第35話 火曜日の告白


「皐月っち!おはようさん」

「おはよう、まこっちゃん」


 いつも通り鈴羽を送り出して下に降りて大学へと向かっていると、まこっちゃんが後から追いかけてきた。


「あれ?まこっちゃんは今日講義ある日だっけ?」

「うんにゃ、あらへんで」

「だよね?」

「火曜日はお休みの日やさかいな」


 と言いつつもまこっちゃんは僕と並んで大学のほうに歩いている。


「学校に用事か何か?」

「せやな、う〜ん、皐月っちやからかまへんか……」

「どうかした?」

「うん、実はな……」


 まこっちゃんは何か言おうとしてもじもじとしている。

 あ、もしかしてあれかな?


「あのな……」

「彼女が出来そうとか?」

「な、な、な、なんでわかるんや!皐月っちエスパーか何かか!」

「あはは、そんなんじゃないよ。だってね……」


 僕はいつか鈴羽と一緒に喫茶店から見た2人のことを話した。


「なんや、見とったんかいな。ほなら早よ言うてえな、ちょっとドキドキした僕がアホみたいやん」

「たまたまだよ、もしかしたらそうかなって」

「そうやねんけどな。僕な、真壁ちゃんと付き合うことになると思うねん」

「うん、おめでとう」

「おおきに、ほいでな、真壁ちゃんな、元は皐月っちの事が好きやってん。知っとうやろ?」

「うん」

「せやからな、ちゃんと皐月っちには報告しとかなあかんかなと思ってん」


 まこっちゃんはそう言って真面目な顔で僕を見た。

 僕はそんなまこっちゃんに僕には鈴羽がいるし鈴羽以外に誰かとどうこうなることもない事を告げる。


 別に何も思うところもないし、まこっちゃんと真壁さんが幸せならそれでいいと思う。

 昔誰が好きだったとかは関係ないんじゃないかな。


「気にしすぎだよ、まこっちゃん」

「せやけど真壁ちゃんが何となく顔合わしにくい言うてたから、ちゃんと言うとこ思うて」

「僕は別に気にしないし、告白されてたわけでも付き合ってた訳でもないからね」


 真壁さんも真面目そうだからそんなことが気になるんだろうなぁ。

 僕が知らんフリをしてれば済むことなんだろうけど。


「そいでや皐月っち、問題なんはや……」

「達也だね」

「せやねん、絶対達也っちは人の恋路を邪魔しようとしよるねん!」

「あはは、するかな?」

「達也っちやで!そら皐月っちは前から別嬪さんと一緒に住んどるから何もされへんけど、僕に彼女が出来たって聞いてみいや?邪魔しよると思わん?」

「……あ、でも達也も……」


 そう言って僕はあの日海で起こった出来事を話した。

 確かあの時、達也はあの女の子と連絡先を交換しているはずだ。

 仮にあの子と上手くいっているか上手くいきそうならきっとまこっちゃんの事を祝ってくれるはずだ。


 僕はあの時の女の子、希良梨さんの達也を見る視線を思い出してそう思った。


「はぁ?僕が何とか頑張っとうときに2人は海でそないなことしとったんかいな!」

「2人じゃなくて達也だけね」

「何で僕を呼んでくれへんかなぁ?ちょっと薄情やない?なぁ?なぁ?」

「え?でもまこっちゃんは真壁さんがいるんでしょ?」

「それはそれ!これはこれやん!またちょっとちゃうねんて!」


 まこっちゃんが唾を飛ばして力説してくれるんだけど、イマイチ何言ってるのかわからないや。

 彼女、って言うか付き合うことになりそうな子がいるんなら別に来る必要もないと思うんだけど。


「まぁ今回はしゃあないことにしとくけど、次は誘ってぇや?ほんまに」

「うん、そうするよ」

「ほな、僕は向こうの校舎に用事やから」

「あっちで講義中なんだね?」

「う、うん、せやねん」


 足取りも軽く違う校舎に歩いていくまこっちゃんの背中を見送り僕も教室へと向かうことにした。


 その夜。


「へぇ〜じゃあ誠くんはあの子と付き合うんだ?」

「多分ね」

「ふぅん……」

「ん?鈴羽、どうかした?」

「ねぇ皐月君、あの女の子って……皐月君の知り合い?」

「え?な、何で、どうして?」


 ジト目で僕を見る鈴羽と晩御飯のパスタを口元に持っていったまま固まる僕。


「白状しなさい」

「……はい」


 僕は鈴羽に高校時代の事とその後大学に入ってからのことを話した。

 鈴羽がどうして分かったのかわからないけど、罪悪感というか後ろめたいというか、別に何かあった訳じゃないから何もないんだけど。


「皐月君」

「は、はい」

「皐月君はそういうのを隠したりするのは下手なんだからちゃんと言ってね」

「う、うん」

「私はそんなのは気にしないから、だから隠し事はなしよ。ね?」


 じっと僕の目を見て話す鈴羽は怒っているのでもなく悲しんでいるのでもなく、いたっていつも通りだった。

 何だか変に気にしすぎた自分がバカみたいだ。

 僕は鈴羽が大好きだし愛しているし、よそ見する気もない。


「ごめんね、鈴羽」

「うん、わかればよろしい」


 ほら、パスタ伸びちゃうわよと僕にいつもの笑顔を見せてくれる。

 そんな鈴羽が改めてとても……本当に愛おしく思えた。


 晩御飯が終わってから僕と鈴羽はいつものようにベランダでコーヒーを飲んでいた。

 僕がどうしてあの子、真壁さんと知り合いなのか分かったのか聞いてみると鈴羽は『女の勘』て笑いながら答えた。


 女の勘ってすごすぎないですか?


 相変わらず2つ買ったデッキチェアはひとつしか使われず鈴羽は僕の膝の上に座って星空を眺めている。

 風が少し寒さを増して来たので部屋に入ると、鈴羽は僕の首に手を回しちょっと背伸びをして唇を寄せて小さな声で囁いた。


「皐月君、今日は……いっぱい愛してね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る