入学試験に挑む



 人に尋ね回って探した学院は、見つけるのにはさほど時間はかからなかった。

 王宮ほどではないが、広い敷地を有する場所だったのだ。


 敷地全体をぐるりと大きく囲んでいるであろう柵に沿い、入り口を探すこと三分。

 大きな門が見え、両脇には門番らしき男が二名立っていた。


「行くぞ、エイデン」

「うん」


 門に近づいていくと、そちらに近づいていると察した門番が怪訝そうな顔をする。


 どうも生徒には見えなかったようだ。元々今は授業中だったりするのかもしれない。


「学院に入学したいのですが、責任者の類いの人に会うことはできますか」


 門番は、もっと怪訝な顔をした。


「今年の入学式はとうに終わって、来年の入学の試験はまだ先だ」

「知っています」


 さすがは門番だ。関係者以外は立ち入り禁止を遵守している。


 だがまず入らなければ……、と思ったリーデリアは奥の手を出すことにした。


「……知り合いの魔術師から話がいっているはずなのですが……」


 嘘だ。


 師匠に知られたら怒られるだろうな、と思う。師匠は嘘を許さなかった。


 だが効果はあった。

 門番は、もう一人いた門番と何やら話しはじめる。背が低くなったことで、高い位置で話される内容は聞こえない。


 時折ちらっと目を向けられる。「あり得る」とか断片が聞こえた。


「紹介状の類いは持っているか?」

「いいえ」

「持っていないのか……」


 困ったという顔をした門番はちょっと待っておくようにと言い、一人が中に入っていった。


 嘘をついて、ここを突破しようと無理をしているのはリーデリアだ。申し訳ない。

 しかしかなり個人的な理由で引き下がるわけにもいかなかった。


 でも駄目かもしれないなと考えていた……ところで、戻ってきた門番は誰かと一緒だった。

 ドレス姿の女性だ。ここの教師だろうか。


「本当だわ」


 彼女はリーデリアを見て、目を丸くした。目が合った途端だったから、目の色だろう。

 門番が伝えたのかもしれない。


「こんにちは」


 目線を合わせるようにした女性の挨拶に、挨拶を返す。

 エイデンは言わなかったので肘でつついてやろうかと思ったが、止めた。

 神に常識を分かっていろと言うのも今さらだ。引っ込み思案で通るだろう。

 それはさておき、これはいい傾向だ。


「私はここの教師をしているの。あなたたちの知り合いの魔術師が学院に話を通しているはず……というお話だったのだけれど、そういった話はないのよ。来ていれば聞いているはずだけど……」


 それは聞いていないのが間違いではないから、大丈夫だ。


「その魔術師の名前は分かるかしら?」

「いいえ」


 即答するところではなかったかもしれない。


「……実は、半年前までその魔術師に魔術を教えてもらっていたのですが、名前を教えてくれなくて……」


 おかしな話だ。

 学院に話を通してくれているはずの魔術師が、名前を教えておかなくては色々不都合が起きるだろうに。


 仕方ない。一度知らないと言ってしまったことは、通さなければ。


 しかし、女性が気にしたのはそこではなかった。


「魔術師に? ……それは、紹介といい、前時代的ね」

「……前時代的?」

「いいえ、いいわ。あなたのような才能を秘めていそうな子であれば、いてもたってもいられなかったのかもしれないわね。──ひとまず、中に入りましょう」


 リーデリアとエイデンは、すんなりと門の中に入ることを許された。


 女性が道中のついでのように、教えてくれた。

 曰く、以前は魔術師が弟子をとって魔術を教え、弟子は魔術師となれたが、今はその制度はないのだと。


 つまり、今やこの国で魔術師になるには、この類いの学院に通うない。そんなことになっていた。


 弟子制度は時代遅れ。効率が悪いとか、魔術師が仕事に集中するためとか何とか。


 何ということだ。間借りして、魔術師に手っ取り早くなれそうな師を探すという計画が壊れてしまった。


 ますます学院に入学しなければならないし、卒業しなければならない。


 中に入って通されたのは、簡素な部屋だった。

 テーブルと椅子、棚があるくらいの一室で、話をするためだけにある部屋のようだった。


「あなたたちは姉弟、かしら?」

「……そうです」


 他人だと色々面倒か、どうか。


 もうすでに面倒なので、どんどん肯定していくことにした。

 情報など後で付け加えればいい。どうせ本当の身の上など話せやしない。


 でも、それならそれで、予想してエイデンに髪色か目の色を揃えてもらうべきだったか。


 しかし顔の作りが似ていないからどのみちか。

 そのせいで、女性は疑問の形で尋ねてきたようで、肯定した今も不思議そうな顔をしていたから。


「見なし子で、血は繋がっていないんです」

「あなたがお姉さんで、あなたが弟さんかしら」

「そうです」


 こんな弟を持った覚えはないが、そうだ。

 偽りが増えていく。


 だが現在親がいないのも、隣に座る一見すると少年と、血が繋がっていないのも事実だろう。

 あとは、その事実に納得がいくどのような背景があるのか。


「どこから来たの?」


 とっさに思い付いた小さな村の名前を出した。


 調べられても、本当にある村 (今もあるかは分からないが) だったが、女性は知らないようだった。

 無理もない。そもそも小さな村だ。

 しかし、名も分からない土地ということで、田舎から出てきたと捉えた様子だった。


「途中入学ねぇ、前例は全くないんだけど……」


 メモをして呟いた女性は、ちらっとリーデリアを見る。


「そうね。とりあえず私が判断をするわけにもいかないから、報告をしてくるわ。あ、名前を教えてくれる?」

「リーデリア・トレンスと、エイデン・トレンスです」

「歳はいくつ?」

「……」


 何歳。


「どうしたの?」

「いえ、実は、歳が分からなくて……」


 事実である。

 魔術式が捻れたことにより、時間が巻き戻ったかのような体。一体、何歳に見えるのだろう。

 まさか、実年齢を言うわけにもいかない。


「十二、三歳くらいかしら」

「……そうですか」

「弟さんはどれくらい下とかは分かる?」

「いいえ」

「そう、分かったわ。じゃあ、少し話を通してくるから待っててね」

「はい」


 女性は部屋を後にした。

 ドアが閉まると、ずっと黙っていたエイデンが口を開く。


「全員、お前の目をよく見るね。お前のその目は、そんなに珍しいものなのかい?」

「そこそこ」


 リーデリアの目は、黄と橙色をしている。

 その一つ一つの色自体は珍しいものではないが、左右色違いの目は、珍しい。


 また、魔術師を育成するこの学院ならば逃してはならないと思わせる、ある意味を持っていた。


「この目のように左右で色の異なる目は、神の祝福を受けた目と言われている。……これは事実なのか?」

「祝福? ──ああ、なるほど。確かに、祝福をあげるね。でも……へえ、祝福はそういう形になるのか。確かに、確かに」


 何やら随分納得しているが、リーデリアには内容が全く伝わってこない。


「その祝福っていうのは、私が気紛れにあげているものなんだ。だから、あの日、お前がいることが分かったのだろう」

「……どういうことだ?」

「お前が神を殺そうとする思いが強すぎて、それはその神自体には何の繋がりもないから伝わる所以はないが、代わりにちょっとした繋がりがある私が感じ取ったということだよ。なるほどね、どうりで」


 力を貸しやすかったわけだ、とまた一つ納得したようなエイデンは笑う。


「……つまり、きみがあの場に降りてきたのは偶然ではなかった、ということか?」

「うん。偶々と言ったけれど、正確に言えば念のようなものを感じて、降りたわけだからそうなるかな」


 生まれつき持ったこの目は、魔術師にとって必要な魔力の強大さを約束されていた。


 それは、神々の祝福だと言われており……その祝福を与えたのはこの神だという。


 生まれたときからこの神と繋がりのようなものがあったのかと思うと、変な心地だ。


「きみの祝福か……それによって降りてきて、魔術を向けられるのでは、とんだ災難だったな」

「リーデリアがしたことだよ?」

「そうだな」


 女性が戻ってきたのは、三十分以上経った頃だった。


「許可が出たわ。とりあえず、あなたたちの知識と力量を確かめてどの学年に入るがいいか、判断することになったから……」


 どうも、入学は決定しているような言い方だった。


「まず、筆記試験を受けてもらうわ」


 今すぐ試験に突入する流れに、リーデリアははっとする。


 気がついたことは奇跡だったかもしれない。危うくそのままにしてしまうところだった。


 隣の神を小突き、囁く。


「エイデン、人の文字は書けるか」

「あー、うん、読めるから何とかなるんじゃないかな」


 あとは内容か……。教える時間なんてなかった。


 それにリーデリアも、百年の間の歴史が出れば絶対に分からない。



 エイデンの可能性に賭けるとして、そのまま筆記試験に挑んだ。どうにでもなれ。


 筆記試験が終わると、採点は別の人に任せるのか、そのまま魔術の素養を確かめることに移ると女性は言った。


「魔術師に教えてもらっていたと言っていたけれど、魔術式の発動の仕方は知っているかしら?」

「はい。……あー」


 何やら本を渡されながら、リーデリアはすんなり頷いたが、またも気がついたことがあって横を見る。

 見られたことに気がついたエイデンは、にこりと笑う。

 麗しい笑顔だが、そういうことじゃない。誰が自分に愛想よくしてくれと言った。


「あ、先に魔力を計る方が先ね」


 リーデリアがエイデンに向けた視線をどう解釈したのか、女性は部屋を出ていった。


 その隙に、リーデリアはエイデンに一応の確認をする。


「エイデン、魔術式の発動の仕方……など分かるはずがないか?」

「教えてくれれば、やれると思うよ」

「そうか。まず、魔術式とは魔術を行使するために必要なものだ。これ自体が物質を変化させたりする仕組みを持っており、あとは魔力で魔術式を書く。それによって魔術式が力を持ち、式通りの事象を起こす。例えばここに記してあるのは」


 渡された本は魔術書で、いくつか簡単な魔術式が記してあった。初級向けの本か。

 ぱらぱらと適当に捲ったところにあったのは、火を起こす魔術式。


「これを、魔力──きみが言った神の劣化版の力で書く。書けるか?」


 魔力で魔術式を描くには、慣れが必要だ。

 よく教え方としてはイメージしろとか言われるが……。


 しかしさすがの神は心得たという風に頷き、魔術式を描いてみせた。


「こうだね」


 魔術式は、きらきらと光っていた。それはもう、早く威力を発揮したいとばかりに光っていた。


「エイデン、その魔術式は──」


 ──爆発音が、響いた。






 ……何事にも限度というものがあるはずだ。


 とかいうのは、神に言っても仕方ないだろうか。


 とは言え、壁を破壊し、周りに不自然な空気が流れたことで、神と言えどちょっとおかしいことを察したらしい。


 部屋の壁がなくなり、煙が立ち込める中、がらがらと、おそらく壁が崩れる音が響く室内は静まり返っていた。


「……え……」


 え、と反射的に返したくなったのはリーデリアだが、その前に「え」と言ったのはリーデリアではない。


 嫌な予感にそちらを見ると、……いつの間にか戻ってきていた女性が立っていた。


 爆発後に戻ってきたのか、爆発直前または同時に戻ってきたのかは……何となく分かる。


 ぎりぎり、見ていた。


「あー」


 やってしまったか? という初めて見る顔をしてエイデンがこちらを見るが、リーデリアは明後日の方に向いた。知らない。

 他人の振り、発動だ。


 だが、残念なことに姉弟としてここにいるし、あまり意味がないだろう。

 ──これだから神は。



 固まっていた女性は、たっぷり一分後に動きを取り戻した。


 破壊された壁の方を見ながらも、エイデンの方に近づく。


「ま、魔力を、計るわ」


 動揺しているのか、手が震えていた。


 女性がエイデンの体に当てたのは、目盛りがあるくらいの箱状のものだった。


 魔力を計るための道具だ。

 魔術式を発動させれば、目盛りが動き、その魔力の大きさを示す──強烈な光とともに、爆発した。


「…………そ、測定、不能……?」


 作るには魔術師の技術が必要な道具は、飛散していた。

 女性は呆然と呟き、手のひらを見つめ、信じられない目でエイデンを見ていた。


 リーデリアもびっくりした。

 魔力を計るためのものを神が使うと、どのような反応を示すのか興味があった。


 結果は見ての通り、道具が計れる域でなく、限界を越えた。と、思われる。


「……まあ、そうもなるか」


 リーデリアの声が静寂の中に落ちると、それを合図としたかのように動きはじめた女性がリーデリアの方に来る。


 予備として持ってきていたらしき、新しい魔力測定器を出し、エイデンのときと同じように体に当てる。


 これは、一度リーデリアも使ったことがある。だから、結果は知っている。


「………………」


 またひとつ、魔力測定器が壊れた。






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