第49話 クリスマスの月曜日



 12月24日

 世間はクリスマス一色で、赤や緑に彩られた街はキラキラと輝いている。

 大学も冬休みに入り、早めに家を出た僕はいつもの公園で鈴羽を待っていた。


 行き交う人もどことなく忙しなく見えるのは気のせいだろうか。

 散歩をしている犬も何となく急ぎ足みたいに見える。


 よくよく考えると一緒に暮らし始めるとこうして待ち合わせをすることも以前より減ったように思う。

 僕が大学で鈴羽が仕事なら、こうやってこの公園で待ち合わせをするのだけど、今日はちょっと違うから何か不思議な気分だ。


 夕暮れの街は次第に薄暗くなってきた。

 公園の街灯が灯り、クリスマスのイルミネーションに周りの人達は目を奪われている。


 公園の出入口に向かって四方に飾られたイルミネーションは年々その数を増やしている。

 寒さは感じるけど今日明日とここは恋人達でいっぱいになる。


 そんな灯りを眺めているとこちらに向かって歩いてくる女性が目についた。

 今日も綺麗な髪にイルミネーションの明かりが反射してまるで彼女が輝いているように見えるのは贔屓だろうか。


 普段のスーツ姿じゃなくカジュアルな服にコートを羽織った彼女──鈴羽は今日もとびきりに綺麗だ。


「皐月君、お待たせ?ん?どうかした?」

「え?あ、ううん、何でもないよ」


 僕の顔を覗き込み不思議そうに首をひねる鈴羽。


 吐く息が白く宙に溶けていく。

 そんな些細なことも綺麗だと思ってしまう。


 僕の隣に寄り添って座り一緒にイルミネーションを眺めながら特にこれと言った変わった会話をするわけでもなく。

 少しの間、僕と鈴羽はそんな幸せな時間を過ごした。



 晩御飯にはもうすっかりと馴染みになりつつあるオフィス街のホテルのレストランにやってきた。

 オーナーの佐々さんが是非にと言うので来たのだが……


「久しぶりじゃのう。立花君」

「……門崎会長さん?」


 そこで待っていたのは誰であろう、鈴羽の会社の会長である門崎会長だった。


「会長、何かご用でしょうか?」

「う……九条君は厳しいのう。ちょーっとした老人のわがままじゃよ」

「初めからそのつもりで私を休みにしたんですね?」

「ほっほっほ、さて?何のことじゃろうな?」

「全く……」

「申し訳ございません。立花様、九条様」


 佐々さんがシェフ帽を脱いで頭を下げるのを僕は慌てて止める。

 ホテルの持ち主である門崎会長に頼まれれば断れないのは僕にもよく分かるから。

 僕も鈴羽も非常にお世話にはなっているが、門崎会長さんが絡むと何かしらロクなことがないような気がするのは僕の気のせいだろうか?

 この一見人の良さそうな好々爺は仮にも一代で大企業を築き上げた人でもある。

 ただ単に食事にきた訳ではないと思う。



 個室でのディナーは佐々さんが腕によりをかけて作っただけあって素晴らしいものだった。

 ついつい下味や調味料、調理方法などが気になったのはご愛敬だ。


「それで会長は何のご用です?」

「ん?まあそれは……これを見てくれんかの」

「パンフレット?これは……確か新しく立ち上げたホテル事業の……」

「そうじゃ。開業は年明け早々を予定しておる。1月の12日じゃな」

「これが何か?」


 会長さんが言うには門崎商事が新しく手がけるホテルが郊外に年明けにオープンするらしい。


「そこでじゃ……そのオープニングセレモニーをちいっと手伝ってくれんかと思うての」

「手伝う?僕がですか?」

「うむ。ホテルの入口に置く花を活けてもらえんか?」

「いやいやいや、僕じゃ無理ですって!それこそ母さんに頼んだらいいじゃないですか」

「和先生に頼んだんじゃが……『皐月さんで充分です』と言われてしもうての……」


 母さん……それってもう僕がすることを決めてるんじゃない?


「ちゃんと出すもんは出すからの、宜しく頼まれてくれんか?」

「……はぁ、わかりました。僕で良ければやらせて頂きます」

「おお!詳しくは九条君に話しておくから聞いてくれ」

「……会長、皐月君を変なことに使わないで下さいね。大体ホテル事業は会長の趣味みたいなものでしょう?そんなに大掛かりにするのですか?」

「わ、わかっとるわい。今回のは喜多嶋と桂木も出資しとるでそうもいかんのじゃ」

「喜多嶋さんと桂木さんですか?」

「そうじゃ。ホテルというても複合施設的なのをイメージしとってのう、中々に面白いのが出来とるぞ」


 ホテル事業や船舶は主に門崎会長個人でしている事業らしく色々な他の企業とも提携しているらしい。

 喜多嶋さんや桂木さんの会社とも提携するということはかなり変わったホテルになるんじゃないだろうか。


 喜多嶋さんのエイジスグループはアミューズメント関係の大手企業だし桂木さんのフリークエージェンシーはIT関連だ。


「1月の12日からじゃから予定を空けておいてくれい」


 それだけ言い残して門崎会長は高笑いをして個室を出ていった。

 あ、後支払いはしてくれるそうだ。


「やれやれ、今年は実家の茶会がない分だけゆっくり出来ると思ったのに……こういうことだったのか、母さん……」

「お義母様の掌の上ね……」

「全くだよ」


 つい先日、母さんから正月は顔を出すくらいでいいと連絡があったから何となく嫌な予感はしてたんだけど。


「仕方ない……母さんには敵わないからね」

「ふふっ。そうね」


 僕と鈴羽は顔を見合わせて肩をすくめ苦笑するしかなかった。




「改めて……メリークリスマス」

「メリークリスマス。皐月君」


 僕と鈴羽はそのままホテルに泊まっている。というのも門崎会長が部屋をとっていてくれたからだ。


 こういったところは上手いというか何というか……

 おまけに最上階のスイートルームで街の夜景が一望出来る、クリスマスにはもってこいのロケーションだ。


 ふかふかのソファは座ると沈んでしまうくらいで鈴羽と一頻り遊んだあとお風呂に入ることにした。


「うわっ!広っ!」

「……落ち着かないわね」


 スイートルームだからなのかやたらと広いお風呂は流石にお風呂好きの僕と鈴羽も落ち着かなくてさっさと出ることにした。

 いくら何でもちょっと広すぎでしょ……



「今年ももうすぐ終わりだね」

「来年も宜しくね」

「うん。ずっとね……」


 僕は鈴羽を優しく抱きしめて変わらない愛を囁く。

 来年も再来年もずっと一緒に……と。

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