学院長に会う





 再び呆然とした女性は、目を見開き、立て続けに二度目ということで今度は数分固まっていた。


 無言の時間が流れたあと、エイデンとともに半ば引きずるようにして、とある一室に連れて来られた。

 これまでいたような、殺風景な部屋ではなく、書斎のような一室だった。


 連れてきた女性は、室内にいた男性のことを「学院長」と呼んだ。

 きっちりとした格好をした紳士は、白髪をまとめた後ろ姿から、振り向いた。手には茶器を持っていた。


 学院の最高責任者。


 リーデリアたちを連れてきた女性は学院長に事の経緯を話して、「後は任せるように」と言われたことで、出ていった。


 リーデリアとエイデンは学院長に勧められてソファーに座った。中々いい座り心地だ。

 お茶も淹れてくれ、お菓子もどこからか取り出して添えてくれた。いいおじいさんか。


 向かい側に座る学院長は、一見すると厳しそうな顔つきをした老人だったが、リーデリアが気後れすることはなかった。


 師匠に似ている。


 ──師匠、百年経った今、あなたはこの世界にいないのでしょう

 死んだという証は見つけていないが、百年も生きていられるはずはない。

 師匠は、そして弟子は、いなくなったリーデリアをどう思っていたのだろう。ひどく、悔やまれた。


 突然考えてしまったことに、リーデリアは一度瞬き、現実に戻る。

 目の前に。


 学院長は、確かに師匠に似ていたが、リーデリアの師匠の方がよっぽど偏屈な顔をしていた。


 そして、学院長は喋りはじめると偏屈ではないと分かった。……手ずからお茶を淹れて、お菓子までくれる人がひねくれた人であるはずがないか。


「魔力測定器では測定不可能なほど大きな魔力とは……。随分大きな魔力核があるようだ。ああ、魔力核とはね──」


 魔力核とは、自らの体内で魔力を作り出す機能を持つもののことを指す。

 個人それぞれで「容量」は異なり、その大きさは魔術師の優劣に直結する。


 基本用語だから知っておいたほうがいいと思ったのか、説明してくれた学院長は、「さてと」と話を仕切り直した。


「血は繋がっていないとか」

「はい」

「珍しいこともあるものだ。お姉さんであるというリーデリアさん、だったかな。君の方はさほど驚くことはない」


 この目を持っているから、優秀な魔術師になれるだけの素養があると見て分かる。


「だがエイデン君の方は、とても珍しいね。いや、神に祝福された目を持たずとも、優秀な魔術師はもちろんいる。だが、魔力測定器を壊すほどのと言われると、話は別になる」


 学院長の目が興味深そうに細くなった。

 何かの研究対象にでもされてしまいそうな目付きだ。


 エイデンはというと、お菓子を食べていた。のんきか。

 そして、リーデリアも見たことで自分に話の矛先がいっていると理解し、微笑み返している。愛想のいい神だ。


 たぶん話を聞いていなかったと思われる。

 次はお茶を飲み始める。いやに優雅に飲む。これが自然体というから……。


「入学できますか」


 さっさと確認しなければならないことがあった。

 エイデンから学院長に視線を戻して率直に問うと、学院長は髭を指で撫でた。


「エイデン君の方は、少々知識が足りないようだ」

「……そうですか」


 だろうな。やはり筆記試験は駄目だったようだ。


「魔術式の発動についても、制御が上手くいっていない」


 何しろ神だ。

 魔術など使って来なかったというか、知らなかったようだ。


 ただ、人が魔力と呼ぶもののような力の類いはあるらしく、魔術式さえ発動できれば──さすが神。規格外の力をお持ちだった。

 拍手喝采だ。


 筆記試験が最悪でも、無視できる素質ではないだろう。おそらく。


「だが、魔術式の発動自体は全く問題なく、最高レベル以上の威力が発揮されている」


 そこもさすが神だ。人間が成すことなど、すぐに飲み込み、超えて見せた。


「対してリーデリアさんの方は、知識は申し分なく、魔力も言うまでもない。試してもらった魔術式の発動もでき、制御も完璧だ」


 一度魔術師になっているから、当たり前だ。

 指示されたのは初級の魔術のみだったが、本に載っているものならどれでもやれただろう。


 ……だが、もしもそう言われていたとしてやっていたかどうかは分からない。

 突然現れた子どもが両方とも魔力が莫大で、さらに一等魔術師級の腕であったらもうどうなるか。

 大いに悪目立ちしたいわけではないのだ。


「神に祝福された目があるからには、確実に有望であるだろう」


 褒められるのは、中々慣れない。師匠はそんなに褒めてくれなかったからか。

 ちょっと嬉しくなるではないか。


「彼と同じクラスになれますか」

「同じクラスになりたいのかね?」

「出来れば」


 でないと、神の力を使わずして、魔術でこの辺りが火の海になる日は遠くない。


「良いお姉さんだ」


 違う。そういうのじゃない。


「あ、それから、飛び級制度はありますか?」

「飛び級したいのかね」

「早く働けるようになって、お金をもらいたいので」


 事実である。実質無一文と言っても差し支えないのだ。

 さっさと魔術師になりたい。

 魔術師になる時期が自由な、師を探す方が駄目な以上、こちらで最短を進まなければならない。


 学院長は納得したように頷いたが、次には首を横に振った。


「残念だが、この学院で飛び級した者はいない」

「いないのですか」

「ここは国内の魔術師養成学院の最高峰だ」


 最高の教育、最高難度の評価基準がある。

 飛び級できる者はいないと言う。

 しかし、「いない」だけで「出来ない」とは言っていない。


「だが君の能力は素晴らしい。年齢相応の学年に入ることが可能だ。もしかすると、上を目指すことも出来るかもしれない。……ただ、エイデン君はあまりに知識がないため、魔術の制御のこともあるし、一学年からスタートしてもらわなければならない」


 何だと。


「そうすると、リーデリアさんの望み二つが正反対の方向に向いてしまうのだが、どうする?」


 私としては、能力を優先した方がいいと考える、と学院長は言った。

 飛び級したい、というものと、エイデンと同じ学年クラスにというものは、最初から反対を向いてしまったようだ。


「……学院長、彼の魔術式の発動能力は最初の学年からでは秀ですぎていると思います」

「確かに。一年生は魔術式を実際には扱わない。魔術式を扱う前に、暗記と理解が優先されるのでね。二年生以上のことが出来ていることになる」

「では」

「考えられる手法として、補習で補うという方法はあった」


 あった?


「それにしては、基礎の知識がなさすぎるのだよ、リーデリアさん」

「……エイデン」


 当のエイデンを見ると、けっこう散々な言われようをしているのにも関わらず、彼は何の話かというように首を傾げた。

 自分のことだとも分かっていないのだろうか。話を聞いておいてくれ。


 一体どのような試験結果だったのか。

 仕方ないか。

 教える時間もなかったし、すぐに試験に移る可能性を考えなかったリーデリアの責任でもある。

 しかしどうしようか。


 リーデリアは別に下の学年に行ってもいい。それよりもこの神を野放しにはしておけない気がする。


 飛び級はやろうと思えばやれると考えると、それまでにエイデンにあれやこれやと教えればいい。

 神だから何とかしてくれるはずだ。一緒に飛び級出来るところまで教え込んでやる。


 途中で見聞が終わればそれも良し。リーデリアはすぐに飛び級する。


 これが、最善か。……なぜ、この神を軸にして考えなければならなくなっているのか。

 神のはずなのに、下手な人間より世話がかかると印象になってしまっているからだろうか。


「学院長、わたしも彼と同じ学年、同じクラスにしてください」

「……それでいいのかね」

「はい」


 残念だ、と言うように学院長は言った。


「気が変わったときにはいつでも言いなさい。弟さんが心配だろうが、慣れれば不安も消えるだろう」


 だからそういうのじゃない。


「では、授業は早速明日から。すでに春から授業は始まっているため、途中からの授業だ。エイデンくんの方は、ついて行けないようなら加えて補習を……」

「学院長、エイデンにはわたしが責任を持って教えます。それでは駄目でしょうか?」

「いや、リーデリアさんがそれでいいのならそうするといい。──まだ少し先のことだが、学年の終わりには成績が基準に満たなかった生徒が毎年学院を去る。学院としては素晴らしい才能を持った生徒は育てなければならないと思っているが、もしもあまりにも成績が足りないようであれば留年もしくは他の措置を取らなければならないことになる」

「分かりました」


 問題ない。

 一人の弟子を持っていた身として、この神に相応の知識を詰め込んでやる。


 勝手に神という存在をこの学院に連れ込んだ (神がついてきたのだが) リーデリアの責任というものだろう。


「生徒は寮で生活することになる。これから寮へ案内させよう。制服や教科書の類いは全て支給だ。今日中に届くようにしよう」

「ありがとうございます」

「編入生を迎い入れることは私が学院長をしている間では初めてのことだ。もちろん、生徒たちも初めてのことだ。注目されるだろうが、学院に早く馴染めることを願い、同時に君たちが魔術師になれるように、努力を期待している」


 学院長は立ち上がり、リーデリアに手を差し出した。リーデリアも立ち上がり、手を握った。


「ようこそ、学院へ」

「ありがとうございます。お世話になります」

「しかしリーデリアさん、君は実にしっかりした子だね。上級学年でも、混ざれるだろう」


 外見にしては中身が老けているということにしても、それは中身が中身なので当たり前だから、まあ褒められた程度に捉えておいた。



 学院の寮は、一つではなく、いくつかに分けられていた。

 男女は寮単位では分けられておらず、寮の入り口は同じだが、一階部分は女子男子区別せず共有スペースになっているという風になっているとか。


 リーデリアとエイデンは同じ寮になった。

 個人の部屋は二階から上で、男子生徒と女子生徒で右手と左手で入り口から別れており、渡り廊下は無い。


 寮ごとの生徒の内約は、学年ごとに固められているのではなく、均等に人数配分しているようだ。


 今は授業中で、生徒は一人もいない寮の中に入ると、リーデリアはエイデンは別れ、各々個人の部屋に案内される。


 部屋は二人で一部屋、二段ベッドと机が二つ椅子がそれぞれ一脚ずつ、空っぽの棚……とこれが標準で与えられているものだろう。


 しかしリーデリアは一人で使うことになった。編入生だから、余ったようだ。

 エイデンの方もルームメイトがいなければいいのだが。


 そういえば、壁の破壊の件は怒られなかったな。







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