第16話 金曜日の夜、鈴羽の部屋で
鈴羽の両親の道隆さんと美鈴さん、それに鈴羽、僕とで囲む夕食はとても和やかなものだった。
まだ夜になると若干寒いのでこの日のメニューは鍋だった。
「ははは、息子がいたらこんな感じだったんだろうね」
「不甲斐ない娘ですみませんね〜だ」
「息子みたいなものだって言ってたじゃないですか、あなた」
「うん?そうだったかな?」
「皐月君?どうかした?」
「え?ううん、何でもないよ」
僕が実家にいた頃はこうして家族で食卓を囲むなんてことはまずなかった。
母さんはあの通りの人だから、ほとんど家にいないし父さんも帰ってくるのは夜遅くが普通だった。
是蔵さんや他の使用人さん達と僕、それにまだ小さかった緋莉で夕食を食べていたものだ。
幼い、それこそまだ緋莉が産まれていなかったときは寂しくも感じたように覚えているけど次第にそれが普通になっていた。
誰もいない広い夜の屋敷。
実際には是蔵さんをはじめ使用人さん達がいたのだけど僕には誰もいないように感じられた。
自分の家が少し特殊だとはそれなりに分かってはいたけど、それでも僕は父や母に家族としてのつながりをもっと求めていたのだと思う。
「こうしてみんなで食べるご飯ってのに憧れていた時期があったんです」
「……皐月君?」
「あ、いや、なんか、ほら僕の家ってちょっと変わってるから」
「皐月君のご両親は昔から今みたいに仕事が忙しかったのかい?」
お義父さんが豆腐をすくいかけのレンゲを止めて僕に問いかけ、お義母さんに行儀が悪いと叱られる。
そんな風景も僕にしてみれば日常ではなく憧れのひとつだった。
「そうですね、妹が生まれるまではほとんど両親……特に母には会ったことがなかったですから。あ、と言っても嫌いとかじゃなくて……何て言えばいいのか……」
「そうか……」
「うちなんて主人が鈴羽鈴羽ってうるさくて」
「そ、そんなにうるさくはなかっただろう」
「まあ!どの口が言ってるのかしら?修学旅行にまで着いて行こうとしたのは誰だったかしら?」
一人娘を持つ男親はこんなものなんだろうか。
お義母さんに言いくるめられて憮然としてビールを飲むお義父さんの姿はおかしくもあり微笑ましくもあった。
「こんなのならいつでも大歓迎よね?お母さん」
「ええ、ほんと、自分の家だと思っていつでもいらっしゃいね」
「はい、なんか、すみません」
テーブルの下で僕の手を握りそっと微笑む鈴羽は小さくだけどしっかりと頷いてくれた。
夕食が終わり、ちょっと飲みすぎたらしいお義父さんがお義母さんに連れられて寝室へと入った後、僕は鈴羽と2人リビングでコーヒーを飲んでいた。
以前に来た時は、心の余裕があまりなかったのでゆっくりと周りを見ることが出来なかったけどよくよく見れば観葉植物が多く置いてあり、とてもリラックス出来る空間だ。
「お父さんがあんなに酔うなんて珍しいわ」
「そうなの?」
「うん、何でも八分目がモットーな人なんだけど……皐月君が来て余程嬉しかったのね」
「あはは、そうだと嬉しいね」
そう思ってくれると僕としても本当に有り難い話だ。
一人娘を盗りにきた憎いやつなんて思われたくないし、まあ、お義父さんの以前からの口ぶりで本当に歓迎してくれているのが良く分かる。
「ところで僕はどこで寝ればいいのかな?」
「……あはは、考えてなかったわ」
「多分そうだと思ったよ」
「何にもないけど私の部屋に来る?」
「いいの?」
「荷物はほとんど皐月君の部屋に持っていっちゃったからほんと何にもないよ」
「僕としては定番の昔のアルバムとか見てみたいんだけど」
二階の鈴羽の部屋は、本当に何もない部屋だった。
正直なところ物心ついてから女の子の部屋に入ることがなかった僕としては変にドキドキしたりしていたんだけど、一言でいうなら男子学生の部屋みたいだった。
鈴羽の性格上、余計なものはないとは思っていたけどちょっと笑いが出るくらい閑散としたもので。
「本当に何もないんだ……」
「皐月君だって女の子女の子した部屋は想像してなかったでしょ?」
「うん、それはそうだけど」
時間は少し早いけど鈴羽の香りが残るベッドに入って僕の希望通り古いアルバムをめくる。
小学校、中学、高校と僕の知らない鈴羽を順に見ていく。
アルバムの中の僕が知らない鈴羽。
写真を見て懐かしそうに当時のエピソードを語ってくれる鈴羽。
一頻りアルバムをめくり終えて、僕の胸で寝息を立てる愛する人の顔を眺めて僕は今日のこの一日もいつかアルバムの一ページになるんだろうなと思いつつ目を閉じた。
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