地下に潜る



 神官の名を、ダライアスと言った。


 彼は、子どもの保護という名目で教会の中に入れてくれた。

 しかし、歩く場所は名目を無視する。


 真夜中ということで、神官も眠りについているらしい。誰ともすれ違わない。

 夜に着いて良かったのかもしれない。この神官にも会えたことだ。


「ダライアス、きみはこんな時間に何をしていたんだ?」

「俺か? 首都の外の教会に行く用事があって、戻ってきたら夜になった。そんなところであんたみたいのに会うって言うんだから、意味分かんねぇな」

「…………きみ、それが素か?」

「ああ、そうだ」

「もう別人ではないか?」


 とうとう、リーデリアは言った。


 こんなに二面性がある人物に会ったことがなかった。

 表情、声音、喋り方が変わると、人とは別人級になると知った。何度でも言いたい。誰だ。


「別人って認識されても、俺は困らねぇけど」

「あぁ、そう、だな」


 片眉を上げた神官に、もうお手上げだ。


 顔立ちは同じであり、ずっと目の前にいたので、別人でないことなんて分かっている。

 まあ、そんな神官もいる……だろう。


「それより、案内されておいて何だが、いいのか?」


 リーデリアとエイデンが歩く場所は、地下の通路だった。


 この神官は、リーデリアが言うものかもしれない「剣」がある場所に案内してくれようとしていた。


「突拍子もねぇ考えのことは知らねぇよ。ただ、俺は……同じような考えの持ち主に初めて会った」


 灯りを手に、斜め前を行く神官の顔は相変わらずぼんやりと照らされている。


 もう、にこやかで人当たりのいい笑顔なんてどこにもないが、これが彼の元々なのだ。


 その素顔と同時に、彼が提示した答えがあった。

 リーデリアが神々によることがおかしいといった、その言葉を否定できないということ。


「いきなりの昔話になるが、俺は、一度贄にされかけたことがある」

「贄、に?」

「ああ。まぁ、ここにいるってことは、免れたってことだ。幸いにも、神々の機嫌がころっと直ったか喧嘩が終わったかは知らねぇが、ころっと天候が回復して贄にならなくて済んだ」


 だが、と少し荒い口調のわりに静かな声音が言う。


「俺の姉は、その前に贄として死んだ。俺が知らねぇうちのことだった。──天候が回復して喜んでいる他の奴等に、違和感しかなかった。どうしてそんなに喜べる」

「……きみは、贄によって天候が回復したとは考えなかったのか」

「例えそうだとしてもだ、どうして人一人の命を捧げなければならない。俺はそう思ったが、どうもこの考えは異端だった」

「……そう思ったのは、いくつの時だった」

「さぁ? それなりに昔のことだ」


 ──じゃあ、きみはわたしよりずっと早くに気がついたんだ。


 リーデリアは大人になってからその考えに至った。対して彼は、身内の死という最も哀しい過程を経て、その考えに至ってしまったのだ。


「神々は人間の祈りなんて、聞いていないと俺は思ってる。そもそも小石程度にしか認識していないだろうよ。そうでなければ、どうして──」

「どうして人の命を簡単に奪える、か」


 神官が、目だけでリーデリアを見た。


「わたしも初めて近い考えを持つ人間に会ったと言っていい」


 しかし。


「ダライアス、よく神官になれたな」

「こんな思考を隠した奴が、か?」

「まあ、そうだ」

「上手く隠せていれば、簡単だ。何しろ、誰もそんなことを考える奴がいるなんて思いもしねぇようだからな。俺だって他に安定した職に就く能があればいいが、なかったんだよ。もし魔術の才があれば魔術師を目指したな」

「……ここは教会であることを忘れているのは、もうきみの方のような気がする」


 本性を出させたのはこちらだし、聞いたのはこちらだが、さしものリーデリアも神官服を着た者が堂々と言う様子に未だずれを感じる。


 そんなことを言われた神官はというと、鼻で笑う。鼻で。


「あんたに言われたくないな、リーデリア。俺はな、表向きは大層立派で善良な神官の皮を被った、本音は将来安泰職に就きたかっただけの平和を望む神官なんだよ」

「大層不謹慎な人間だ」

「あんたほどじゃねぇから」


 それもそうだ。


「それに知る奴はここに二人……じゃなくて、一人と一柱様、か。一柱様の方はさっきまでの発言は小石が転がった音程度に捉えてくれ」

「……ん? 私に話しかけたのかな? 全く聞いていなかった」

「はは、神様、辛辣だな」

「それより暗いなぁ」

「神は夜目とか効かないのか」


 エイデンが暗いと言うので、リーデリアはいつぞやのように、今度はここでいつの間にかいなくなられては困ると服を掴んでおく。


「……と言うか、本当に神様なのか?」

「神々しいだろう」

「見目は大層麗しいけどな」


 神官は目を凝らして、神を見ている。


「時折降りてくる神はいるが、大抵喧嘩していたりでよく見えなかったり、遠目でよく見えなかったりって、こんなに近くで見られたことはねぇからな」

「エイデンが神だと信じた部分もあって、通してくれたのではないのか」

「別に、興味があったからだ。教会で保管されているあれが、神を殺すっていう代物なのか」


 神官は、やはり神官に相応しくないことを言った。


「けどなぁ、『神殺しの剣』っていう物騒な名前のものを、『神様』が探しに来ているのは何かちぐはぐだと思うわけだ」

「確かにな。そこは少し事情があるんだ」

「……厄介な事情なんだろうな」

「そこまで厄介ではない」


 と言ったのだが、神官はそれ以上は踏み込んで来なかった。


 神を消す、と言ったことに関しては「突拍子もない考え」として直接は触れてこないように、深くまで関わる気はないのだろう。


「まあ、エイデンが神と信じて案内してくれているのでなければ、忘れてくれていい」

「本当に『神様』だとすれば、随分扱いが雑だな。……っと通りすぎるところだったぜ」


 神官が急に足を止めた。

 何か探すように壁に触れているので、魔術で明るくする。


「ああ、悪いな。つっても、明るくなったところで見えねぇもんは見えねぇんだけどな。あった」


 ガコ、と音がしたかと思えば、壁が凹んだ。横に滑らせることができる。……隠し扉か。


「すごいな、これはどういう仕組みになっている」

「はいはい、悠長にしてられねぇから時間が余ったらにしとけ」


 腕を取られて引っ張り込まれた隠し扉の先、細い通路があった。


 人はすれ違えない。神官が体を壁に添わせるように立ち、先を示す。


「奥の扉が分かるか?」

「分かる」


 他に扉らしきものはなく、一番奥に、石でできているであろう扉がある。


「あの扉の向こうに、『剣』が保管されてる」

「見たことがあるのか?」

「一度だけ。重要機密だと言われた」

「……重要機密を、どうして知っているのか聞いてもいいか」

「俺がこれでも地位がある奴だから」


 神官は、白いローブを捲ってあるものを見せてくれた。

 銀色の、神官の階級を表す──。


「一級神官……?」


 リーデリアが一等魔術師の証を見せたときの神官のように、反対にリーデリアが目を疑うことになる。


 呆けて見上げると、神官は皮肉げに、口角を上げた。


 この男が、一級神官?

 一級神官とは、ちょうど魔術師で言う一等魔術師のような位置だと記憶している。


「……世も末だな……」


 自覚があるのだろう。神官は肩をすくめて見せた。


「あの扉は、開けることが出来るのか?」

「いいや。特別な鍵が必要で、さらに魔術で守られている」

「神官も魔術を使うのか?」

「知らねぇのか? 最近は多い。特に、神官長はあんたと同じく神に祝福された目を持ってる、かなり優れた魔術師みたいだな」


 そうなのか。

 それは予想外だったが……。


「やはり泥棒するしかないということか」

「神官の前で泥棒とか言うなよ」

「もうすでに真っ当な神官の前では言ってないけないことは言っている。今さらだ」

「いい性格してるぜ」


 神官は喉の奥で笑った。


「だが、泥棒するにしてもどうやってする?」

「鍵は手に入れられないか?」

「出来ないこともないが、やらねぇぞ。危険度が高すぎる。職無しになると困るからな」

「ここまで案内してくれたのは危険に入らないのか?」

「入るが、鍵は神官長が管理してるんだ。人がいないここに来ることと、神官長に見つかる可能性が高すぎる鍵を拝借することは勝手が違う」

「そうか……。魔術を破るのなら、扉を壊すことももう同じことになるだろうか」

「……魔術を破る?」


 破れるのか、と言いたげだったので扉を睨むことを中断する。


「ダライアス、わたしは魔術師だ。魔術が本業だ。それに魔術は意外と作るより解く方が簡単だ。個人差はあるかもしれないが、わたしはそうだ」

「へぇ。けどそうなると完全に泥棒も泥棒で、やばい泥棒だな」

「そうなる。そこが問題だ。さすがに扉を破壊するのはな……」


 まあ、いいか。

 この期に及んで、手段を選んでいるのもおかしな話だ。


「よし、手早くやる。──ダライアス、きみは戻るか?」

「騒ぎになるのか」

「いいや。しない」

「なら、朝になる前まで見学していく。それなりの時間になったら、俺は退散するぜ?」

「そんなにかからない」


 笑って、リーデリアは扉に向かって進み始めた。






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