Con Fuoco——Quinto Capitolo

「これは惚れるわ……」

「カッコいい……」

「この声、欲しい……」


 女性陣3人は圧倒されていた。

 加藤の歌唱力は想像の遥か上空、軽々と大気圏を超え、もう帰ってこない。

 男性ヴォーカルは勿論、女性ヴォーカルの曲も歌いこなす声域の広さと表現力。

 ロック、パンク、メタルはもちろん、バラードやポップスも難なく歌う。


「御見それしました、加藤さん!今までの無礼をお許し下さい!」


 村石がいきなり土下座を始める。


「辞めてよ、村石さん。監視カメラあるんだから」

「お願いします!ウチのバンドのヴォーカルになってください!」

「それは断る。とりあえず土下座を辞めて……」


 村石をソファーに座らせた。

 何だかんだ10曲近く連続で歌わされた加藤。

 休憩の意味で村石にマイクを渡す。


「……、いやいやいやいや!無理無理無理無理無理!!」


 途轍もない拒絶反応を示す。


「加藤さんの後に歌うとか無理!そんな勇気ない!!死んじゃう!!」


 発作のようにブルブルと頭を振る村石。


「まぁ、あれ聞かされたら歌えないよね」

「ですよね、そんな勇気ないですよ」


 菊永と本木も首を振っている。


「これで満足ですか?だったら俺は帰りますよ」


 とりあえず加藤に対する用事はこれで完了した筈だ。

 解放してくれてもいいだろう。


「いやいや、ここで帰るとか無しでしょ」

「本木さんの話が終わってません」

「……、忘れてないんですね、私の事」


 本木がガックリと肩を落とす。


「で、絵里香ちゃんは課長と付き合ってるの?」

「……、付き合ってるって程では……」

「いつから?全然気付かなかった」

「一年くらい前からです。仕事を辞めようか悩んで課長に相談した時に……」

「ベタベタな展開ですね」

「絵里香ちゃんは元々オジサン好きだったもんね。まぁ、課長は優しいし、バツイチだけど悪い人じゃないと思うわ」

「それは応援してくれるって事ですか?」

「え?応援して欲しかった系なの?」

「私だって相談したい事もあるんですよぉ!今まで誰にも言えなかったから余計に……」

「本木さん、大変だったんですね」

「まぁ、あれだけ忙殺されたら進展もクソもなかったでしょ」

「加藤さんも応援してくれますか?」

「いや、俺に言われても……。諒子さんと村石さんがいれば俺は不要では?」

「ホント、ノリが悪い男だわ……」

「いやいや、俺に出来る事なんてないじゃないですか」

「……、まぁ確かに」

「そうかもですね」


 改めて言われると虚しい。


「とりあえず、俺はもう帰りますよ」

「予定もないのに早く帰るの?」

「余計なお世話ですよ、諒子さん」

「加藤さん、暇ならもっと歌ってください」

「まだ歌わなきゃいけないの……?」


 加藤はうんざりした。


「もう10曲歌ったから許してください」

「えー、もっと歌ってよ加藤君!」

「色々歌ったじゃないですかー」

「ここ3時間パックで取ったんですよ?あと1時間半以上残ってるんですから!」

「だからなんで俺だけが歌わなきゃいけないんですか!」

「加藤さんの後に歌える猛者なんて、このメンバーにはいないです」

「だったら全員で歌えばいいじゃないですか!」

「はぁ?加藤君の歌声が聞きたいって言ってんのが分かんないの?」

「なんでキレ気味なんですか……」

「歌わないならテキーラ一気です!」

「怜子ちゃん、それはダメって言ったでしょ?」


 と、いきなり曲のイントロが流れ出す。

 去年、ドキュメンタリー映画が大ヒットしたイギリスのロックバンドの曲だ。


「加藤さん、邦楽も洋楽もいけるんですよね?」


 そう言って本木がマイクを渡して来る。


「はぁ……」


 歌うしか選択肢はないようだ。

 諦めて歌うしかないと加藤は覚悟した。


 ♪


 結局、時間一杯加藤一人で歌わされた。


「加藤君、お疲れ」

「やっぱり上手いですね、加藤さん」

「とりあえず、俺はもう帰りますよ」

「そうね、今日はここでお開きにしよ」

「じゃあ、お先に失礼しまーす」


 本木が手を振りながら去っていった。


「加藤さんに質問があります!」


 村石が改まって言い出した。


「おっと?私はお邪魔かしら。じゃあね!」


 菊永もニヤニヤしながら帰って行く。


「ヴォーカルはやりませんよ」

「いえ、それは置いておいて」

「置いておくの?」

「絶対に口説き落とすのでご安心ください」

「全然安心できないじゃん……」

「加藤さん、まだ本気では歌ってませんでしたね?」

「え?結構必死だったんだけど」

「いえ、まだまだ出るはずです。加藤さんはあんなもんじゃない」

「俺の何を知ってるんですか……」

「知りません。けど、感じるんです。もっと上を目指せるハズだって」

「……」

「とりあえず、来週の土曜は時間ありますよね?」

「え?」

「ライブやるんで見に来てください!名前言ってもらったら通れるようにしときますね!」

「え?いや、行くとは言って……」

「女の子の誘いは断るもんじゃんありません!」


 何故か説教された。


「とにかく、来週の土曜はちゃんと来てくださいね!」


 そう言って村石も去っていった。

 何とも嵐のようだ。

 とにかく来週の土曜はライブに連行される事だけは分かった。


「何で今更……」


 一人になったのを確認してボソリと漏らした。

 何故、今更音楽に引き戻されようとしているのか。

 嫌いになった訳ではない。

 いつの間にか遠ざかり、気が付いたら考えないようにしていた。


「まだ本気では歌ってませんでしたね?」


 ドキッとした。

 まだ喉で歌っていた。

 それが村石にはバレていた。

 やけくそで歌っていたのは事実だが、本気ではない。

 高校時代はしっかりと腹式呼吸も出来ていて、声量も声圧も今とは比べ物にならない筈だ。

 それを知らない村石には気付かれていた。

 何とも言えない、罪悪感に似た感情が加藤の心にシコリを作った。


「……、帰って寝よう」


 とにかく疲れた。

 帰って自分のベッドで寝たい。

 ごちゃごちゃ考えるのは辞めよう。


「ケ・セラ・セラだ!ロックンロールの神様が導いてくれるから!」


 高校時代のバンドメンバーの口癖を思い出した。

 神様なんて信じていない。

 しかし、考えても仕方ないのだろう。

 なるようになる。

 流れに身を任せようと思う加藤だった。

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