むかしむかしある所に…1

 いつも通りの帰り道。いつも通り孤独を貫いた小学校からの帰り道。

 無視が始まって一年が経ち、一人で居ることに慣れてしまった。


 視界の右端の公園に一つの人影を捉えた。

 あれは確か………すめらぎ 桔梗ききょう。お金持ちですごい豪邸に住んでいるらしい。


 人当たりがよくて優しくて美人で、人気者。いつだってクラスの中心、台風の目のようなそんな人。


 喋った事はないが、喋りかけた所で結果は目に見えてる。

 少なくとも台風の被害を受けている俺には関係ない。


 見なかった事にして小学校5年生の延寿菫えんじゅすみれは帰路を急ごうとした。

「あの…………」

 女の子の声が住宅街の壁を反射する。その言葉に答える人はいない。


 お嬢様でも無視されるのか、ざまあみろ。そんなふてくされた事を思っている時だった。

「あのっ………!」

 肩を引かれた。


「…………………なんですか?皇さん」

「あの………もしかして噂の延寿くん?」

「そうですあの悪評の延寿です」

「そんな、悪評だなんて! あなたのそのお名前。私はとても素敵だと思うよっ!」

 気弱そうな彼女の雰囲気からは想像出来ない語気がぼっちの俺の心を貫いた。


「私ねっ、昔からお花が大好きなの! 庭にもパンジーとか、チューリップとか、たっくさん植わってるんだ! もちろんスミレも植えてて、あっ………………ごめんね。私、お花の話になると止まらなく………延寿くん?」


 僕は泣いていた。一年間何があっても泣かなかった。好きな両親に心配をかけたくなくて。


 なにより、自分の気に入っているこの名前を馬鹿にされて泣いてしまうのは癪だった。

 唇を噛み、拳を握りしめ、『泣くな! 泣くな!』と自分に言い聞かせる。


 それでも溢れる涙は目尻に溜まっていき、やがて零れた。

「こっ………これっ。 よければ、ですが」

 おずおずと白いハンカチを差し出す皇さんの表情は不安そうで、焦っているようで優しかった。



 それから俺達は遊ぶ様になった。

 皇さんの庭にお邪魔させてもらったり、逆に自分の家に招待して花好きの母さんと3人でお話をしたり、ピクニックにも行った。


 彼女もお嬢様だったからそんなに頻繁ではなかったけど。

 それでも、花について語る時の幸せそうな顔も、若干世間ずれしていて恥ずかしそうに笑っているその顔も俺は大好きだった。


 もちろん学校のみんなには内緒にして。

 彼女をいじめに巻き込むわけにはいかない。

 そんな一方的な正義感を振りかざしていた。


 俺の悪評をただの噂だと思っている純情お嬢さまには「2人でいる所見られると誤解されちゃうかも」と伝えると何を誤解したのか「そうだね……」と少し寂しそうな苦笑いを浮かべて了承してくれた。


 未だにみんなには無視されているが、皇さんが居るなら大丈夫。  

 親にも何も感ずかれてない。


 学校以外は平穏で楽しい日常だった。

 彼女と出会ってからの三ヶ月あまりは本当に楽しかった。


 台風は目を中心に渦巻いている。

 つまり目が過ぎてしまえば、また嵐がやって来るのだ。


 家が燃えた。

 ただし俺の家ではない。皇さんの家だ。


 火は庭まで燃え移り、チューリップもパンジーもスミレも飲み込んでなお燃えた。




 結果だけで言えば邸内の人間は全て避難し、庭が広く塀がしっかりしていたため周りに燃え移ることも無く。


 けが人も少なく、死者も一人だった。邸内の使用人も多かったのにこの規模の火事でこの結果は奇跡だと報じられた。


 死者は消防士だった。部屋に取り残された皇家の一人娘を探して邸内を走り回り見つけ、連れ出したらしい。


 だが、あまりに長い時間邸内にいた消防士は屈んで口元を抑えていた少女と違い煙を吸いすぎて、一酸化炭素中毒で亡くなったのだという。


 その話を聞かされた時、体が震えた。命をかけた救出劇にかっこいいと感じたのか。

 身の毛がよだち、鳥肌が立った。

 


 それから人生で初めての葬式に出た。学校に行くわけでもないのに制服を着るのがなんだかむず痒かった。


 一番前の座布団に座らされ、正座をしている俺の隣では、母さんがこれでもかと涙を流している。


 母さんの涙を袖で拭いてあげるともっと泣いてしまった。

 どうしよう。


 そう言えば、父さんがいない。普段から好きな女子は泣かせたらダメって言ってたのは父さんなのに。

 辺りを見渡したけどどこにも座っていない。

 ここ最近家でも顔を見ていないなと思いながら前を見ると、久しぶりに父さんの写真をみた。

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