波打ち際

@blanetnoir

遠くから波の音が聞こえる。




足の裏には、たっぷりと湿ってふかふかな砂浜の感触が柔らかい。




遠くまで抜けるような広い空は、海と空の狭間に濃いピンク色とオレンジとイエローの、外国のビーチに似合う鮮らかな夕刻の一瞬の空色。

太陽が落ちる手前のプリズムのような空色の、青の奥は宇宙のような濃紺で、遠近感が狂いそうになる。



この世の中で本当に美しい景色の、ひとつに間違いなく数えられるバカンスの浜辺には、この空を眺めて楽しむために訪れている人影が何人かいるらしい。



その人たちの顔は見えないくらい、空以外の全ては暗く、誰とは判別もつかないけれど。




だけど今、私の目の前に立つあのシルエットが、誰なのかは何故か、分かる。




波打ち際で水しぶきを飛ばしながら白く穏やかに彼の脚を撫でては引いていく。




私に背を向けて日没の刹那を眺めているその背中は、

いつも、私が眺めていた背中だ。

肉付きの薄い、綺麗な背中だといつも思っていた。

そして、私の気配に気づいている。

そう感じたのと同時に、こちらに振り返った。

風になびいて、赤い前髪がサラリと揺れる。

刻々と落ち行く日の陰りに隠れて、やはり表情は見えないけれど。



きっとこちらを見て微笑んでいる。

いつものほうれい線がくっきりと見える、あの優しい笑顔で。




ねえ。





私、あなたを置いて平成の次に行けなくて。

ここまで迎えに来たの。





違う、あなたに迎えてもらいたいのかな。





否、本音は。





あなたを連れて、この先に進みたい。

だから、

ここからあなたが私の手を取って、

このビーチを歩いて後にして、

飛行機で私の隣の席に座って、帰国して。




あの家に、帰って。

明日を迎えてくれますように。




さっきよりも水を含んでいる砂の感触を感じながら、

一歩ずつ、あなたに近づいて、

美しい空をバックにして絵のように美しいあなたを、喧騒の東京から駆けつけたばかりのヨレヨレな私が、




元の世界に連れ帰りたい。






神さま、

この世のものとは思えない美しいこの刹那に。





奇跡をおこしてはくれませんか。

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