよ。殺る前に良い思いをさせてやろうと思っただけだってばよ」

「口調おかしくなってるし」

 別にこの娘を甘やかしたいとかそういうことを思っているわけではない。断じて。


   ◇◆◇◆◇◆


「うぇーい!」

「うぇーい!」

「うぇーい!」

 おさけっておいしいいいい!

 ちーたらもおいしいいいい!

「それでね、活動資金が必要だからってマフィアの力を借りたりね、それって本来おかしいじゃない! 私は思想を広めたいだけなのに。活動資金がどうだの利益がこうだのってわけわかんない!」

 そう! ぼくらはいまものごとのかくしんにせまっているのである!

「ライさん注いであげるー♪」

「あ、教祖さんどうもー♪」

 べつに、よっぱらってつかいものにならなくなっているわけではないのである!

『あちゃー、こりゃ駄目だ』

『あはは……。でもこんなライ君初めて見たー』

 なんかみみもとで声がきこえるー?

 おさけの飲み過ぎかなー?

 ウイスキーのボトルがー、4本? いっぱいのんだなー。

『って……ああ! ライ君! ミクちゃん! そろそろ撤退して! 見張りの人達来てる!』

「てったいー?」

 にげなきゃいけないのー? もっと教祖さんとのみたいのにー。

「教祖さまもいっしょに逃げようよー」

 ミクがそんなことをいってる。たしかに! あたまいい!

「でも、わたしがいなくなったら、教徒さんたちを裏切ることになっちゃうからいけないよー」

「そっかー。ざんねん」

「かわりじゃないけど、いいものつかわせてあげる!」

 そういって教祖さんはぼくとミクをかべの方にあるいすにすわらせた。

「これは?」

「きんきゅーだっしゅつそうちです! 逃げるときはこれが一番!」

 なんかなまえかっこいい! すごそう!

「それじゃあいきますよー。よーい、どん!」

 急激な加速度と共に、一瞬で酔いが覚めた。

 何これ怖っ。

 教祖さんがボタンを押すと、僕とミクが座っていた椅子がボックスのようなものに包み込まれ急上昇したのである。

 しかも振動がかなり凄い。まるでロケットかなにかの操縦室にでもいるような……。

 そういえば緊急脱出装置とか言っていたな……。ってことはもしかしてあれか! ロボットとかのコックピットに付いてるやつか!

 そう思っている間に、振動が消え失せる。あ、外に出たっぽい。

 それでもしばらくは惰性で上昇し、そのうちそれが落下へと移り変わる。しかし、落下スピードはすぐに非常にゆっくりとしたものになる。

 どうやらパラシュートでも開いたのだろう。

 まさによくロボットアニメなんかで見る緊急脱出装置だ。

「はっ、ちーたら……」

「ミクお前まだ酔ってんのかよ……」

 ちーたらはもうないぞ。

 にしても今回のミッションは失敗に終わってしまったが、それでも得た物はある。

 マフィアとの繋がりは教祖の本意ではなさそうだということだ。

 もしこれが本当であるならば、教祖を暗殺したところでことは収束しない可能性が高い。

「これは、教祖とは寧ろ協力する必要があるかもしれないな……」

 もしかしたら、今度は暗殺する以外の目的で教祖と会うことになるかもしれない。

 そのときは土産にウイスキーでも持って行くとしよう。

 どうやら彼女はウイスキーが大好きみたいだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ビルトインスタビライザー教教祖暗殺計画 四葉くらめ @kurame_yotsuba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ