第六話 自殺会議

 渚は待ち合わせを日曜日の十五時、新宿駅東口に指定した。どうやら以前に成と話し合いをした喫茶店に連れて行くらしい。大丈夫なのかと成は心配したが、歌舞伎町の近くなので妙な客が来ることも珍しくなく、今回は個室を予約したから周りに会話を聞かれることもないとのことだ。

 成と渚は三十分早く集合し、今日初めて会ったと偽ることにした。成はインターネットで渚と知り合い、この会合に誘われたという設定だ。今日来る三人の自殺志願者は男が二人、女が一人らしい。男が「針山幹生」と「川端渓人」、女は「吉高美知子」という名前だ。吉高美知子は用事があって少し遅れて来るので、喫茶店の個室に直接来る。渚の名前を出せば、店員が案内してくれる手筈だ。

「どんな人が来てくれるか楽しみでしょ?」

 渚はご機嫌な様子でそう言った。

「会ってどうするんだ?」

「みんなでお喋りして、とある自殺の方法ができると思ったら、私からその話を切り出すよ」

「他の奴らは一緒に死んでくれる仲間でも探しているんじゃないのか? 何て言って呼び出したんだ?」

「事情は人それぞれ。でも、いっせーので皆を死なせる気はないかな。なんなら私が悩みを聞いてあげて、『生きろよ!』って言って帰してあげてもいい。ま、そこらへんは出たとこ勝負だよ」

「そんなんで大丈夫なのかよ」

「なんだい、成君、さっきからウジウジと。可愛い渚ちゃんが他の男に取られるのが嫌なのかい?」

 渚は冗談のつもりだったろうが、成は黙ってしまった。そんな成を見て渚は優しく笑った。

「別に死神のように誰彼構わず自殺に立ち会っていくわけじゃない。私が見守るのは成君の自殺だけだよ」

 そう言って成の背中をポンと叩いた。その小さな手の感触で、成の中でこわばっていたものが柔らかくなった気がした。

 そして、約束の時間になると一人の背の高い男が現れた。

「よお」

「こんにちは」

 既に知り合いである渚とその男は軽い挨拶と雑談を交わす。その様子からは、ここ最近出会った知り合いというだけではない親しみのようなものが感じられた。

 その男の風貌から予想される年齢は成より少し上くらい、二十八歳前後に見えた。髪は短く、顔は丸いがペンギンとかカモノハシとかに似ていて愛嬌がある。背も高いので、成から見た第一印象は「デカいペンギン」だ。ラフな服装で左手の薬指に婚約指輪を付けている。既婚者で自殺志願者か……と、彼の家族が不憫に思えた。だが、まあ人生いろいろあるのだろうと深く考えないことにした。

「針山幹生です。よろしく」

 雑談を終えた男が成にも挨拶した。

「奥中成です。よろしく、キオさん……」

 成はおずおずと挨拶した。委縮しているという自覚がある。なにしろ、この男と渚がこれから自分に何をもたらすのか分からないのだ。自然と警戒してしまう。

 そのままぎこちなく会話を交わしていると、背後から能天気な声が聞こえた。

「こんにちはー、渚さん」

 振り向くと、別の男が立っていた。見た目は成よりももっと若く、背は少し低くて渚と同じくらいだ。今時の大学生のような風貌で、とても自殺志願者には見えない。

「ケイトっす。よろしくお願いしまーす」

「今日はよろしくね、ケイト君」

 まるで合コンが始まる時の挨拶だ。

 一体何なんだ、こいつらは……。とりあえずこっちの男が「川端渓人」だということは分かった。しかし、事前にもっと事情を聞いておくべきだったな。

「それでは、あと一人は後から来るので、お店に移動しましょうか」

 渚が手をポンと叩き、皆を先導した。成とキオは「今日も暑いですね」「そうですね」などという他愛の会話をしながら並んで歩き、その後ろをケイトがトコトコとついて行った。


 成達は渚が予約した喫茶店の個室に入り、席に着いて飲み物とフライドポテトを注文した。部屋は木目調の内装で秘密の隠れ家のような雰囲気だ。

 店員が個室から出て行くと、渚はコホンとわざとらしく咳払いをして、話を切り出した。

「えー、本日はお足下が悪くない中お集まり頂き、ありがとうございます」

 いきなり妙な敬語になっていた。成は開始早々、不安になる。

「本日皆さんにお集まり頂いたのは他でもありません。皆さんはここ最近、それぞれ別の場所で私と知り合いました。そして、皆さんにはある共通点があるのです」

 渚は右手の人差し指を立てた。

「それは皆さんが自殺志願者であるということです。かくいう私もその内の一人です」

 嘘つけ、と成は思った。しかし、何をするつもりか知らないが渚の役者っぷりを楽しんでもいた。

「今日は皆さんには各々の話したいことを、自由に話してもらって構いません。悩み相談でも良し、共に死ぬ仲間を募っても良し。そして、私の方から皆さんに相談したいのは……」

 ここで一瞬、間を空ける。

「私が死ぬ方法です」

 つまりは俺が死ぬ方法か? 成は渚の迫真の演技に息を呑んだ。だが同時に、ここから話をどう展開するつもりなのだろうと疑問に思った。

 とある自殺の方法が実行できると判断したら、自分から話を切り出すと言っていたが……。

 今は考えても何も分からないので、成は事の成り行きを見守ることにした。

 渚は更に続ける。

「自殺の方法など、ネットや本を見ればいくらでも載っています。しかし、いくら不幸だったとしても、世界に一人しかいない自分の人生。せめて終わり方くらいは何か特別な方法で終わらせたいのです」

 全員が黙って渚の話を聞いていた。出会った時の緩やかな空気は既になくなっていた。

 ここで、店員が注文した飲み物を持って室内に入ってきた。店員が飲み物を並べている間、全員が押し黙っていた。

 店員が部屋から出て行くと、渚は先ほどとはまるで違う明るい口調で話し始めた。

「なんて、こんな堅っ苦しい感じだと話しづらいですよね? とりあえず自己紹介からしますか……? 私は司会進行の渚です! 二十四歳、フリーター、よろしく!」

 いきなり調子が変わったので、全員呆気に取られた。

「それでは、次、そこの君!」

 そう言って渚は隣に座っている成を指差した。いきなり話を振られたのでびっくりしたが、とりあえず簡単に自己紹介をすることにした。

「えっと」

「あっ、その前に」

 渚が遮った。

「今日はお互いの過去について詮索するのは無しにしよう。なんか暗くなっちゃうし」

 皆の顔を見渡してそう言った。

「あっ、ごめん。それではどうぞ」

 渚が再び促す。しかめっ面で黙っていた成は気を取り直して話し始めた。

「奥中成です……とりあえず成って呼んでもらえればいいです。二十五歳で、この前会社を辞めたので今は無職です……」

「なんか元気ないなー、折角の男前が台無しだよ」

 渚が茶々を入れるが、成は今日が渚と初対面ということになっているので上手く言い返せなかった。やりづらいな、と成は思った。

「じゃあ次、そこの若い君!」

 渚は、今度は川端渓人を指差した。成はまだ川端渓人とほとんど会話をしていない。だから、注意深く彼の話に耳を傾けた。

「えー、ケイトでーす。二十二歳大学生でーす。いやー、僕はこういう雰囲気の方がいいですねー。最初ちょっと困っちゃいましたもん」

 なんか軽い奴だな、場違いというか……でも渚とはノリが合いそうだな、そんな風に思って渚を見てみると、渚は同じような調子で答えた。

「ごめんねぇ、最初はやっぱりビシッと決めないと、と思って。それじゃあ次の方お願いします!」

 渚は針山幹生に話を振った。

「……針山幹生だ。営業マンだが、先月婚約者に逃げられたり、いろいろとあって鬱になってしまってな、今は特別に休職期間にしてもらっている。年は三十歳」

 全員自分より年下だからか、堂々とした話し方だった。見た目より歳食ってるんだな、と成は思った。

 針山幹生は更に続けた。

「死ぬことも考えていたら、渚に誘われて今回の集まりに参加したんだ。正直、一緒に死んでくれる人を探していたが、まずは皆の話も聞いてみようと思う」

「それじゃあ、キオ君ですね」渚があっけらかんと言う。

「あ?」針山幹生が思わず声をあげる。

「呼び方ですよ。キオ君、可愛いじゃないですか。年上ですけど」

 おいおい、折角真面目に話してくれたのにそれはないだろ。

 どこで知り合ったのか知らないが、なぜか成の方が申し訳ないという気持ちになった。が、「こりゃあ、良いや」と川端渓人がケラケラ笑った。もはや会合が始まった時の重い空気は煙のように立ち消え、自殺の話をしに来た集団には見えなくなっていた。針山幹生もこらえきれずにフッと微笑んだ。

 とりあえず成も彼らのことをキオとケイトと呼ぶことにした。

「自己紹介も済んだことだし、まずは手始めに渚さんの死ぬ方法とやらを考えてみませんかい?」

 ケイトが話題を切り替えると、「そうそう、それなんだけど……」と渚が話し始めた。また、花束を食べるとか樹海の廃車でどうのこうのとか言い出すんじゃないだろうな、と思っていたら、案の定その通りだった。ただ今回は渚が死ぬ役、アシスタント役には成が抜擢されていた。

 皆の反応は、成が喫茶店で聞いた時と同じだった。キオが現実的でリスクの少ない案を提案したが、渚は全て却下した。

「誰かと死ぬつもりはないと言う割には、手伝いはさせるんですねぇ」ケイトが指摘した。

 それ見たことか、と成は視線で訴えたが、渚はプイと顔を背けた。

 その時、突然部屋にノックの音が響き渡った。渚が「どうぞー」と言うと、扉をノックした人物が入って来た。

「あら、今日も可愛い」渚が微笑んだ。

「ひゅーっ」ケイトは嬉しそうに口笛を吹いた。

 キオは絶句していた。成も、いくらなんでもこれはまずいんじゃないのかと思った。

「遅れてすみません! 吉高美知子です、よろしくお願いします!」

 遅れてやって来た最後のメンバーは、黒髪で、学校の制服を着た少女であった。

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