第41話~冬馬の答え

 いきなり改まって何を言い出すかと思えば、「二人で抜け出そう」だなんて突拍子もない提案に心臓が飛び出しそうになる。


 「でも誰かに見られでもしたらマズいだろ」


 ただでさえ自分なんかと花園が一緒にいるところを伊達たちにでも見られたら、今度は物理的にいじめの標的にされそうな気がして学校生活が危なくなるのに、今一緒に行動することは命取りだ。


 「それに望月さんにも迷惑かかるんじゃない?」

 「綾乃には後で連絡するから大丈夫。それと絶対に見られないから、その点も大丈夫!」

 

 学校祭前にあんなに暗い表情をしていた花園からは考えられないくらいの自信満々な表情に、少し後退りした気持ちになる。

 正直な冬馬の内心では、好きな人と一緒に観光できるなんて思ってもいなかったので、サンタクロースからプレゼントを三個貰うくらい大喜びしている。だがそれはただの夢物語で、花園と一緒に行動するという事は、例えるならば背中に刃を向けられて何時でも刺される危険性が伴ってしまう。

 

 「……だめかな?」

 

 ……そんな目でお願いしてくるのは、あまりにも卑怯すぎるのではないか。

 脳内を捻りまわすほどに悩んだが、たった今、冬馬の心の中というコロシアムでの黒い天使対白い天使による闘いが幕を下ろした。


 元居た通天閣から約三十分ほど地下鉄に乗って目的地に到着した冬馬たちは、雲の近くで天下の台所の街並みを見下ろしていた。


 「なるほどね。確かにここなら誰にも見られないな」

 「でしょ! それと一回は観覧車に乗ってみたかったんだよね」


 あの数分でよくこんな場所が思い浮かんだなと感心する。だがやはり疑問なのが、何故綾乃たちを断ってまで自分と一緒に観覧車に来たのだろうか。

 冬馬としてはこの上なく嬉しいことだが、花園にしてみればせっかくの修学旅行で仲の良い友だちと行動できるのに、こんなことで時間を潰してしまって勿体ないのではないか。

 誘われたこちらが罪悪感に苛まれるような気がしていると、花園が畏まったように呟いた。


 「あのね水城……実は言いたいことがあって誘ったんだ」

 「言いたい事……?」

 「その……食堂のこと、覚えてる?」

 「あー、覚えてるよ」


 食堂の事というのは、冬馬が球技大会で調子に乗ったというのと、花園にちょっかいをかけているという変な噂のせいで伊達に冷水をかけられた時の事だろう。

 確かに今思えば、当初はプライドや羞恥心からズタボロにされたような気分がして、本当に何もかもが嫌になっていた。

 だが少したって考え方が変わってくると、一番心に刺さったのは花園の冷たい視線だった。それは恋に対しての自覚や人間関係なども深く関わるので何とも言えないが、やはりあの時の記憶は鮮明で詳しく描写が思い浮かんでくる。


 「あ……あの! 伊達に言われてる時……手を差し伸べられなくて、原因は私にもあるのに否定しなくてごめんなさい」

 「花園……」


 花園が静かに頭を下げる。冬馬が思うにも彼女の言った通り、原因は花園にもあるかもしれない。だがそれを攻め続けた所で何の意味もないし、過去の事に縛られ続けてうじうじしてたって誰も面白くない。という事をこの前玲央から教わった。

 だからこうやって素直に謝ってくれただけでも嬉しいし、前の自分たちのように少しずつだが話せるようになった今も楽しいということは分かっている。だから……


 「大丈夫。もう気にしてないよ」

 「……そっかぁ。……ずずっ、う、うぅ」

 「え、えぇ! ど、どうしたの?」


 安堵の息をついたように見えた花園が、いきなり鼻を啜りながら嗚咽を漏らし始めた。


 「い、いや……あの時何で言えなかったんだろうって、ずっと後悔してたから……やっと言えて、良かったって」

 「……そっか」


 彼女も彼女なりに考えてくれていたんだろう。だって、人の為に涙を流せるのは本当に心から優しい人でないと出来ないのが何よりの証拠だ。

 やっとあの時の視線に合点がいった。当時「蔑んでいる」とか「冷たい」と感じていた視線は、マイナスなプロモーションの状態の冬馬が映した残像であって、今のように良く物事を冷静に考える事が出来る状態で頭を捻って見れば、あの時の花園は「どうしよう」といった戸惑いの感情に支配されて動けなくなっていたに違いない。

 ……花園にも自分の極端な決めつけのせいで辛く当たってしまった。それについては本当に申し訳なく思う。


 「花園……」


 一度席を立ち、泣き止まない花園の隣に腰を下ろす。そして自分よりも小さく、細い身体を包み込むように手を回し、そっと自分の方に抱き寄せる。

 ……自分と花園は恋人同士でもなんでもない。しかも伊達の言うように二人は誰が見ても釣り合わない関係で、花園に至っては誰もが惚れて手を伸ばそうにも届かない高嶺の花だ。でも、そんなのただの上辺の戯言だ。

 たとえ冬馬が恵まれない貧民で、花園が一国の皇女だとしても、今彼女の小さな肩に手を回しているのは他の誰でもない、自分だ。


 (やっと、答えに辿り着いたよ)


 心の中に渦巻いていた二つの選択肢。色々と悩んだが今ようやく答えに辿り着いた。一度開いた恋の扉は鉄の鎖なんかでは閉じる訳がない。選ぶのは前者、「星と少女」の主人公である少女や、もう一つの物語に登場する貧民のように、決して叶わなくともただ純粋に彼女に片思いを続ける。

 

 --だから神様、本当にいるのであればどうか許して欲しい。


 今だけは……今だけは、誰もが近づくことが許されない高嶺の花を抱きしめさせて欲しい。


 「花園、俺からもごめん」


 それが悩んだ末に辿り着いた、自分自身の正直な答えだ。

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