あるものを探す




 リーデリアが教会に行く目的として、要所として場所を借りることは実は二の次だった。


 大体、聖域なんて、けっこう広い。要は教会の土地でごちゃごちゃやれればいい。


 それなら最悪、出任せを言って教会でのごちゃごちゃを許してもらい、知らないふりで事を迎えればいいのだ。

 一番の目的は他にあった。


 神には神が殺せないなら、人間はどうやって神を殺すのか。

 リーデリアの問いに、当の神は「支配される側とはいえ、世界を作った神がそんなに人間に無慈悲だったと思うかい?」と答えた。

 そして、「神を殺すための武器を、創世神は人間に与えたんだよ」と続けた。




「神殺しの剣とは、昔々、創世神により人間に与えられたものだ。人間にも抗う『権利』を与えたんだよ」


 現在、ずっと続く坂道を登りつつ、エイデンが言う。


「だが残念ながら、人間は世界を作り、支配する神々を尊んでいた。そんなものを向けようとする者などいない」

「そしてこんなところに仕舞われた、か」


 主教会は、首都にある教会にして、最も大きく、教会の本部と言うべき教会だ。首都の外れにある。

 それも緑が豊かな、山の上だ。


「夜に着くとはな」


 不在中に進めてもらう準備のことで意外と時間を食い、少し時間が経ってから出たのが響いたか。

 明日に回せば良かったかな。


 教会がある山の上に着いても、景色は宵闇に隠れている。木々の緑も見えないときた。

 別に景色を楽しみに来たのではないから良いとしよう。


 前方に向き直れば、昼間に見れば、真っ白な建物がある。


「問題は、どうやって入るかだ」


 主教会も、一般の民が祈るために建物内に入ることを許されている。

 ただし、日中の話だ。


 今は夜、門は閉められ、敷地内にさえ入ることが出来ないだろう。


「普通に入ればいいんじゃないかい?」

「きみの普通はおそらく普通ではない。……仕方ない、エイデン、野宿に抵抗はあるか?」

「野宿?」

「あ、待て。こんな時間に来てしまったとあれば、教会が中に入れてくれる可能性もあるか……?」


 泊まるところがない、と。

 主教会がそんなに親切で、心優しいかは分からないが、可能性はなくもない。試してみる価値がある。


「こんな時間にどうしましたか?」


 野宿かどうかと、リーデリアが思案しているときのことだった。


 こんな時間、夜に礼拝者が来るとは思えない。リーデリアたちは別だ。祈るために来たのではない。


 誰だ、と思って見ると、暗い中にランプの小さな灯りが揺らいでいた。淡く照される、それを持つ姿は白い。


 全身白の服装で、ローブも白く、すっぽりとフードを被っている。──教会の人間だ。


「子どもが……二人だけ?」


 リーデリアたちを見て歩み寄ってくる人物の顔がどんどん明らかになっていく。目を丸くして、きょろきょろしている。


 呟いた言葉から察するに、付き添いの大人の姿でも探しているのだろう。


 だがいないものはいない。


「お嬢ちゃんたち、こんな時間にどうしたのかな?」


 これまでの中で一番の子ども扱いだった。

 こんな時間にどうしたのかとはこちらも言いたいことではあるのだが。


 教会の神官と思われる彼は、親切でしゃがみこんだのだろう。リーデリアとエイデンが見上げなくてもいいように。

 親切だ。


 リーデリアとしても、首が痛くなる確率が減るので気に障ったりはしなかった。


 ところで神官らしき男は、近づき灯りがリーデリアたちに届く範囲になって、また目を丸くした。


「これは……神に祝福された目か……。神官長以外に初めて見たな。──じゃない、お嬢ちゃんたち、こんな時間に危ないと思うんだけど、誰か大人と一緒じゃないのかな?」


 このまま単なる子どもとして見られていては疲れそうだ。

 リーデリアは問いには答えず、ごそごそとして、あるものを取り出し、男に見せた。


「何かな、これ。……………………一等魔術師!?」


 驚愕の声とともに、目を見開いた。

 リーデリアは魔術師の証を見せたのだ。


「嘘だろ……?」

「これでも正当な魔術師だ」

「本当に?」

「事実だ」


 かなり疑ってくる男は証を見て、リーデリアを見て、何度も繰り返して、やがてぽつりと言葉を溢す。


「こんな子どもが……世も末だなぁ」


 失礼な言葉が聞こえた。


「子ども子どもと言うが、きみが思っているよりも歳も重ねている。おそらく年上だ。子ども扱いはやめてもらおう」


 見たところ二十四、五歳だろう。

 まあ一回りも違ったというわけではないが、年上は年上だ。


 外見のせいとはいえ、ちょっとカチンと来たため、事実を述べた。

 どうせ王宮では明らかになったことでもある。


「年上?」

「年上だ」

「あー、それは、すみません」


 魔術はよく知らないからなぁ、とか何とか言っている。

 とりあえず事実として受け止めることにしたようで、言葉遣いが変わり、ようやく落ち着いた。


「そちらの一見子どもに見える方も、同様ですか?」

「私は神だよ」

「待て、エイデン。──聞かなかったことにしてくれ。それより、聞きたいことがある」

「いや、ちょっと待ってください?」


 混乱に突き落としてしまったらしい。

 問いを向けられたエイデンが、正直に神だと言ってしまったからである。


 魔術師の証を持っていても、神に魔術師という意識があるわけがない。

 誤魔化せもしなかった。


「エイデン、すまないが少し、口を閉じておいてくれるか」

「分かったよ」

「神? 教会ジョークですか?」

「教会ジョークなら、教会にいるきみたちが言うべきものではないのか?」

「ああ、では魔術師ジョーク? ──ここがどこだか分かっているんですか?」

「教会だ。正確には、教会に入る前の場所。──何だ、まさかわたしが知らないうちにここは教会に似た観光地にでもなったのか?」

「そういうことではなく」


 男が、顔を寄せてこそこそ囁いてくる。


「神だとかいう冗談を、神官に聞かれたらどうするんです」

「きみ、神官ではなかったのか」

「神官ですよ」


 意味が分からない。明らかに矛盾が生じた。


 神官に聞かれたらどうする、ということは、今神官には聞かれていないということだ。それでリーデリアが、神官だと思っていたのに神官ではないのかと聞くと、神官だと言う。


 確かに服装は神官であり、男は思った通り神官であった。男は真剣な顔でもう一度言う。


「神官です」

「神官だな」

「ちょっとそこら辺は気にしないただの神官です。……まあいいです。それで、一等魔術師の方であってもですね、こんな時間にどうなさったんです?」

「実は、あるものを探しに来た」

「あるもの?」

「そう、何というか、特別な剣だ。おそらくこの教会にあるはずなのだが」

「抽象的ですね……」


 そう言われても、他に言い様がない。

 伝え方を考えていると、隣から肩をとんとんとされる。エイデンだ。


 何か言いたそうだが、喋らない。どうも口を閉じておいてくれという頼みを守ってくれているようだ。


「すまない、エイデン。案があるなら、喋ってくれ」

「率直に聞いてみればいいんじゃないかい?」


 実に率直な案だった。


「エイデン、相手は神官だ。神官でなくとも、どういう反応になるかはお察しだ」

「何ですか? 今さら何を言われても驚きませんよ。遠慮なく、どうぞ」

「神官、投げやりすぎだぞ」


 当の神官が促してくる。


 ……しかし、教会のどこにあるのか分からない以上、何か情報を掴まなければ始まらない。あれはなければならない。


 一応、探りを入れてみることにする。


「神官、きみは神々の行いについてどう思う?」

「具体性が欠けて、質問の趣旨が分からないんですが」

「例えば、神々により変化する天候で洪水が起きて人が多く死ぬことになるのはおかしいとか、さすがにやり過ぎだとか」

「……ここ、教会ですよ」


 神官は驚いたようにも、呆れたように言った。


 探りが直接すぎたかと考えかけたリーデリアだったが、ふと、神官の反応に、違和感を覚える。

 この神官、何だ。


 普通であれば、仕方のないことだとか、不敬だとかいう言葉が待っているはずなのに……。


 だがこの神官は否定しない。──そういえば、さっきも、自分がどうとかではなく……。


「……神官、さっきから教会だ神官に聞かれたらと言うが、自分のことはどうした」

「え?」

「きみ自身はどう思っているんだ」


 しゃがみこんだままの神官を見て、リーデリアは問う。


 まさか、万が一にもそうであるのなら。今、運が舞い込んでいるのかもしれない。


「天候が酷く荒れ、人がどれほど死んでも、それは神々の思し召しであり、この世の仕組みだ。──おかしいとは何だとは、言わないのか」


 リーデリアが言葉を重ね指摘すると、神官の表情が、抜け落ちた。すとん、と。一瞬だった。


「一等魔術師様、あなたは神官に向かって何を言っているのかお分かりですか」

「もちろん」

「そんなことを言うあなたが、教会に何をしに来たんですか」

「ある剣を探しに」

「そんなに漠然としていては、何のことか全く分かりません。その剣がここにあるとして、何のためにそれを探しているというのか、教えていただきたい」

「わたしも率直に言った方が手っ取り早いと分かっているから、この際言ってしまいたい。──だから、教えてくれ、神官。きみがわたしの言葉を否定するのか、しないのか」


 神官は黙した。

 リーデリアは見つめ続けた。万が一の可能性、ちょっとした違和感は大きくなってきていた。この神官は、があるかもしれない。

 ここで逃してはならない気が強くして、リーデリアは真っ直ぐに見続けた。夜の静けさがどれほども流れ、見続け。そして。


 神官が、がくりと落ちるように頭を垂れた。

 地面を見て、がしがしと頭を掻く。心なしか、想像もできなかったほど手つきが荒い。

 深く、息が吐かれた音がした。


「──告げ口無しって言うなら、答える」


 声音ががらりと変わった気がした。表面に被せていたものがなくなった、のか。口調も、同じく。


「……告げ口無しだ。もっとも、告げ口する心当たりがない」

「ああそうかよ」


 下を向いていた神官が、顔を上げた。


 さしものリーデリアも驚いた。

 にこやかだったりした表情は、無ではなかったが、しかめっ面に近いものに変化していたのだ。その落差と来たら……誰だ。


「俺があんたの言葉を否定できるか否定できないかだったな」


 俺。あんた。

 表情だけでなかった変わり身に瞬くリーデリアは、何とか浅く頷く。


「出来ねぇよ。何なら、『おかしい』って思ってる方だからな」


 誰だこれ、と知り合いではないのに思っていたリーデリアは我に返った。


「……聞き間違えではないな」

「他人の聴覚なんて把握しようがねぇが、余程じゃねぇ限り間違いじゃあないだろうな」

「そうか」

「で、胡散臭い魔術師様、あんたはここに何しに来た」


 しゃがみこむことを止めて立ち上がった神官は、眼光鋭くなった目で、リーデリアを見下ろす。

 リーデリアは前に立ちはだかる男の威圧感の強さを感じていたが、臆することはなかった。さっきの答えを聞いて、掴めなかった糸でも掴んだ感覚が生じていた。


 ──これは、望みがある


「俺は吐いたぜ、あんたも吐きな」

「口が悪いな……」

「放っとけ」


 口が悪い云々は後にしよう。

 神官の言うとおり、彼はリスクがあるにも関わらず喋った。リーデリアも交換条件としたことを喋るべきだ。

 遥か上となった顔を毅然と見上げ、リーデリアは目的を明かす。


「わたしは、『神殺しの剣』を探しに来た」

「……何だ? その、神官に聞かれたら、あっという間に教会中に広まって取っ捕まえられそうなものの名前は」


 神官が、思いっきり困惑した顔をした。大いに眉間にシワが寄る。


「だからきみも神官だろう。それからこれ以上に言い様がない。この教会に特別に管理されているような剣はないか」


 神官は視線をどこかにやり、考える様子になり、少ししてぽつりと溢す。


「……ある」

「あるのか?」

「あんたが探してるものかどうかは知らねぇが、地下にある」

「あるんだな!」


 リスクを犯した価値があった。まさかこんなに簡単に確かめられるとは、予想もしていなかった。一気に運が向いてきた心地で、思わず身を乗り出した。


「それを何のために探してんだ」

「神を消そうと思ってな」

「────は?」


 口が滑った。






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