ダイアウルフとのお昼前


 今日は、カゲロウが研究本部でのミーティングに参加する日だ。そういう日は、彼がカタカケとカンザシを迎えに来るのは昼になる。それでも時々、カタカケとカンザシは時間前に彼の下まで出向いてちょっかいを出しに行くことはあるのだが、このところ図書室で本を読んだり漢字の勉強をしたりを長時間続けていて疲れていたのか、二人は森の中にある自分達の住処でのんびりと、悪く言うと惰眠を貪りながら過ごしていた。

その時、何処からか、地響きと共に大きな爆発音のような音が響き渡り、二人はびっくりして飛び起きた。

二人は急いで、音のした方へと飛んで行った。すると、そこには真っ二つに割れた大きな岩があった。


「お?お前達は確か、カゲロウの」


威勢のいい声がした。真っ二つに割れた岩の横には、身の丈が2メートルはある、大きな身体のフレンズがいた。


「ダイアウルフ」

「おお、覚えていてくれたのか!」


ダイアウルフは嬉しそうにそう言って、フウチョウ達に近付くと、二人の頭をわしわしと掻き回すように撫でた。二人は少し前、カゲロウと共に、ダイアウルフと、その担当飼育員である小嶋と辰巳と一緒に食事をした事があった。その時に、彼女のその巨体に見合った豪快な食べっぷりを目の当たりにし、以来、二人の頭の中には、彼女の名前と姿がしっかりと焼き付いていたのだった。


「しかし、何故お前達がここに?」

「このヘンにスんでいる」

「オオきなオトがしてキになったのでキた」

「おマエがやったのか?」

「おお、そうだとも!日々の鍛錬の一環で、小手調べにこの岩を叩き割っていたところだ!」


ダイアウルフは、自慢げに答えた。が、カタカケとカンザシは、不満だった。


「キモちよくネていたのに」

「キンジョメイワクというのをシらんのか」

「はっはっは!お前達がこの辺に住んでいるとも知らずに叩き起こしてしまったとは、それはすまないことをしたな!」


ダイアウルフは、一応は謝罪をしているつもりのようだが、反省をしているような様子はなく、大きな声で笑い飛ばしていた。


「コーヒーオゴれ」


寝起きで機嫌が悪い上に、ダイアウルフの態度が気に食わなかったカタカケが、口を尖らせてダイアウルフに言った。


「何?コーヒーだと?」

「ワレワレのスイミンをジャマした。ワびチンとしてコーヒーダイをダせ」

「ほう、この私にそのような口を利くとは、いい度胸しているな、カタカケ」


ダイアウルフは、それまでかがめていた体をゆっくりと起こしながら、低く唸るような声でそう言うと、鋭い目つきで、カタカケを見下ろした。


「この私を誰だと思っている?言ってみろ」

「ダイアウルフはダイアウルフだ。やかましくてバカグいでそのせいでムシバになった」

「なるほど。確かにその通りだ。だがそれだけではない。ダイアウルフと言うのは英語で恐ろしいオオカミと言う意味だ。その名の通り、私はこの姿を得る前は、この世に数多く存在するオオカミの中でも最大最強の存在だったのだ」

「ナニがイいたい?」

「こう言うことだ!」


ダイアウルフは一言そう叫ぶと、素早い動きでカタカケの襟首を掴んでそのままつまみ上げた。あまりに当然のことに、カタカケは声を出す余裕すらなかった。


「お前のようなピーピーと喧しく生意気でチンケな鳥のフレンズなど、この私の手にかかれば一捻り、一瞬にして私の腹の中の言うことだ!ククク……今更許しを請おうとしてももう遅い。この私に楯突いたことを私の腹の中で後悔するがいい。さぁ、何処から食ってやろうか。頭か?脚か?それとも腹か?哀れな小鳥に捧げるせめてもの情けだ。好きなところを選ばせてやろう……!10秒くれてやる!」


ダイアウルフは、そう言いながらカタカケの小さな身体をいとも簡単に頭の上まで持ち上げると、大きく口を開けて舌なめずりをした。白く鋭く尖った牙と、ギザギザの歯が、カタカケの視界に映った。


「ぴ……ピイイイイイイイ!!!」


甲高い声が、森の中に響き渡ったかと思うと、カタカケはダイアウルフに摘まれながら、ジタバタと暴れた。


「ククク……はーっはっは!!」


その瞬間、ダイアウルフは突然大笑いすると、カタカケをゆっくりと地面に下ろした。


「どうだ、参ったか!」


ダイアウルフは、勝ち誇ったように腕を組みながら、カタカケを見下ろした。さっきまでの険しい表情は何処へやら、満面の笑みを浮かべていた。

一方、カタカケはと言うと、顔を真っ赤にして、目元を涙で濡らしていた。カンザシは、そんな対照的な二人を見て、内心、可笑しかった。


「全く、よく考えてみろ。元々のオオカミと鳥の姿でならともかく、フレンズの姿で食える訳がないだろうに!」


ダイアウルフがそう言うのを聞いて、カンザシは頷いた。


「見ろ、お前の相棒はわかっていたようだぞ」


カンザシが頷いた事に気付いたダイアウルフが、カンザシを指差した。


「まあ、この私に臆せず真っ正面から向かってきたその度胸は大したものだ。しかし、それならば今のように泣き喚くようではいかんな」


ダイアウルフがそう続けたのを聞いて、カタカケは、真っ赤に染まった頬を膨らませた。


「悔しいか?」

「……クヤしい」

「よし!お前達の眠りを妨げた詫びに、今日は私がお前達に強くなるための稽古をつけてやる!」


カタカケは、ダイアウルフの芝居に騙され大泣きした自分が情けなかったので、強くなりないと思って、彼女の提案に乗った。カンザシは、なんだか面倒な事になってきたと思った。



 三人は、少し広いところへ移動した。周囲にはいくつかの岩があり、太い木が生えている。


「いいか、この姿になったとはいえ、我々は元は『けもの』だ。弱肉強食の世界に生き、いつ、何者に勝負を挑まれるかわからん。だからこそ、日々の鍛錬が重要だ。だから、お前たちに特別に稽古をつけてやろう」

「でもキタえててもムシバのチリョウはコワがってたぞ」

「タシかに」


二人は、この前相談員の円香が撮影していた紹介ビデオに映っていた、虫歯の治療に怯えるダイアウルフの姿を思い出した。


「キタえてもムシバのチリョウがコワいのはカえられないのかもな」

「なら、ムイミかもしれないな」

「お前達!それは過去の話だ。私を誰だと思っている?この世で最大最強のオオカミ、ダイアウルフだ。一度食らった技は二度と食らわん!」

「キュイイイイイイン」

「うおあああああああ!?」


フウチョウ達は、ダイアウルフの耳元で二人揃ってエアタービンの音の真似をした。その瞬間、ダイアウルフは全身の毛を逆立てて叫んだかと思うと、近くにあった木に殴りかかり、その幹を真っ二つに粉砕した。


「おお、スゴい」

「ニガテなモノをギャクにリヨウしたワザ」


フウチョウ達はそんなダイアウルフの姿を見て拍手を送ったが、ダイアウルフは気が気ではなかった。が、さっきああ言った手前、自分がまだ虫歯の治療を怖がっていただけだという事を二人に悟られてはいけない。


「そ、そうだ!恐れという名の己の中の敵に立ち向かう事こそが強くなるための秘訣だ!その為に必要なのが技というものだ!お前達、何か得意なことはあるか?」

「トクイなこと?」

「ズツきならジシンあるぞ」


鳥にとって、嘴というものは手の代わりのようなものであると同時に、槍のような突いて使う武器でもある。嘴を武器として使う時、鳥は頭を勢い良く前の敵に向かって動かす。この動きがフレンズになった時も、そのまま反映されるため、嘴がない分、頭突きになるのだ。


「それでは弱いな」

「ナゼだ?」

「お前達の他にどれだけの鳥のフレンズがいると思っている?鳥のフレンズの数だけ、頭突きができるフレンズがいるという事だぞ。その中で頂点を目指すのも悪くはないが、まずは他にない何かで差を付けることも必要だ。先制点を取るという奴だ」

「なるほど、ソレなら……」


カタカケは、一呼吸置くと、飛び回りながら、空中でスピンを決めたりして、華麗に踊った。


「……なんだ?今のは」


ダイアウルフは、訳がわからないという様子で呆気にとられていた。


「オドり」

「踊りだと?」

「ワレワレはオドるのがトクイ」

「う、うーむ、踊りか……戦いに役に立つとは思えんな……」

「なんだと、バカにしたな」

「いや、そんなつもりはない。ただ、戦いとは縁がないものだと思っ……」

「キュイイイイイイン」

「ぬおおおああああああお!?」


カタカケは、さっきからかわれた仕返しと、踊りを馬鹿にされたと思った事に腹を立てて、再びダイアウルフの耳元で、エアタービンの音の真似をした。ダイアウルフは、再びそれに反応して大声で叫んだかと思うと、近くの岩に拳を叩きつけた。岩は瓦が割れるかのごとく、綺麗にヒビが入り、真っ二つに割れた。


「ニガテなモノをギャクにリヨウしたワザだが、オナじテをニドクらってるな」


カタカケは、してやったりというような様子でダイアウルフに言った。カンザシは、頷きはしたが、ダイアウルフを気の毒に思った。


「……そうか、それだ!」


だが、ダイアウルフは、何か閃いたという様子で、フウチョウ達の方へ振り返った。


「カタカケ!お前のお陰でいい技を思い付いたぞ!お前達にもできる!」


ダイアウルフは興奮気味にそう言うと、カタカケの両肩をガッチリと掴んだ。


「時にカタカケ、カンザシ。お前達、踊る時、どれくらい回れる?」

「メがマワるまで」

「それはそうだ。だが今私が聞きたいのはそういうことではなくてだな。どれくらいの時間、どれくらい速く回れるかだ」


フウチョウ達は、首を傾げた。そんな事は、これまで考えたことがない。


「わからない」

「よし、ならば、やってみよう!」



 フウチョウ達は、ダイアウルフに言われるまま、まず広い所に立った。そして、軽く飛び上がった。


「よし!そのまま回れ!」


フウチョウ達は、その場でスピンを始めた。


「いいぞ!もっと速くだ!!」


ダイアウルフの指示通り、フウチョウ達はどんどんと回転速度を速くした。


「よし!!そのままあの木に向かって突進しろ!」


フウチョウ達は高速で回転しながら、目の前にある太い木に向かって突進した。木は幹の両脇が抉れ、やがてバランスを失い、倒れた。


「よーし!!成功だ!!お前達よくやったな!!」


ダイアウルフは、嬉しそうにそう叫びながら、二人に駆け寄った。


「私が提案した技だ、名前も私がつけてやろう!そうだな、極楽ドリルスラッシュダンスなんてどうだ!お前達がした踊りと、虫歯治療のドリルの音の真似で思い付いたのだ!私の発想力もなかなかのものだろ……う?」


フウチョウ達は、慣れない高速回転をした事で、すっかり目を回して伸びてしまっていた。

ダイアウルフは、二人を起こして、もう少し広い所へ二人を連れ出した。


「お前達の技の基本形は出来上がったが、基礎が足りていない。長時間の高速回転をしながらの飛行に耐えられる身体づくりが必要だ」

「どうするんだ?」

「簡単なことだ。この広い空間でひたすら、高速回転しながらの飛行を繰り返して身体を慣らすんだ」

「ケッコウ、ジミだな」

「地道と言ってもらいたいな。日々の地道な努力が、強くなるために必要不可欠なことなのだぞ」



 その頃、カゲロウはミーティングを終えて、ベースキャンプからバッテリーカーに乗り、フウチョウ達の元へ向かっていた。


「アイツら、今日は俺のところまで来なかったなぁ。今日はどうしたんだ?」


カゲロウはそう独り言を呟きながら、バッテリーカーを走らせていた、その時だった。


「うん?」


向こうから、何かが向かってくるのが見えた。その「何か」は、猛烈な勢いかつ、凄まじいスピードで、一直線にカゲロウの乗るバッテリーカーに向けて飛んで来る。何かわからないが、このままでは危険だと本能的に判断したカゲロウは、とっさにハンドルを切った。が、悪路に強い設計のバッテリーカーのはずが、運悪くタイヤがスリップしてしまい、スピンしてしまった。


「うわっ、やべえ!」


それでも構わず向かってくる「何か」から逃れるべく、カゲロウは、バッテリーカーから飛び降り、全速力でその場を離れた。それから数秒後、バッテリーカーは眩い光と凄まじい轟音と共に、粉々に砕け散った。

カゲロウは、その様子を、尻餅をついて、あんぐりと口を開けて見ているしかなかった。


「イマ、ナニかにぶつかったか?」

「そのヘンのキかイワじゃないか?」


カゲロウの頭上から、聞き慣れた声がした。


「おめーら……何してんだ?」

「お、カゲロウ」

「もうそんなジカンか」

「キョウはクルマじゃないのか?」


カゲロウは、さっきまでバッテリーカーだったものを指差した。カゲロウが指差す先を見て、フウチョウ達は、思わず固まった。


「あれ……おめーらがやったのか?」

「あ、えっと……」

「おお、カゲロウ!お前が面倒を見てるフレンズ達は一段と逞しくなったぞ!喜べ!」


フウチョウ達の後を追って、ダイアウルフがやって来た。


「私がコイツらに、戦う時に使えそうな技を提案してやったんだ!短時間ですっかりモノにして、コイツら見込みあるぞ!気に入った!」

「……で、その結果がコレか」

「か、カゲロウ。ワレワレはサキにベースにイってるぞ」

「う、うん」

「あ、待てコラ!!おい!!」


カゲロウが呼び止める間もなく、フウチョウ達は、ダイアウルフとの修行で得た高速飛行であっという間に逃げて行ってしまった。


「おー、普通に飛ぶのも随分と速くなったな」

「感心してる場合か!!おめーも来い!!小嶋さんと辰巳さんと話しねーとな!!」

「なら、ベースキャンプまで共に走るとしよう!」


そう言うとダイアウルフは、カゲロウを置いてさっさとベースキャンプのある方へ走って行ってしまった。

カゲロウは、今後はダイアウルフから変な事を教わらないように、フウチョウ達に厳重に注意しようと思い、やけくそ気味に走り出した。




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極✳︎楽?飼育員 -KEMONO FRIENDS- Kishi @KishiP

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