第28話 月曜日の収録現場から


 10時頃まで本家のリビングで鈴羽と緋莉、それに父さんを交えて雑談に花を咲かせた。

 しばらくするとうつらうつらと緋莉がし始めたので鈴羽は緋莉を連れて先に寝室へと向かっていった。


「そろそろ帰ってきてもいいと思うんだけど、まだかな?母さんは」


 僕と父さんがそんな風に話しながらコーヒーを飲んでいると玄関の開く気配がした。


「お疲れさま」

「ああ、おかえり」

「おかえりなさい、母さん」


 お疲れと言うほど疲れた顔など微塵も感じさせない母がそう言ってリビングに入ってくる。


「皐月さん、お正月以来ですね。お元気でしたか?」

「はい、おかげさまで」

「緋莉と……九条さんは……ああ、先に休んでいましたか」


 この時間まで僕に付き合って待っていた父さんに労いの言葉ひとつなく、目を合わせることもないがこれがこの母と父の普通なのだと気づいたのはいつだっただろうか。


「じゃあ私は先に休ませてもらうよ」

「ええ」


 そう言って僕の肩に手をおいて父さんはリビングを出ていった。

 ちょ、ちょっと待ってよ!父さん!

 え?何?母さんと2人で話をするわけ?


 実の母ながらこうして面と向かっていると、そのプレッシャーというか部屋に漂う緊張感が半端ない。


「……えっと」

「さて、皐月さん。今回わざわざ来ていただいた理由をお話ししておきましょうか」

「…….は、はい」


 僕は、ゴクリと唾を呑みこんで母の次の言葉を待った。



 …………



 母が語った今回の呼び出しの理由。

 ひとつは僕が予想した通り名分家や著名人から僕個人としての後ろ盾を見繕うこと。

 これは予想していたので驚きはなかった。

 ただ、母さんはあなたにはもう何人かの強力な友人がいらっしゃるようだから不要かもしれませんね、と僕の目を見て薄く笑みを浮かべたのには少々ゾッとした。

 喜多嶋さんや桂木さんのことを言っているのだとは思うけど、どこからその話を仕入れたのか。


 後はもうひとつの理由だけど、こちらの方は驚きを通り越して固まってしまうようなものだった。


 それは自分が出演しているテレビ番組に僕を出す──出て欲しいではなく出るという決定事項を伝えられただけだが──というものだった。


 何でもここ数年で他の流派も世代交代が進んでいるそうで各流派の次代を担う者達が一同に介してその技術を競う、そんな番組をするために集められたらしい。


「な、ち、ちょっと母さん!いくら何でも急すぎない?せめて準備くらいは……」

「問題ありません。皐月さんなら大丈夫です」

「いや、いや、何その変な自信はっ!?」

「それではまた翌朝に」


 母さんは平然とお茶を飲み終え、それだけ言ってさっさとリビングを出て行ってしまった。


 ひとり残された僕は唖然としてそんな母を見送ることしか出来なかった。



 翌朝。


 なるほど……こういうことか。

 僕は会場に集まっている人達を見渡して頭が痛くなるのを感じた。

 前回は政治家や国会議員、同じ華道や茶道の人が大半を占めていたけど、今回はかなり趣きが違う。


 会場にはカメラを担いだ人が何人かいて参加している人達にインタビューをしている。

 そのインタビューをしている人もテレビなどでよく見かける顔だ。


 ……まさかテレビを使うとは予想もしていなかった。

 どうも最近流行りの芸能人とかがやった活花や絵画とか書を査定したりする番組の師範みたいなのを母さんがしているのは知っていたけど、まさかあの番組に出ることになるとは……


「よう、皐月!やっぱお前も呼ばれてたか!そりゃ当然だよな」

「崇さん!」

「うん?皐月……あれ?九条さんは?」

「鈴羽なら朝から母さんに拉致されていったけど」

「なんだ……残念。せっかくあの美しいお顔を見れると思ったのによ」

「崇さん……鈴羽は僕の彼女だからね?分かってるよね?」

「うおっ!じょ、冗談って、冗談。お前普段は大人しいのにたまに怖くなるよな」


 崇さんは黒岩家の時期当主であり立花分家筋の有力者でもある。特に黒岩の家は政治家や業界人を多数輩出しているので呼ばれるのは当然だろう。


 僕は崇さんと会場の壁際で話しながら来ている人について教えてもらう。


「あの背の高いイケメンが櫻井家の次の宗家って目されてる櫻井秋一郎だな。弟と妹はどっちも芸能人だから皐月も知ってるだろ?」

「うん」

「向こうの姉ちゃんが水上流の初音さんだな。それからあっちが……」


 崇さんが説明してくれるのは僕もよく知っている流派の次期宗家と言われている人達だ。

 そうこうしているとアナウンスが流れて収録が始まるみたいだった。


 はぁ……気が重いや……

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