エピローグ?

???

 ――半年後。


 ユイはいつものように、自転車を漕いでいた。本来ならママチャリのフレームとは規格が違うはずの、ロードバイクの部品を搭載したママチャリ。その漆黒のフレームが、空気を切り裂いていく。


 ザリッ!ザリリッ!


「む?」

 後輪から擦るような音がして、ユイは振り返った。走りながら、車体を少し左に傾けてから、右に首をひねる。そうしないと転ぶからだ。

 タイヤがフレームにぶつかって、ふらふらと左右に揺れていた。

(な、何で……)

 ユイがその疑問を声に出そうとした、その時だった。


 ベキン!


「うひゃわっ!?」


 フレームのリアエンドが、パキリと折れる。限界を超えたフレームの破断。タイヤはフレームにぶつかり、そのまま横に倒れる。絡め捕られた車体ごと、ユイを乗せて……

(くっ!)

 ユイはとっさにペダルを蹴ると、自転車から離れた。ハンドルに脚を絡めそうになるが、それをギリギリで避ける。そのまま片足で着地……

「あいたっ!」

 ……しきれなくて、やっぱり転ぶ。

「痛たたたた……ビレッタ?」

 ユイの改造ママチャリは、見るも無残な姿になっていた。




 後日、ルリの家を訪ねたユイは、ずばっと叱られていた。

「自業自得ですね」

「そ、そんなぁ。どうにかならぬでござるか?ルリ姉」

「無理です。買い替えをお勧めします」

「うー……。ルリ姉も、チーフメカニックや叔父上と同じ事を言うのでござるな」

 ルリの家に来る前に、一番信頼している叔父、タダカツにも聞いた。そして今日、バイト先であるトアルサイクルの、チーフメカニックにも聞いた。帰ってきた答えは二人とも『買い替え』だったのだ。

「私も同じ答えを提示するだけです。……それとも、いつもの説教でもお望みですか?」

「む……それって?」

「ええ。フレームを捻じ曲げてまで、規格違いの部品を組み込んだのがこの車体です。そんなことをしていたら、いくら安全設計のママチャリでも壊れますよ。と、私はいつも言っていましたね。その言葉が現実になっただけです」

「そ、そんなぁ」

 目に涙を浮かべるユイだったが、ルリもこれ以上は何も言えない。むしろ……

(ユイに怪我が無くて良かった。とでも言いましょうか。これでユイも懲りたでしょうし、次こそ安全に走ってくれると信じたいですね)

 これがルリの本音であった。

 ルリだって、あの大会……チャリンコマンズ・チャンピオンシップで、愛車であるアイローネを失っている。それどころか、ユイと違って大けがもしていた。まだ彼女の脚にはギプスが巻かれており、両足の代わりは車椅子だ。


「まあ、次の愛車は無茶な改造をせず、それなりに走る事ですね。ユイならロードバイクだって、クロスバイクだって似合うと思いますよ。全力を出したいなら、それなりにいい自転車に乗ってください」

 ルリが言うと、ユイはやはり泣きそうな顔で、彼女の車いすに縋りつくのだった。

「ルリ姉。それでも拙者は、ママチャリが好きでござる」

 強いこだわりであった。

「では、仕方ありませんね。私と3つ、約束して下さい」

「約束?って、3つもでござるか?」

 ユイが首をかしげると、ルリは強く頷いた。

「ひとつ、次のママチャリは、本気で漕がないでくださいね。普通の人ならどれほどの力を入れても、そんなに簡単には壊れません。でも、ユイは特別です」

「う、うむ。分かったでござる」

 その答えを聞いて、ルリは立てた3本の指のうち、薬指を折り曲げる。残り2本。

「ふたつ、規格違いの部品を組み込むために、フレームを万力で曲げたり、ドリルで穴を開けたりしないでください」

「か、可能な限りは……」

「さようなら」

「ち、誓うでござる。絶対と約束するでござる」

「もし破ったら?」

「は、腹を切るでござる」

「介錯はしませんので、私の見ていないところでやってくださいね。グロいの苦手なんです」

「そこは引き留めてくれぬのでござるか!?」

 叫ぶユイをしり目に、ルリは中指を折り返す。残り1本。

「最後の約束です。そのビレッタは、もう治りません。諦めてください」

「……」

 今回の話の中で、もっとも辛いであろう前提を、再確認する。さきほどから分かり切っていたことだが、念を押しての確認である。

 ここで自転車が嫌いになるなら、もうそれはそれで仕方ない。そんなふうにさえ、ルリは思っていた。

 が、


「分かったでござる。ビレッタ……ふがいない拙者を許しておくれ」


 それを聞いたルリは、そっと人差し指を折り曲げ、手を下ろした。その手で車椅子のタイヤを掴むと、ころころと走らせる。

「ルリ姉?」

「……私も、自転車選びに同行しますよ。さあ、行きましょう」

「う、うむ。ありがとう」

 ユイが「押すでござるよ」と、ルリの車椅子の後ろに回る。「安全運転でお願いしますね。冗談抜きで」と釘を刺すルリ。


「壊れにくいフレームって話をするなら、やっぱりアルミよりスチールの方が安全かもしれないですね」

「ううむ……変速ギアは欲しいでござる」

「今までのように22段とはいきませんが、6段くらいならありますよ」

「あ、色はピンクとかオレンジがいいでござるな。可愛いやつ」

「あー……今年はそんなラインナップも少ないと思います。割と落ち着いた色が多い年でしたので」

「そ、そんな流行があるのでござるか?」

「ええ。定番の黒とか銀色はいつでもあって、あとは赤とか青のはっきりした色が流行ってるくらいですね。原色じゃないと塗料でコストがかかるみたいです」


 そののち、ユイもママチャリを手に入れてから、いろんな冒険と、慌ただしい日常に身を置くことになるのだが、それはまた別のお話として、いつか語ろう。

 例えば、この作品で――

https://kakuyomu.jp/works/1177354054938692953

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