第16話 一致団結



書庫から出た後、セレナは他のメイドに書庫の手伝いを頼んで、客間の部屋の掃除をしていた。だが、先ほどからカインとの会話を思い出してしまって、仕事に集中できないでいると、当主様が自分を呼んでいるとお呼びがかかった。

掃除を中断して当主のサミュエルの部屋へとセレナは向かうのだった。

日本の渡航について呼ばれたのだろうか?それとも、また仕事のことに関することかも知れない。

呼ばれた理由が何なのか、わからないまま、ここまで来た。

(滅多に足を踏み入れない部屋だから苦手なんだけど、考えても仕方ないわね・・)

思いきって扉のドアをノックすると、急に扉が開き、中へ入ると屋敷で働く使用人全員の視線が一気に自分に集中しているのを感じた。

「セレナ!聞いたわよ!日本に帰るんですって!?」

「今度はセレナが退職するなんて、寂しくなるな」

急に仕事の仲間たちから抱きつかれたり、多くの言葉を貰って驚いたセレナだったが、サミュエルと目が合ったことで、わかった。

(ああ、サミュエル様、屋敷から去ることを皆に伝えたんだ)

「借金返済とカインの日本語教師のお勤め、ご苦労だった、セレナ」

「は、はい、五年も長くかかってしまいましたが」

サミュエルの言葉に、嬉しくも照れながら言葉を返した。

「反抗的だったカインを手懐けたんだ、寧ろ期間は短かった方だろう。あ、それと、皆はカインにこのことは内密にしててくれ」

サミュエルはそう言って、皆へ口止めすることを忘れなかった。

もし、カインがセレナの退職と帰国を知れば、「心配だ」とか言って、反対するからだという。

「それと、セレナ。他の仲間たちが、何かセレナにしてやりたいことは無いか?あるなら叶えてやりたいらしいんだ」と、言った。

一使用人でしかない、自分には勿体ないお言葉だった。

仕事仲間の別の使用人からも、「セレナ、遠慮せずに言ってね。出来ることがあるなら私達貴方にプレゼントしたいの」と、話しかけられてきた。

だが、平穏に仕事してるだけで楽しくて、そもそも物欲がないセレナは困った。

それを見かねてか、「あとで教えてくれたらいいのよ。何か思いついたら」とメイドの一人から言われたので、

「そうするわ」と肯定の言葉を言おうとした瞬間に、急にあることを思い出していた。

それはカインの部屋に立てかけられている物ー。

「しゃしん・・・」

「え?なに?」

「写真だわ、わたし、皆と一緒に撮った写真が欲しい」

「いいわね!近いうちにチャリティーイベントで撮うのが一番かもね!」

この案は、すぐに皆が賛同して決まったのだが、問題は写真屋を呼ぶお金だった。この時代、写真というのは高価で、庶民が気軽に写真を残せるものではなかった

だが、救いの手を差し伸べる者がいた。

当主サミュエルである。

「セレナには長年、カインがお世話になってるしな」と言って、当主のサミュエルが特別に多めにお金を出してくれるという。

こうして、写真屋をチャリティーコンサートに呼んで撮ることがとんとん拍子に決まった。

「セレナ、それを持って日本に行っても、私達のことを忘れないで欲しいなって、考えてね・・・」

「ありがとう・・・。ぜったい、ぜったいに大事にする・・・わ」

これで、ここで暮らした思い出も鮮明に思い出せるだろう。そして、カイン様との思い出も――――。

「セレナ、涙なんて出さなくていいのよ、私達がここで過ごしたことを日本でも思い出してほしいんだし・・・・」

そう言うメイド仲間の子の顔にも涙が浮かんでいた。

「じゃあ、セレナ。あっちで辛いことがあっても、写真みて頑張るのよ!」

ユーナが静かに話しかける。

「はい、頑張ってきます!」

セレナは涙を拭き、笑顔で言う。

「よーし、決まりだな。じゃあ、諸君!今年最後の一大イベント、チャリティーをみんなの手で絶対に成功させるぞーーーーー!!!」

サミュエルが椅子から立ち上がり、拳を頭上へと大きく突き出す。

「おおおおおおおおお!!!!!!!!」

執事、厨房の者、メイド、男性使用人、全員が一斉に拳を高く上げる。

皆の心は一つだった。






一方そのころー。

カインは街のアジトにいた。

「どうだった?交換日記を中止してみて。セレナや今後のことについて自分のモヤモヤが整理ついたか?」

「ああ。おかげさまで、だいぶ考えがまとまってきたさ。だけど、」

馬を走らせ、カインは街にあるアジトの四人にある相談事をしていた。

「だけど?何だよ」

カインは、この前チャリティーイベントの準備のため、本の整理で書庫に入っていた出来事を話した。

昔二人で読んだ懐かしい本が出てきたとき、急にセレナが自分の手を払って出て行ったことを―――。

「出て行ったって、お前、何か直前に嫌がることしてないよな?」

「してない。ただ、昔話をしてただけだ。お互い小さいころの。だけど、なんか元気がないから、どうしたんだって聞いたんだがな――」

カインは椅子の背もたれに顔をズルズルと沈めていく。カインの顔は深海のように沈んでいた。

「セレナは気持ちを押し殺してる気がしたんだけどな――!」とジョンは言った。

「そして、そんなカインはセレナにどうして欲しいか、接すればいいのか。女心がわからず・・」

人の気も知らないで、この腐れ縁の友人たちは言いたい放題だ。

「なー、ジョン。やっぱり、交換日記は中断させなくても良かったんじゃないか?いくら、お互いの距離が近すぎて相手が見えなくなってるんだとしてもさー。いくらカインのモヤモヤを整理させても、難しいだけみたいだぞ」

カイン、ジョルジュ、ジーク、ライナーは、発案者のジョンに視線をやる。この中で唯一、女の子の扱いが得意なのはジョンだということは皆が知っていた。

「うーん。確かに難しいみたいだな。セレナはホームシックだと思ってたんだが・・・、最近、セレナはどんな感じなんだよ?少しは他の使用人たちとも話せるくらいにはなったんだろう?」

カインは、有難いことにセレナや叔父のサミュエルを通じて、徐々にではあるが自分の屋敷の使用人たちと話ができるようになっていた。

「ああ、聞いてみたんだが・・皆『セレナはいつも通りですよ』と言うんだ。だが、おかしいくらい俺と視線を合わせないんだ」

「目を合わせないって?お前、また何かしたのか?」

「いや、特に何もしてないはずだし、セレナのことについて聞く前は皆、普段どうり話してくれている。だけど、急にセレナの話になると、よそよそしくなるからな。何かセレナに俺がしたんじゃないかと・・・」

いよいよカインの顔が青ざめていく。いつか深海にでも住めそうな勢いだ。

「わかった、わかった。俺たちがセレナとお前の間を取り持ってやるから」

そういうライナーに、ジークが遮った。

「いや、これは二人の問題だと思うから、俺たちはむやみに手を貸さないほうが良いと思う。それよりも、二人だけで話せるように環境を整えてあげたほうが良いんじゃないか?」

「ジーク、どういうことだよ?」

意味が分からないという様に、ジョルジュは聞いてくる。

「ほら、あれだよ、あれ。丁度いまライナーが作ってるアレを試してみるんだ!」

「ああ、あれか!」と、カイン以外、四人は口々にいうので、アレとは何か聞いてみた。

「それは当日までお楽しみさカイン。チャリティーまでには出来上がるから、安心しろ」

「・・・・それ、本―当に良い物なのか?」

「そうだぜ。ライナーの作る物だからこそ、安心しろ!」

(・・・・・とんでもない物を作るライナーだからこそ、安心できないんだよ!)

だが、セレナに関して、これ以上自分はいくら知恵をひねり出そうとしても難しかった。

だから、このアジトに来てまで相談しにきたのだが、とりあえず、こいつらを信じるより他になさそうだ。

「わかった。それじゃあ、お前らに任せてみるよ」

「おう!大船になったつもりでいろよ!セレナと親密度アップの物作ってるからな!」

「よーし、そうと決まれば、次の議題はチャリティーイベントだな!頑張って、俺たちも手伝うぞ!!」

パンと手を叩いて、ジョルジュが沈んだ空気から明るい話へと変えた。

「おー、賛成ー!」

「・・・・お前ら、やっぱり全員来るのか?来ることは百歩譲ったとしても、頼むから騒ぎを起こすなよ」

「わかってるって。」

「お前、どこまで慎重深いんだ?俺たちはそこまで友人けなしたりしないのにな!」

「そうだよなあ。流石に、他の人もいるから馬鹿なことはしないつもりだしなあ。」

「今回こそ真面目にするぜ。セレナの件もあるしな」

「あとさー、騒ぎを起こすなっていう言葉。お前も人事じゃないんだからなー、カイン」

頬杖を突きながらジョルジュが言ってきた。

「俺が?」

俺が何を起こすっていうんだろうか。いつも宮廷や他の貴族のパーティー会場ではできる限り礼儀正しくしているというのに。処世術として、すっかり身に沁みついたのか、ちょっとやそこらの青年貴族の暴言は、五年前とは違って貴族の仮面は崩れることはなかった。

「お前、自覚ないの?あー、やだやだ。これだからイケメンはよう!」

「カイン、お前だって、パーティで散々令嬢たちから好かれまくってるんだろ?」

「若い女性からカインが”美貌の貴公子”って呼ばれてるの知ってんだからな!木に登って貴族のパーティー会場覗いてた俺らが言うんだから!」

この友人たちは、カインがパーティに参加していたところを、木に登り、影から盗み見ていたことが過去にはあった。

こいつ等いわく、「カインが心配だったから」と言うが、本当に思ってやっていることなのかは未だに謎だ。

「・・・・・・お前ら『社会勉強』という名の木登り、いい加減やめろ。それに、そんなんじゃないさ。生きていくためだよ」

「お前がそう思ってることは知ってるけど、周囲がほっとくわけじゃないからなー」

「そうそう。毎回、貴族のパーティー会場で令嬢たちに人だかりができたんじゃ、いくら顔が普通な青年貴族様は気に食わねーよな」

「カインの周りだけお嬢様だらけで、パーティー会場がしらけてるだろ?この調子じゃ、チャリティーイベントもぜっっっったいに、女共が押し寄せて来るぞ」

言われてみれば、そうかもしれない。

確かに令嬢と話しているとき、やけに男性貴族から視線が多かった気がしたのだ。

(事業の成功で嫉妬してるだけじゃなかったのか・・・・)

「ところでカイン、お前、最近叔父さんの事業の手伝いの他に、貴族の令嬢から婚約話まで出て疲れてるって言ってたじゃねーか。ほんとかよ?」

と、ジョンが話を切り出してきた。

「え、マジかよ、カイン!」

「いつから出たんだ?婚約話!」

これには周囲のライナー、ジーク、ジョルジュが驚いた顔をしていた。

他の友人たちは知らなかったようだ。

「婚約話は前からあったよ。けど、片っ端から断ってる、どうってことない事だ」

「女性になびかないお前のことは好きだけど、はあ、なんでお前って、俺たちとつるんでるのか、時々不思議に感じるぜぇ」

「まあまあジョルジュちゃん。カインがこんな感じだからこそ、俺たち腐れ縁が、滅多にない貴族の屋敷へと入れるチャンスなんだから」

「・・・・・・お前らが考えることはろくでもないことが多いがな・・」

「大丈夫だ。今回こそは、お前にとっても、俺たちにとっても、WIN-WINなことだぞ!俺たちに任せとけ!!」

――のちに、カインは後悔することになるのだが、それはまだ先のことであった。



               ♢

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