第32話 月曜日の終わりに
無事に……かどうかは別にして長かった一日がようやく終わった。
母さんと父さんは後片付けや番組のスタッフとの話があったりするので不在だ。
当然夜も遅いので緋莉はもう寝ている。
「皐月く〜ん、皐月く〜ん」
「はいはい、ご苦労様」
「ふえぇっ怖かったよぅ!寂しかったよぅ!」
「うんうん」
「もう何が何かわかんなくて!お義母様はあんなだし周りは知らない人ばっかりだし!皐月君はいないし!色んな人が話しかけてくるし!」
「うんうん」
「はうぅぅ……もうやだぁ〜」
「よしよし、頑張ったんだね」
収録が終わって本家のリビングに帰ってきてからも鈴羽はずっとこんな調子だ。
よっぽど心細かったんだろう、まぁ確かにあの面子の中にいるとなると僕でもはっきり言ってごめん被りたいくらいだし。
2時間程、ぐだぐたと溜まった鬱憤を吐き出した鈴羽はいつの間にか僕の膝に頭を乗せたまま穏やかな寝息を立てていた。
しっかりと握りしめた僕の手を抱きしめて意地でも離さないといった風で寝ている鈴羽を見て笑みが溢れる。
サラサラの髪を撫でてあげると気持ち良さげに身をよじり、いっそう僕にしがみついてくる。
「今日は朝までこのままかな」
時計の針は深夜2時をまわり、コチコチと秒針が進む音と規則正しい寝息だけが部屋に流れている。
「ほんと慌ただしい一日だったなぁ……母さんも前もって言ってくれたら良かったのに」
今更ながらに母さんに一言くらい文句を言いたくなるが、どうせ聞く耳なんて持ちあわせていないだろう。
次第に僕もうつらうつらとし出し気づかないうちに眠ってしまっていた。
「う、う〜ん、ん?」
どれくらい寝ていたのか分からないけど、僕は薄暗い中目を覚ました。
時刻は6時半。
「あれ?布団……」
おそらくお手伝いさんか是蔵さんがかけてくれたのだろう薄手の布団と部屋の中は適度な温度で冷房が入っていた。
ソファに横になっていた僕にぴったりとしがみついたまま幸せそうな鈴羽は起きるそぶりはない。
夏場のこのぐらいの時間なら明るいのだけど、リビングの周りに林があるため朝日が入ってこない。
僕は鈴羽が目を覚ますまでこのまま微睡んでいようと思い再び目を閉じた。
「お兄ちゃん!お兄ちゃんてば!」
「……ん?緋莉?ああ、おはよう」
気持ちよく寝ていると耳元で緋莉の声がして目を開け身体を起こした。
それでも鈴羽は起きる気配はなく布団にくるまっている。
「もうお昼だよ!お兄ちゃんもお姉ちゃんもお寝坊さんなんだから!」
「もうそんな時間なんだ?あ、鈴羽は寝かしといてあげよう。母さんに連れ回されて随分疲れたみたいだから」
「昨日のあれだね!緋莉もちょこっと見たけど大変だったの?」
「僕はそれほどでもなかったんだけど、鈴羽がね」
僕は緋莉に昨日のことをかいつまんで話した。
「父さんと母さんは家にいるの?」
「ううん、お父さんは朝から会社に行ったしお母さんはさっき是蔵さんとどっかに出かけたよ」
「そっか。せっかく帰って来たけどほとんど話してないような気がするんだけど気のせいかな」
「お父さんもお母さんも家にいる事のほうが少ないから仕方ないんじゃないかな」
緋莉が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、鈴羽の髪を撫でる。
眉間にしわを寄せてくすぐったそうに身をよじるのが見ていて面白く可愛く思う。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんはいつまでこっちにいるの?」
「う〜ん、今日が14日だから明日明後日の17日までかな。鈴羽の仕事の都合もあるしね」
「じゃあ明日はどっかお出かけしようよ!ね!」
「そうだなぁ、とりあえずは鈴羽が起きてからにしない?お疲れだと思うから」
結局、鈴羽は夕方まで起きてこず僕は緋莉とテレビを見たり学校の話をしたりして過ごした。
緋莉が今通っている中学校はこの辺りでもかなりレベルが高く、有名な進学校だ。
将来何をしたいとか何になりたいとか、今の緋莉にはないみたいだけど、したい事が見つかった時に進学先がある程度選べるように勉強は頑張っているらしい。
「高校はお兄ちゃんが行ったとこにしようかなぁ」
「何だ?緋莉、一人暮らしでもするつもりか?」
「え?ううん、お兄ちゃんのとこにお世話になる?」
「うちからだと案外遠いぞ。それに母さんはまだしも父さんが反対しそうだけどね」
母さんは良きにつけ悪きにつけ放任主義というか、僕や緋莉のことにあまり口を出さなかった。
けど、父さんは緋莉を目に入れても痛くないくらい可愛がっているのできっと許してはくれないだろう。
「はふぅ〜いいお湯〜」
「お疲れ様」
「ほんとにほんと、お疲れ様よ」
今僕と鈴羽は本家のお風呂に入っている。
というのも待てど暮らせど父さんも母さんも帰ってこないし、緋莉は早起きしたみたいで9時くらいにはもう眠たそうにウトウトし始め、今はリビングのソファで熟睡中だ。
普段の日ならお手伝いさんがいるんだけど、お盆ということもあり皆休みを取っているので誰もいない。
じゃあせっかくなので鈴羽と一緒にお風呂に入ろうということになった訳だ。
「木の香りがして気持ちいいのよね〜このお風呂」
「この家を改築した時に父さんが拘って作ったらしいよ」
2人で入ってもまだ余裕があるくらい広い湯船はヒノキで出来ていて木の香りが漂っている。
浴室全体も全て木で作られていて、すごく落ち着く空間で僕がまだこの家で暮らしていた頃は、ここが一番ゆっくり出来る場所でもあった。
僕に身体を預けて気持ち良さそうに目を閉じている鈴羽をそっと抱きしめる。
後ろから回した僕の手を大事そうに鈴羽が抱きしめ返してくれる。
「ふふっ皐月君、のぼせちゃうよ?」
「いつもの事だよ」
ほんのりと火照った鈴羽の頬に口づけをして……それから唇を重ねる。
優しく、丁寧に、愛をこめて幾度も。
鈴羽の甘い吐息が僕を刺激する。
そして……
……結果、2時間くらい入っていたので僕も鈴羽もめでたくのぼせたのだった。
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