五、道すがら



「何だ、あいつからは俺の事何も聞いてねーのか」


 目的地に着くまでの道すがら、园司ヤンスーは相変わらず口の悪さを発揮しながら、二人に話していた。

 恐らく、彼があいつ呼ばわりしている人物は、飛ぶ天女を落とす勢いで美しいかの提調チェジョ

 秤娘チォンニャンは無礼な口ぶりだからといって頭に来ることは無いが、あの提調をそんな呼び方出来る事に少しだけ驚く。


「まぁさっきも名乗ったけどよ、俺は园司!今から行く、シャ家の用心棒みたいなもんだ!」


 用心棒だという言葉を聞いて、やっと园司が居る意味を秤娘は察する。


「こう見えて俺はすっごくつよいぞ!なんたってよ、园家はすげぇ歴史の深い武に長けた一族、ってやつだからな!」


 园司は聞いてもいない事を、自信ありげにどんどん話していく。

 胸を大きく張って、犬歯を覗かせながら無垢な笑顔で話す彼はきっと、歴史の深い武に長けた一族という発音の仕方からして、普段誰かから刷り込むようにして言われた言葉をそのまま再生しているだけだろうと伺える。


「武に長けた一族、ですか。ユェン家は知ってますが──。」


 ここで初めて、秤娘は园司と会話をする。

 一番身近に居る、武に長けた一族として有名な元家の出身である、愚鈍なあの男を頭に浮かべながら。


「元家は表向きの仕事が多いから有名なだけだ!」


 园の家柄が武に長けた一族としては知らない、という言葉を濁した秤娘に、园司は強く言った。


「俺たちはな、代々陛下に使える直属の私兵みたいなもんだからな!おんみつかつどー、ってのも得意なんだぜ!監視とか、偵察とか、覗きとかな!」


 重要そうな情報をあまりにもぺらぺらと話す园司に、容易に踏み込み過ぎたかと案じ、秤娘はすぐさま蝴蝶の顔色を伺うが、彼女ものほほんと园司の話をうんうんと相槌を打ちながら聞いている。

 园司の様子からして、怪しい素振りは無いものの、これ以上勝手に情報を引き出されてしまっては、自分の身が危ないと考え、秤娘もてきとうな相槌を返して会話を終わらせようとする。


「园家ってことは、园丁様とも親戚だったりするの?」


 これ以上本人の事を喋らせてはいけない、と決意した秤娘の思いなど知らず、蝴蝶はさらに彼について聞き出そうとしている。

 秤娘が止めようとした時にはもう遅く、园司の耳には全てが届いてしまった後。

 そして、元気に犬歯を見せながら話すかと思うと、园司は先程までの態度とは一変して、下を向き二人を視線から外してしまう。


「あの人は、俺の───父上だ。でも、もう、離縁しちまった。」


 話しにくい事情など、誤魔化すか嘘をつけばよいのに、全ての真実を口にしてしまう、無垢ばか

 あまりにも若すぎると、秤娘は彼の評価を心の中で書き加える。

 冷静に彼を評価している秤娘とは違い、蝴蝶は彼の琴線に触れた事を察して、眉を下げる。


「ごめんなさい、悪気は無いの。ただ少し、気になってしまって、それで──。」


 それ以上の言葉を紡ぐ事が、蝴蝶には出来なかった。しかし、园司もそれを咎めている様子でも無ければ、先程の蝴蝶の発言に失望の類を抱いている様子でも無かった。

 ただ、彼は残念そうに、そして寂しそうに。

 笑った。


「気にすんなって。俺さ、あんまりこーゆー暗い感じが苦手だからさ、こっちの方が困るんだよな。なんか話題出してくれよ、なぁ、そばかす女!」


 場を和ませようと、少しでも暗い空気を明るくさせようと、繕った笑顔と、無理に絞り出して多くなる口数。挙句の果てには、秤娘を乱暴に呼んで無茶振りをする始末。

 突然、自身に水を向けられた秤娘は、ぱちぱちと何度か瞬きをして動揺するが、それ以上の反応リアクションを起こさず、口を開く。


「では、ご懐妊なされている奥様について、詳しくお聞きしてもよろしいですか?」


 突然己の仕事に関係する真面目な話題を振るもので、蝴蝶も园司も話題の急激な方向転換に、少し思考する時間を必要としたが、园司は無事理解をした後に咳払いを一つする。


「奥様の名前は紗莉シャリー様──ってのは、さすがに聞いてるよな?」


 どこから話せば良いのか迷った园司は、とりあえず名前を言うが、すぐに知ってて当たり前の情報だという事に気が付き、秤娘に確認する。

 だが、秤娘は何も言わずに、首を横に振るのみ。

 秤娘の無言の返答に、园司は大きくため息をついて頭を抱えた。


「まじで何の説明もしてねーのかよ、あのやろーめ!」


 またもや三人の頭の中に浮かぶ、美しき提調の腹立たしいまでの笑顔。


「あー、そうだな。紗莉様って方で。紗家はこの西の都でもかなりの力を持った両班ヤンバンだ。紗莉様は、その紗家の後妻で、三年程前に紗家へ嫁がれた。」


 その紗家へ向かいながら、园司はぽつりぽつりと話し出す。


「前妻は、第一子を産んだ後に流行病にかかって、亡くなったそうだ。それで、第一子が娘なもんでこれでは跡継ぎが居ないってことで、紗莉様が十二の時に娶られる事が決まった。それが三年前だ。」


 さすがに紗家の用心棒をしているだけあって、家の事情に詳しい。一体何年前から用心棒をしていたのかは分からないが。

 蝴蝶と秤娘の二人は三年と少し前に流行った病の事を思い出す。あの時は東西南北の恵民署から人員が派遣され、治療にあたっていた。

 秤娘は当時、王宮の医女としてお務めをしていたため、現地に派遣される事は無かったが、毎日報告される死者と感染者の数に一喜一憂し、王宮の薬庫が開かれ毎日が慌ただしかった。

 その報告される死者の一人が、当時はただの数字としか認識していなかったが、その数字が何よりも重たいものなのだと再認識する。


「紗莉様はなかなか子を身ごもる事が出来なくて。それでやっと身ごもったんだ。世継ぎを産むために娶られた後妻だからだとか、前妻は産んですぐに亡くなったっていう事実がプレッシャーになって。だから、なんとか無事に男の子を産もうって躍起になってるんだ。」


 紗莉の事を語る园司の顔は、とても真剣だ。

 先程まで粗暴な口ぶりで、秤娘を失礼な呼び方をしていたとは思えない程に。

 それほどまでに、彼の忠義が厚い事なのだろうと伺える。


「──っと。そうこう話してるうちに、ついたぜ。」


 真剣な顔から一転、少年らしい笑みを浮かべ、後ろをついて歩く蝴蝶と秤娘のほうへ振り返った。












──────────


 恵民署の蝶と花、なんと四月四日で一周年を迎えます!!やった〜!すごい!

 更新が遅いせいで第二章にたどり着くまでに、一年かかりましたが…続けてこられたのは読んで下さる方が居るからです!もっと言えば応援して下さる方々!ハートつけて下さったりコメント下さったりレビュー下さったりする方々!!!

 優しい〜!!!ありがとうございます!これからもよろしくお願いします!!

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