知られざる創世主と不可侵なる呪文

憂杞

知られざる創世主と不可侵なる呪文

 我が禁断の書グリモワールに刻まれしは、不可視なる言の羅列。

 授業時間ナウレッジプリズンの束縛より解離せし其に束ねられた白紙パレットの山には、言の葉の溝が次々と彫り込まれていく。


 我が叡智により綴られしは、未知なる永遠の物語エターナル・アンノウン

我のみぞ想う、ゆえに我のみぞ知る世界の断片が、今ここで我が手により綴られている。ゆえにこの自由帳──禁断の書グリモワールは、いずれ現実世界リアリティより未知なる世界アンノウンを垣間見る異次元の扉ディメンジョンポートとなるのである。

 

 本来であれば、この行為は禁忌である。何故なら、今の我々は英語の先生ジーニアスにより導かれし新たなる英単語フラグメントを、専用の魔書ノートに書き留めなければならないからだ。

 それもただ書き留めるのではない。この魔書ノートが手を離れてもなお記憶に留めるべく、同じ言葉を何篇も何篇も書き連ねなければならない。そして、我々はその課せられた責務の完遂を証明すべく、英語の先生ジーニアスに自ら連ねた英単語フラグメントの羅列を提示しなければならない。


 だが、私はそれを破る。破らざるを得ない。

 今だ。今でなければならぬのだ。


 今、私は未知なる世界アンノウンの新たな歴史の断片を中枢ブレインに降ろしたのだ。だが、それが忘れ去られるまでに幾許の猶予があるかはたかが知れている。


 ゆえに、今、私は書き留めなければならない。

 たとえ英語の先生ジーニアスに咎められ罰を受けることになろうとも、私は私の信念に従う。たとえ如何なる禁忌を犯そうとも、私は未知なる世界アンノウンの真の姿を綴らなければならぬのだ。


 だが、それを阻むのは英単語習得の儀フラグメント・メモリアのみではなかった。

 我が右手に握られし栄光を刻む剣ボールペンは、今もなお白紙パレットに不可視なる溝ばかりを刻んでいる。何故ならこの剣はかつて宿していた黒き魔力インクを、度重なる酷使により枯渇させているからである。思えば長く使い続けてきたものだ。私達が幾度となく未知なる世界アンノウンの昏き歴史を垣間見ようとも、この剣は最後まで共に戦い続けてくれた。

 今の私の元には、彼の代わりなどいない。

未知なる永遠の物語エターナル・アンノウンを綴る存在は栄光を刻む剣ボールペンしかいない。筆箱ケースの傍らに横たわる黒鉛を刻む鋭剣シャープペンシルには、英語の先生ジーニアス同胞クラスメートらの視線に身を晒しながら英単語フラグメントを綴るという別の役目がある。ゆえに更なる重大な任を背負わせることは出来ぬだろう。


 だが、私は諦めない。ゆえに私は綴る。不可視なる羅列を。本来であれば鮮明なる黒の魔力インクを纏うべき言葉を、不可視なる透明な色のままに。

 そして、それでいい。たとえ魔力インクを枯渇させようとも、栄光を刻む剣ボールペンは綴られた言の葉を溝として私に知らせてくれる。否、その方がむしろ良いのやも知れない。たとえ意図せずしてこの羅列が他者の目に触れようとも、不可視であれば無知なる者共に容易には読み取られまい。


 この言の羅列が他者の目に触れること。

 それは、あってはならないことだ。

 もしこの記録が未完なままに他者の目に触れたなら、未知なる世界アンノウンの歴史はどうなる?

 それだけは、あってはならない。ゆえに、隠し通さねばなるまい。

 未知なる永遠の物語エターナル・アンノウンを綴るという私の使命は、その終焉を迎えるまでは私の内に秘めなければならぬのだ。



 瞬間。

 自由帳グリモワールが風に舞う。


 

「――!」

 声無き声を上げながら、私は剣から手を離した。

 不可侵たる禁断の書グリモワールが降り立ったのは、夕陽色の床の上。我が居城デスクと他の学徒の居城デスクの間である。それも、あろうことか言の葉が彫り込まれた白紙パレットを表向きにして。


 ――不可視ミルナ


 私は直ちに床へ手を伸ばす。

 今この瞬間、私が秘めるべき使命は破られようとしている。ゆえに、ここで禁断の書グリモワールを拾うことは、私自身の命を拾うことに等しかった。


 だが、刹那。

 私のものではない手が、それを掴み上げる。


 そして、垣間見る。同胞クラスメートの目が、不可侵たる言の羅列を。

 一秒、二秒、三秒、四秒── 視界を掠られるのみならまだ良かったものを、私の隣に居城デスクを構える男子生徒アウトサイダーは、不可視なる羅列が綴られた白紙パレットをまじまじと見つめている。

 私は絶望した。絶望のあまり、使命の許されざる破綻を許してしまった。


「…………あの」


 かろうじて絞り出した声を聞き、かの男子生徒アウトサイダー禁断の書グリモワールを私に差し出した。

 そこに垣間見えた表情を見て、私は更なる絶望を覚えた。普段は関わりを持たなかった彼の者の口角が、僅かに吊り上がっていたからである。

 心無き嘲りを覚悟した。口惜しいが歴史が潰えるよりは遥かに良い。

 だが、奴はそれをせず、両の居城デスクの間にて私にこう耳打ちをした。



「ボールペン、切らしたなら俺の貸すよ。あと、授業はあんまりサボったら駄目だぜ」



 見開かれた私の目に、一振りの剣が映り込んだ。

「……あ、りがと」

 私は虚ろな言葉と共にそれを賜ると、不可視であった溝に鮮明なる黒を注いだのであった。






 明くる日の放課後、私は教室ハコニワでひとり英語の先生ジーニアスに背いた対価を払っていた。

 英単語習得の儀フラグメント・メモリアにて連ねるべきであった羅列を、例の魔書ノートとは別にこの場で何篇も書き続けるのだ。それが同胞クラスメートを超える更なる叡智の為か、はたまた別の目的かは定かではないが。


 私はその傍らで黒鉛を刻む鋭剣シャープペンシルを振るい、手紙ハンドパレットに不可侵なる呪文を綴るのであった。

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