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 翌日。

 私は後輩と二人でクライアントの会社を訪問した。

 先に会議室に通されて担当者がやってくるの緊張しながら待つ。

 待つ時間も無駄にするべきではないと思い、私は寝不足で重い頭を振って資料を開いた。

 昨夜、怪しい女子高生を追い払って無事に家に帰ったのだが、どうしてもあの女子高生のことが頭から消えなかった。追い返してしまったが、危ない目にあっていないだろうか、ちゃんと家に帰ったのだろうか、どんな事情があってあんな無茶なことを言い出したのだろうか、そんなことを考えていたら眠れなくなってしまった。

「菊池さん、緊張してますか?」

 後輩が不安そうな表情で私の顔を覗き込んだ。頭の重さは寝不足だけでなく緊張のせいもあるのだと思う。

 私はチラッと会議室の入り口に目をやり、鞄から素早くミントタブレットを取り出して一粒口に放り込む。

「ちょっと緊張して寝不足なだけだから」

 そう言って笑って見せて、ミントタブレットをカリッとかみ砕く。口の中に一気に清涼感が広がり、少しだけ頭がクリアになったような気がした。

 それからしばらくしてやっとクライアントの担当者たちが会議室に現れた。

「お待たせしてすみません」

 そう言って最初に入ってきたのは、この案件でずっと窓口を務めてくれている男性だ。その後ろに四人が続く。

 後ろの四人とは初対面のため、私は名刺を持って立ち上がった。

 担当者に紹介をされながら、順番に名刺交換をしていく。

 もっとも年配の男性がこの案件の最終決定権を持っている。中年の少し頼りない雰囲気の人物は担当者の直属の上司にあたるようだ。

 私より少しだけ年上に見えるメガネの男性は、この案件が稼働したとき実務を担当するらしい。そして一番後ろに着いてきていた小柄で地味な印象の女性も実務担当者だった。

 一通りのあいさつを終えたところで私は全員に資料を配布する。

 そしてひとつ息を付いてからプレゼンを開始した。



 ビルを出たところで私は両手をグーっと挙げて背伸びをする。

「お疲れ様でした」

 後輩が清々しい笑顔を浮かべて言う。

「お疲れ様」

 私も笑顔で返した。

 プレゼンは大成功だった。少し課題も提示されたのだがプロジェクトの体勢に影響はなく、クライアントもプレゼン内容に満足しているようだった。

 会議前までの重たかった頭が嘘のように軽くなる。

「そうだ、私はこのままさっきの課題の調査に行きますね」

「僕も行きましょうか?」

「ありがとう、大丈夫。あなたは会社に戻って報告をしておいてくれる?」

「はい」

「それと、今日はそのまま直帰するから。あなたも今日は早く帰ってゆっくりしてね」

 それだけ伝えてビルの前で後輩と別れる。追加の調査は急ぐ必要はないが、さっさと終わらせて次のステップに入りたい。

 私はスマホの地図を開いて調査のための目的地を検索した。

 調査をはじめてから約二時間。調べたいことは調べ終わり、時間もちょうど定時になっている。

 私はクライアントが入っているあのオフィスビルまで戻ってきていた。

 ビルは次々と仕事を終えた人たちを吐き出している。私はそれらの人の顔を少しはなれば場所から見ていた。

 少し待つと目的の人物が俯きながらビルから出てきた。私はその人に歩みより進路を塞ぐ。

 その人は顔を上げ、私を見て目を丸くした。先ほどのプレゼンに同席していた女性社員だ。

「説明、してもらえますよね?」

 私が言うと、彼女は少し下唇を噛んで気まずそうに目を逸らしたが、観念したのか小さく頷いた。

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