第42話~最終日と帰還

 三日目となった修学旅行は、昨日と同様それぞれのグループに分かれて、京の町を自主研修することになっており、冬馬は球技大会の時のチームメイトと一緒に瓦町を観光していた。


 (……やばい、めっちゃ眠い)


 昨夜は寝ようといくら努力しても、眠気が来たのは純の鼾が聞こえてから随分と時間が経った後だった。

 ……それも恐らく、というか絶対自分が起こしたあの行動のせいだ。


 (俺って、あれが素なのだろうか)


 いくら二人きりの密閉空間とはいえ、泣いている花園の肩を抱きしめるだなんて、いつもの冬馬からしてみれば考えられない行為だ。しかもそのせいで、一番楽しみにしていたサンセットクルーズの記憶が一切ない。

 観覧車から降りた後もずっと悶々としていたが、まさかずっとその状態が続くだなんて思ってもいなかった。しかもサンセットクルーズで花園とすれ違った時の気まずそうな顔は忘れられない。


 「みんな! 見てみてあれ、めっちゃ美味しそうじゃない?」


 純が心を弾ませて指差した先には、風雅さが溢れる抹茶専門店が佇んでいた。

 今は一旦昨日の観覧車での出来事は忘れよう。もう修学旅行は残り僅かなので、心が満足するまで楽しむことが何よりの先決だ。


 「おい……また食うのかよ……」


 現在の時刻は三時を過ぎた辺りで、今思えば午前中から行動を始めているが「抹茶」系統の食べ物しか口に入れていないような気がする。

 だがやはり抹茶は京の町の特産品というだけあって、自分たちの住む町とは味も風味も何から何まで別物と思えるほどに格別だった。冬馬は今日まで抹茶を美味しいと思った事はなかったが、今日の一番最初に食べた「抹茶ヨーグルトパフェ」が喉元を通り過ぎるごとに胃の中が喜ぶほど美味で、他の京の抹茶のお菓子を食べるごとに気づいたら好きになっていた。


 「まぁ、せっかくだから抹茶のお菓子食べつくすか」

 「……それもアリだね!」


 結局その日は抹茶巡りツアーで終了し、翌日の東京観光やら夢の国などを楽しんでいるうちに、ふと溜め息をついた時には、冬馬が乗車している飛行機が地元の国際空港の滑走路を走っていた。

 

 (……もう終わっちゃったな)


 本心で言うならば行きたいと思っていなかった修学旅行。高い金額も絡むので、母には「別に俺は行かなくても良いから」と言っていたのだが、「一生の思い出作り」と押し切られて参加してみて、心底修学旅行に参加してよかったと思う。

 飛行機から降車すると、別の都とは一風変わった懐かしい匂いが鼻孔を掠めて、「ああ、帰ってきたんだな」と一層考えさせられた。

  

 「冬馬、それじゃまた学校でね!」

 「うん、じゃあね純」


 バゲージクレームから一足早くキャリーケースが出てきた純は、冬馬に手を振って帰宅を待っている母の元へ行ってしまった。

 それからぽつり、ぽつりと周囲の生徒が各々の荷物を回転台から受け取ると、次第に人の影が消えていってしまった。


 (これ、荷物来ないんじゃないか……?)


 その疑問が浮かびあがってきた頃に、目の前のターンテーブルから冬馬の荷物が顔をだし、無事に冬馬の手の中へと戻ってきた。

 改めて辺りを確認してみると、運悪く荷物が遅く出てきた冬馬は最後の順番の方で、その場に残っていたのは自分と……。


 「あ……あの、水城」


 自分の名前を呼ぶ懐かしい声に驚いて息を呑む。

 周りを見渡した瞬間に視線が合ったのは、自分と同じくキャリーケースが遅く出てきた花園だった。

 もうとっくに帰宅をしたのかと思っていたが、まさか最後まで残っているだなんて想像だにしなかった。


 「……楽しかったね。お疲れ様」

 

 若干疲労を滲ませた表情の花園がはにかみながら手を振る。

 結局あの観覧車以来、修学旅行中に話す事は無かったが、それでもあの数分間は今でも心に焼き付いている。

 自分の心に真っ直ぐになれたこと、花園が涙を流して謝罪してくれたこと。母が言っていたように、まさに一生の思い出になるだろう。


 「あの時、観覧車に連れて行ってくれてありがとうな。俺も楽しかった。それじゃ、花園もお疲れ様」


 キャリーケースを手に取った花園に軽く手を振り、扉を開けて母と妹たちが待っているフロントへと向かう。

 

 「お兄ちゃん、おかえり……」

 「兄ちゃん、お土産買ってきた?」

 「ああ、勿論。ただいま」


 美月と美陽、母にはそれぞれ柄は違うがお揃いのキーホルダーと、別で薄い餅の生地に包まれて中に生チョコが詰まっているお菓子、京の少し値段が高めな玄米茶を買ってきた。

 手土産を見せると三人とも喜んでくれて、その笑顔が眩しくて修学旅行の最中には無かった別の心地よさが胸に染みた。

 いつか、家族で旅行に行ってみたい。冬馬の帰還を待ってくれていた家族を見ていると、何故だかそんな感情が込み上げてきた。

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