最終話 卒業式

 桜が咲くにはまだ早い3月。風もその寒さを緩め始めた時期に、卒業式は開催されます。この学舎まなびやともお別れです。毎年の光景ではありますが、いざ自分が卒業する立場になると、ちょっと感じる所はありますね。


 数日前に何回か式の練習をして、今日の本番に臨みます。とは言っても、各クラスの代表者が卒業証書を受け取る形式なので、私はただ起立・礼・着席を繰り返すだけ。


 そうそう。もちろんちゃんと大学には合格しましたから、ご安心を。






 卒業式の当日になり、先生たちもキッチリスーツなどの正装をし、卒業生のご両親たちも仕立ての良い服装を身にまとい、式に列席します。


 在校生として残る1・2年生は先に席につき、私たち卒業生は後から入る段取りです。

「卒業生、入場」

 司会を担当する教頭先生の声と共に、私たちも入ります。あまり足音を立てないようにゆっくりと、指定の席に着席します。


 もうその時点で、感極まって鼻を「ズズッ……」とすするご両親が何人か。自分の子供の晴れ舞台ですから、無理もないですね。


「校長、登壇。卒業生のみ起立」

「校長、挨拶」

「校長、降壇」

「続きまして、PTA代表のご挨拶。卒業生のみ起立」


 粛々と式は流れて行きます。

 卒業生の中からも、「ズズッ……」と鼻をすする音や「ひっく……」というしゃくる声が漏れます。卒業の悲しみと別れを惜しむ嗚咽です。


 その反面、「くぁ……」というあくびを噛み殺す音や、「ったり……」といううんざりとしたやる気の無い声も、漏れ聞こえます。もちろん普通の人には聞こえない音なので、とがめられる事もないですが。


 まあ長ったらしい式ですから、飽きたりもしますね。お偉い人たちの挨拶も、形式通りの内容のないものばかりですから。私もどちらかと言うと、そちらの飽きてる方なんですがね。





「卒業証書授与。代表者、登壇」

 ちなみに私は、代表者ではありません。私よりも成績が優秀でより良い大学に合格した人がいますので、その人が代表になっています。


 その人が卒業証書を受け取り、一礼します。それに合わせて礼をして着席し、ほぼ卒業式は終わりです。後は退場するだけ。






 卒業式が終わった後で、在校生はすぐに帰されます。寄り道して遊ぶ事もせずまっすぐ家に帰れと、先生に言われるのです。

 その理由が、卒業生の通称『挨拶返し』。つまりは在校生や先生などに「世話になったから挨拶してやんよ」という『暴力』を振るうのを止めるためです。

 かなり以前には、大怪我をして病院に送られた人もいた、というお話ですが、今となっては単なる『儀礼的なモノ』になってます。


 そんな訳で在校生が「んだよぉ……」と言って帰って行く音を聞きながら、『新生活に向けての注意点』などのお話を先生から聞いている訳なのです。





 これで私の『ここでの物語』は終わりです。今後も私の『耳』に関わるお話は、舞台を変えて続くでしょう。


 次は大学、その次は会社員として、何気ない音を聞きながら過ごすと思います。また余計なチョッカイを出す事もあるかも。


 それでも、私は私のやりたいようにやるでしょう。それが私ですから。

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水織さんは何でも知っている~地獄耳の憂鬱~ 皇 将 @koutya-snowview

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