Day 26

和彦さんが教えてくれた、彩恵ちゃんの誕生日会の「裏の企画」。

それは、一華さんの誕生日会だった。

「実は彩恵ちゃんと一華、誕生日同じなんだよね」


一華さんが不安げな表情で病室のドアを開けた瞬間、私たちは彩恵ちゃんを迎えた時と同じように並んで

「一華さん、お誕生日おめでとう!」

みんなで声を揃えて言った。

わっ、と私たちが拍手をして歓声を上げる中、一華さんだけがついてこれずにいる。1ミリも動けなくなっていた。

「一華さん、こちらの席にどうぞ」

「せっかくだから彩恵ちゃんの隣に!」

私たちに引っ張られるようにしてベッドの隣の椅子に腰掛けた一華さんは、そこまできてようやく我に返った表情で

「私、誕生日?」

自分自身に問いかけるように呟く。

「もー、一華さんてば!彩恵ちゃんと同じ誕生日なら教えてくださいよ!」

「私たちも和彦さんに言われて初めて知って、びっくりしました」

「やっぱり一華先生、今年も自分の誕生日のこと忘れてる〜」

呆然とする一華さんの姿を和彦さんと木原さんはおかしそうに笑っている。そして隣にいた彩恵ちゃんは、引き出しから大きな紙袋を取り出して一華さんに渡した。

「一華先生、お誕生日おめでとう!はい、プレゼント」

「えっ?こんな大きいの・・・、いつ?どこで買ったの?」

満面の笑みを浮かべる彩恵ちゃんとは反対に、戸惑う一華さんに和彦さんが

「俺と彩恵ちゃんから。彩恵ちゃんが選んでくれたんだよ」

と、説明した。

「本当はわたしからプレゼント1つ、ちゃんと渡したかったんだけど・・・、お父さんのこととか、色々あって。でも、具合悪くなる前に選んでおいてよかった。ごめんね、一華先生」

彩恵ちゃんの言葉に自然と私たちも一華さんも、彩恵ちゃんの手に深々と刺さる点滴の針や、彩恵ちゃんの体を見張る機械に目がいく。一華さんは何度も首を横に振っていた。

「あと、さっきのはお芝居だよ。怒ってないよ」

「一華先生と違って、彩恵ちゃんはサプライズ隠すの上手だったわねぇ」

木原さんの言葉に笑いが生まれて、ちょっと雰囲気が和やかになったところで、彩恵ちゃんに急かされて一華さんは紙袋を開けた。中から出てきたのは、紺色のトレンチコート。一華さんの白い肌とよく合いそうな濃紺だった。

「さっすが彩恵ちゃん!センスいいね!」

「えへへ」

「着てみてよ、一華」

トレンチコートを羽織った一華さんは、真っ白な白衣を着ている時とは全く印象が違くて、なんだか見慣れなくて、別の人のようにさえ思える。でも本当に、濃紺のトレンチコートはよく似合っていた。

「うん、100点!」

彩恵ちゃんは拍手しながらそう言うと、一華さんの姿を眺めながら不意に

「・・・いいな。わたしも大人の人が着てる、オシャレなコート着てみたい」

笑顔のまま呟いた。

泡のようにそのまま消えていきそうな願いを、一華さんが受け止める。

「着ようよ」

「・・・」

「彩恵も着よう。大人になったら、私とお揃いのコート」

「・・・うん」

彩恵ちゃんの隣に座った一華さんは、彩恵ちゃんの前に小指を差し出す。彩恵ちゃんは小さくて細い小指をそっと一華さんの小指に絡ませた。

「彩恵が大人になった時にもこのコート着られるように、太らないようにしないとね」

「え!やだ、一華先生太らないで。今の一華先生がいい」

必死な彩恵ちゃんの言葉に、その場にいた一華さんと彩恵ちゃん以外の全員が思わず声を出して笑ってしまった。


「みんな、今日は本当にありがとう」

帰る間際、私たちの前で一華さんは丁寧にお辞儀をした。一華さんの手には、トレンチコートが入った紙袋がある。

「彩恵ちゃんにも会えて、嬉しかったです」

紙袋を宝物のように持つ一華さんに私が言うと、ゆき音も茉莉ちゃんも和彦さんも頷いた。そんな私たちを見た一華さんは、いつもと変わらない様子で

「彩恵、手術することになったの」

そう告げた。

「そうか。いつ?」

「来週。ちょうど1週間後。彩恵の体力が少しでも戻っている今がチャンスだって、他の先生方も言っていて・・・」

執刀するのは彩恵ちゃんの希望で、一華さんだそうだ。一華さん以外のお医者さんたちも万全の態勢で手術を行えるように準備している真っ最中らしい。

「彩恵ちゃんも心強いだろうね」

「今、彩恵ちゃんは?」

「寝ちゃってる。あ、そうだ・・・。これ、彩恵にみんなに渡すように頼まれてて」

一華さんが手渡してくれたのは、彩恵ちゃんから私たち1人ずつに宛てられた手紙だった。家に戻った私は、淡い桜色の封筒を開けて、彩恵ちゃんの書いた震えている字を見つめた。


日菜ちゃんへ

いつもわたしとあそんでくれて、ありがとう。

今度、手術することになったよ。

ちょっとこわいけどがんばるね。

手術おわったら、日菜ちゃんと茉莉ちゃんのお店行きたいんだ!

わたし、病院じゃないところはぜんぜん分からないから、日菜ちゃんにいろいろ教えてもらいたいな。

わたしは日菜ちゃんたちに会うまで友達もいなくって、本当はね、さみしかった。でも、日菜ちゃんたち来てくれるようになってすっごく毎日楽しくなったんだ。

わたしが退院しても、お友達でいてくれる?

答えは次のお手紙で教えて!その時にはたぶん、手術おわってると思うんだ。

楽しみにしてるね!

彩恵より

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