秘密を知る




 本日の教会での準備は終わり、夜、リーデリアは一度王宮に戻った。

 本当は教会の方にいる予定だったが、ヴォルフに話をするためだ。


 研究棟の自室へ戻る途中、廊下に、窓から外を見ている神を見つける。


「おや、リーデリア。こういうときは、お帰り、と言うべきだったかな」

「ただいま。エイデン、廊下で何をしている?」

「単に外を見ているだけだよ」


 そうやって外に顔を戻す神につられて、リーデリアも外を見る。


 変わったものは何も見られないので、神に視線を戻す。


「……エイデン、きみは時が経つほど馴染んでいるな。それ、どうした」

「色々と歩き回っていると、もらってね」


 神は紙袋に入った何かをもぐもぐと食べていた。月見か?


 王宮の厨房にでも行ったのだろうか。食べる姿はもう見慣れたもので、単なる子どもに見える。


「良い意味で気安いこともあるが、その姿に、わたしが見慣れてきたからそう感じるのか」

「うーん、当然のことでもあるかもしれない」

「当然?」

「リーデリア、お前に秘密を教えよう」


 小さな焼き菓子を口の中に放り込み、神は雑談の続きの口調で続ける。


「私はね、人間だったときがあるんだよ」


 …………は?


「………………人間だったとき?」

「そうとも。私は、いや、私たちはと言うべきかな。私たちは、人間だったんだ」

「何を、言う。きみは、神じゃないか」


 顔が綺麗すぎるからそう言うのではない。

 初めて目の前に現れたとき、存在が、根本から異なると無意識から感じさせられた。


「『だった』と言っただろう。今は神だ。あのね、本当に純粋に神であるのは、この世界を作った神のみなんだ。今は姿が見えない創世神のことだよ」


 これ、当然人間は他には知らないから内緒ね、とか言うが、誰が言うか。こんなこと。

 まだ、理解もできていない。


「私が最高神なんて言われて、この世界も創らせたように言われているようだけど、本当の神は創世神のみで、私たちは、世界を預かるように頼まれた元人間に過ぎないとも言うことができるんだ」

「──元、人間だと言うのなら」


 とっさに思ったのは、一つ。

 元は人間、同じ「命」を持つ存在だったのなら。


「どうして、人の命を命とも思わず、そもそもろくに認識さえもせず、簡単に奪える……?」

「神だからだ」


 短い答えが、返ってきた。


「人間であったことなんて、遠い昔の話だよ。もう寿命がある頃、体が歳を重ねていたときの感覚なんて持ち合わせていない。リーデリア、間違えちゃいけない。人間だった頃があるだけで、もう人間ではない。こんな人間、いないだろう?」


 ああ、いない。

 元人間だとは信じられないほど、違う存在だ。絶対的な力を持ち、永遠を生きるとされる存在。


「長く時が経てば、人間であったことも忘れる。元々神であったと思い始める。私も忘れていた。不変で、力があり、地上はまるで小さな箱庭の中の世界のように見える」

「…………」

「創世神は、人間の世界を作ったのかもしれない。神がいなければ成り立たない世界だけれど、人間を神にすることで、ある意味人間のみの世界を作った。けれど元人間だからこそ、きみが嫌いだと感じるくらいに自由奔放になったのかもしれない」

「……言い訳だ」

「そうだね。でも、きっと、そういうときのための『神殺しの剣』だろう?」


 神殺し。不可能でありそうなそれが可能なのは、もしかすると、創世神以外の神が元人間であるからこそ可能なのかもしれない。


 創世神によって人間から変化した神だから、創世神がその存在を貫ける剣も作ることができる。


「リーデリア、お前は神々を憎み、消そうとしているけれど、私は残そうとしているね」

「それが、どうした?」

「それは、お前の本心かい?」


 今回、『神殺しの剣』と謳われる剣の対象からただ一柱、逃れる神がいる。


 この神を対象としないのは、こうして手伝ってくれており、話が通じる相手でもあり、世界の保険のためでもある。


「……本音を言えば、本来ならきみも同罪なのかもしれないと考えたことはある」


 聞いていないから知らないが、この神は一度として地上にいる人間に危害が加わるようなことをしていないとしたら。


 でも、何もしていなくとも、見ていて止めなかったのなら、罪だ。


 人間の子どもの癇癪なら無害、無力なものだ。だが、神々の癇癪一つで、どれほどの人が死ぬか。


「エイデン、きみはこの先、残った神となったとき、どうするつもりだ」

「どうなってほしい?」

「単なる独裁者になるのなら、どうされるか一番分かっているだろう」

「『神殺しの剣』がちらつく言い方だね。それで世界が滅ぶとすればどうする?」

「……」

「意地悪な質問だった。心配しなくとも、お前のお陰で初心に返った気分だよ」


 子どもの姿の神は、焼き菓子がなくなった紙袋を折り畳んで笑った。


 錯覚か、最初よりもずっと人間味がある笑い方だった。


「さて、リーデリア、お前は予定日前に剣を取りに戻るまでは戻らないだろうと言っていたから、ここに戻ってきたのには何か理由があるんだろう?」

「……ああ、そうだ。弟子と話をする」

「じゃあ行かないとね」


 そう言うエイデンはどこに行くつもりなのか、リーデリアが来た方に歩きはじめ、すれ違う。


 あ、と声がして見ると、エイデンは振り向いていた。


「そうだ、リーデリア。弟子の彼に言うのは、ぎりぎりにした方がいい」


 何が、とは言われなかったが、何のことかは分かった。


「そのつもりだが。なぜ」

「崩れてしまうだろう? 気がついていないのかな」

「何に」

「私でも分かるくらい、お前の弟子はお前を大切に思っているね」


 そういう神こそ、慈愛に満ちた微笑みをしていた。


「師弟だからな、そういう関係がある。わたしもヴォルフが大切だ。……エイデン、ヴォルフと話したのか?」


 この神と弟子が話しているところは見たことがないのだが、リーデリアがいないところでは意外と話していたりするのか。


 噛み合わないことはないだろうが、想像がつかない。


「少しだけだよ。彼は、お前以外にはあまり関心がないらしい。まあ、いいよ。いずれ分かる」


 神は、背を向け、去っていった。


 いずれ分かるとは、一体、どういうことだ。今ここで言っていけと言おうかと思ったけれど、意味がないような気がして止めた。



 ああ、そうだ。弟子が大切だとも。

 代わりに、今一度再確認したことがあった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る