第1話 水曜日の入学式
家を出て鈴羽の車で30分程で会場の近くまでやってきた。
「皐月君、どうしょっか?会場に横付けする?」
イタズラを思いついた様な笑いをして鈴羽が助手席の僕を見る。
「それは……ちょっと。出来れば近くのパーキングくらいにしといてほしいかな」
大学の合格発表を見に行ったときのことを思い出して苦笑いする僕。
大学の敷地内の駐車場までこのアルファで行って、鈴羽と2人仲良く発表を見て抱き合って喜んで周囲の注目を浴びたのは今となっては笑い話だ。
「あら?そう?じゃあそこのパーキングに止めるね」
ガツンとハンドルを切って滑る様に駐車場にピタリと車を停める鈴羽。
「いつ見てもすごいハンドル捌きだよね」
「えへへ〜でしょ?」
嬉しげに笑い鈴羽と僕は会場に向かって歩いていく。
「早いものね〜ついこないだまで高校生だったのにね」
「それってなんか母親っぽくない?」
「うっ……失言だったわ」
会場付近は僕と同じく着慣れないスーツを着た学生でいっぱいだ。
「うわぁ結構いるもんだね」
「大学の入学式だからね、これくらいなんじゃない?」
あまりの人の多さに気後れしてしまう。
「お〜い!皐月〜!」
「え?」
そんな僕に聞いたことある声が聞こえてきた。
「あれ?崇さん?どうしてここに?」
少し離れた場所から僕に声を掛けてくれたのは僕の実家である立花総本家の分家のひとつである黒岩家の三男、僕が幼い頃から兄のように慕う黒岩崇さんだった。
僕の家は代々続く華道の家元で、今は母さんが第十八代宗家を務めている。
今年のお正月に実家でちょっとした出来事があり、その結果黒岩家は三男の崇さんが継ぐことになった。
「九条さん。ご無沙汰しています」
「お久しぶりです。崇さん。その節はお世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ。お陰様で色々と助かってますよ」
「ふふっそれは良かったです」
相変わらず崇さんは鈴羽に笑いかけられると赤い顔になり気まずそうに僕に話をふってきた。
「そろそろ来るんじゃないかと思ってな。見にきたんだ。九条さんが一緒だったからすぐにわかったぜ」
「見にきたってどうして崇さんが?」
「あれ?言ってなかったか?俺、大藤大の四年だぞ」
「……聞いてないし」
崇さんが言うには四年生で進路が決まっている学生達が毎年入学式の準備を手伝っているそうだ。
「まっ、てな訳で俺が案内してやるよ」
「それじゃあ皐月君、私はそろそろ仕事に行くね。終わったら連絡ちょうだいね」
「うん、ありがと。気をつけてね」
「ふふっじゃあまた夜にね」
クスッと笑った鈴羽はちょっとだけ背伸びをして僕の頬にキスをすると弾けるような笑顔を残して車の方に戻っていった。
「なぁ皐月」
「何?崇さん」
「俺は別に羨ましくなんかないぞ、羨ましくなんかないけど……ぶん殴っていいか?」
「いいわけないでしょ……勘弁してよ……」
「勘弁してほしいのはこっちだぜ」
肩をすくめて会場へと歩き出した崇さんを追って僕も歩き出す。
幸いなことに死角になっていたのか周りの人達はほとんど気づいてはいなかった。
崇さんに案内されて会場に入る。
会場内は真新しいスーツを着た新入生でいっぱいだ。
高校と違ってクラスとかない分、皆自由に席についている。
「後は適当に聞いとけ、挨拶やら挨拶やら挨拶があるだけだから」
「挨拶ばっかりだね」
「理事長の挨拶やら祝辞だの答辞だのばっかだからな」
「崇さんはこれからどうするんです?」
「俺は裏方の仕事があるからな、まっそう言うことでまたな」
「はい、ありがとうございました」
崇さんはそう言い残して手をヒラヒラさせて去っていった。
「とりあえず座って待ってるかな」
空いている席に適当に座って時間を待つことにする。
…………
崇さんが言うように本当に挨拶ばっかりだった。
3時間程延々と繰り返し聞かされていい加減うんざりした頃にようやく式が終了する。
「はぁ……さすがに疲れたなぁ」
時計を見ると時刻はまだ2時を過ぎたくらい。
このまま帰っても仕方ないし、鈴羽の仕事が終わるまでどこかで時間をつぶそうか……。
「いやぁさすがに疲れたなぁ。そう思わん?」
僕がこれからどうしようかと考えていると隣に座っていた男性に声を掛けられる。
「そうですね、こんなに長いとは思ってませんでしたよ」
「だよなぁ。さっさと話せばいいのにな」
「ははは、本当に」
紺色のスーツに長い栗色の髪を後ろで束ね、パッと見た感じ夜の街にいそうな彼は肩を回しつつため息をつく。
「これでようやく4年間まだ遊べるってことでよしとしようか」
そう言って僕の方を向いて右手を差し出す。
「俺は
「僕は立花皐月。同じ経済学部ですね」
差し出された手を取り僕も名前をかえす。
「皐月?また可愛い名前やな。ああ、変な意味じゃないからな」
「ええ、よく言われますから大丈夫ですよ」
彼は和歌山出身で高校は大阪の方に通っていたと言い関西弁が微妙なのはそのせいだと笑っていた。
その後、何となく手持ち無沙汰になった僕と達也──そう呼んでくれと言われた──は近くのスタバでコーヒーを飲んでいた。
「へ〜じゃあ達也は親の会社を継ぐために?」
「一人っ子だし仕方ないとこもあるんだけどな。正直俺にそんな気はないだよなぁ。そう言う皐月はどうなんだ?」
「え?僕?僕も……まぁ似たようなものかな。家を継がないといけなくなりそうだったからね」
ふと母さんの薄い笑みを思い浮かべて身震いした。
「ん?冷房効き過ぎてるか?」
「ううん、違うんだ。大丈夫」
僕は苦笑いしてそう言って時計を見る。
「僕はそろそろ行くよ。達也は?」
「おっ、もうそんな時間か?じゃあ俺も帰るわ」
スタバを出たところでまた大学で会うことを達也と約束して僕は駅へと向かう。
鈴羽にメールをすると一瞬で返信が来て笑ってしまう。
「ちゃんと仕事してるのかな?」
電車に乗り流れていく景色を眺めていると鈴羽からのメールが届く。
いつもの喫茶店に6時頃に待ち合わせね。
ハートが飛び交うメールを笑いながら僕は再び外の景色をぼんやりと眺めた。
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