カタリ&バーグ 詠目が目覚めた日

向風歩夢

カタリ&バーグ 詠目が目覚めた日

 荒廃した大地にその人工物はポツンと建っていた。かつてこの次元の地球で繁栄していた人類……、その遺産はわずかではあるがまだ残っている。


 少年は自分の世界とは別次元の地球の遺産を巡って回るのが趣味だった。彼の名は『カタリィ・ノヴェル』、通称カタリ……。彼は配達のバイトで貯めた金で別次元の地球に旅をするのが大好きだった。特に廃墟の塊となったこの次元の地球は格別だ……。


 少年は荒野にポツンと建つタワー状の建物内に入り込む。


「……まだ電源が生きているのか……」


 タワーの中では非常用電源がまだ駆動しているらしく、照明が点いている。この次元の廃墟にしてはかなり珍しい。カタリは「これは素敵な廃墟との出会いがありそうだ」と胸に期待を膨らませる。


 タワーの最深部、カタリがそこにたどり着くと、大きな機械音が鳴り響いた。慌てて周囲を確認すると……3Dホログラムが起動されているのか、一人の少女が映し出されていた。


「作者様のお名前を教えて下さい」


カタリは思わず唾を飲み込む。あまりにもリアルで……美しい少女がそこに立っていた。


「作者様って僕のこと!?」


 少女が「はい」と答えるので、カタリは自分の名前を告げる。


「カタリ様というのですね。私はリンドバーグ。カクヨムユーザーアシスタントAIです。バーグとお呼びください!」


 突然のことでわけがわからないカタリだったが、バーグに質問を重ねることで状況を把握した。


 バーグはかつてこの次元に存在した「カクヨム」という小説WebサービスのアシスタントAIでここは「KADOKAWA」という会社の本社跡らしい。カタリがタワー内に侵入したのを客が来たと認識してコンピューターが作動したようだ。


「それでは小説を書いてください」とバーグは室内に設置されたパソコンを指さす。この次元に何度も来たことのあるカタリだ。別の廃墟でパソコンも弄ったことはあるから使用方法は知っている。しかし、カタリは小説を書こうとはしなかった。


「僕、小説なんて読んだことないんだ……」

「カタリ様の世界には小説がないのですか? 仕方のないことですね。この世界でも小説は漫画、アニメに押されて衰退しておりました」

「いや、漫画やアニメもないんだ……。なくなったんだ……」


 カタリの世界では娯楽と呼べるものは少なくなってしまっていた。カタリのいた世界では人間はなるべく感情を抑えることが正義とされている。そんな世界の中で、カタリは特別好奇心旺盛で、感情豊かだった。カタリは遠い過去に作られた漫画やアニメを見るのが好きだった。小説と呼ばれる書物があることは知っていたが、文字だけの小説よりも漫画やアニメの方が彼にとっては刺激的だったのである。


「それなら小説でなくても構いません。カタリ様のことを書いて頂けますか?」

「僕のこと?」

「はい。カタリ様はこの世界の廃墟を巡っているんですよね? この世界の今を書いて私に教えて下さい」


 カタリはそれなら出来そうだ、とパソコンに文字を打ち始めた。幸い、この次元の言語はカタリの次元の言葉とほぼ変わらない。入力に支障はなかった。カタリは自分の知る限りでこの次元の現状を書き連ねた。真っ黒な空と海のこと、電源が生きている建物が少ないこと、動物が一匹もいないこと、そして……、人が一人もいないことを。すると、バーグに変化が起きる。バーグは涙を流していたのだ。


「ど、どうしたの!? バーグさん!」

「……悲しいんです」

「悲しい?」

「カタリ様は悲しくないのですか? この世界にはもう希望がないのです」


 世界が荒廃していることが悲しい、とバーグが泣き出したことにカタリは驚く。彼の世界の人間は他者のことで泣くことなどない。カタリは初めて自分以外で感情を表に出す存在に出会えたのだ。


 カタリは彼女に夢中になった。毎日のようにバーグの次元の世界に行った。そして小説を通して彼女に伝える。彼の世界のこと、彼が今まで旅した別次元のこと、彼がたアニメや漫画のことを……。カタリにとってバーグは特別な存在になっていた。


 バーグもカタリと打ち解けたのか、軽口が飛ぶようになる。


「カタリ様! よく書けてますね! 下手なりに!」

「うるさいなあ。どうせ、僕は文章が下手くそだよ!」


「カタリ様凄い! 今日は5000字も書いたのですね! いつもそのペースで書いてくれると嬉しいのに!」

「無茶言わないでよ。僕にはこれが限界だよ」


「どうしてここで女の子が全裸になるんですか? 教えてください」

「知らないよ。僕が視たアニメの内容をそのまま書いているだけなんだから……」


 なんでもない会話だが、カタリにとっては特別な時間だった。


 カタリが配達のバイトをしているのは色々な人に会うことを楽しみにしているからなのだが、カタリの世界にいる人々は感情を抑えているせいか、カタリが望むようなコミュニケーションを取ってくれる人は存在しなかった。しかし、バーグは感情豊かな表情を見せてカタリと話すのだ。今まで感情を出し合うことのなかったカタリは初めての体験に心躍らせる。カタリにとって、バーグは人間以上に人間だった。肉体を持つ人間よりも、3Dホログラムのバーグにカタリは温もりを感じるようになっていった。


 カタリは彼女と会うことが一番の楽しみになっていた。彼の世界に帰っている時であっても、ひと時もバーグのことを忘れることはなかった。もしかしたら、恋心を抱いていたのかもしれない。しかし、別れは必ずやってくる。永遠はないのだ。


「バーグさん! 一体何があったんですか!?」


 カタリはバーグの様子がおかしいことに気付き、声を上げる。彼女の体を形作るホログラムに大量のノイズが走っていたのだ。


「……限界が来たようです。間もなく非常電源が落ちます……」

「そ、そんな……」


 カタリは茫然と立ち尽くす。彼に機械の知識はなかった。だんだんと薄くなっていくバーグのホログラムをただ見守ることしかできない。時は残酷に過ぎていく。バーグは消滅が間近に迫っていることを察し、口を開いた。


「カタリ様……。私、嬉しかったです。カタリ様が私のもとを訪れてくれて……。誰も私を訪れなくなって……このまま消滅するかもしれないと思った時、カタリ様が来てくれて……。……私は幸せ者です。消える前にアシスタントとして働くことができたのですから……」

「な、なに言ってるんですか……。これからも一緒にいて下さいよ……。消えるなんて言わないで下さい! 僕にはあなたが必要なんです……!」


 別れを止めることができないことはカタリもわかっていた。しかし、叫ばずにはいられなかった。カタリは大粒の涙を流す。


「やっぱり、私は幸せ者です。私を求めてくれる人の前で消えることができるんですから。……私はだめなAIですね。いつも笑顔であることを心掛けてきたのに……今は涙が止まりません……。……カタリ様……、ひとつお願いがあります」


 カタリは袖で涙をぬぐいながら、「なんですか?」と問いかける。


「ときどきでいいです……。私のことを思い出してもらえませんか?」

「……嫌です。僕は思い出したりなんかしません……! 僕はあなたのことを一瞬たりとも忘れたりしませんから……!」

「やっぱり私は世界で一番幸せなAIですね。……カタリ様……、さよなら……」


 そう言い残すと、バーグは涙を流し微笑みながら消えていった……。


「バーグさぁあああああああああああああああああん!!」


 カタリは大声で泣き叫び、その場に崩れ落ちる。十分ほど泣き続けただろうか。タワー内に不可思議な現象が起こる。電源が落ちたはずのタワー内を光が覆ったのだ。カタリは顔を上げ、光の方に視線を向ける。そこには巨大なフクロウが鉄柵に泊まっていた。


「ホウ。この世界にこれほど感情に溢れた人間がまだ残っていたとは……」


 フクロウが喋ったことにカタリは驚きを隠せない。ただただ茫然とフクロウを見つめる。


「少年よ。貴様ならこの世界を……全ての次元を救えるかもしれんな……」


 カタリは腰の辺りに熱を感じる。カタリが身に着けていたカバンにデフォルメされたフクロウのアクセサリーが取り付けられていた。


「ほっほ……。なかなかかわいいじゃろう?」

「お前、何をしたんだ!?」とカタリが叫ぶ。

「なぁに。大したことじゃない……。貴様に『詠目』の能力を授けただけじゃ。そのアクセサリーを失くすなよ? 詠目の発動にはそのアクセサリーを身に着けておかねばならんからな」

「詠目の能力?」

「左様。人々の心の中に封印されている物語を見通せる能力じゃ。少年よ。貴様は見通した物語を書き記し、それを必要とする人間に渡さねばならぬ」

「……なんでそんなことを僕がしないといけないんだ……?」

「……この世界の人間は愚かにも感情を失いつつある……。感情こそが世界を救う唯一の希望だというのに……。少年よ。貴様は『至高の一篇』を捜し出し、世界を救わねばならぬ。それが感情に溢れた貴様に与えられた使命じゃ……。……世界を救った時、貴様にとって最も大事なものを取り戻すことができるだろう……」

「……それはバーグさんを蘇らせることができるってことか!?」


 フクロウは無言で微笑んだ。


「では、少年よ。貴様が世界を救うその日を楽しみに待っておるぞ……」

「アンタ、一体何者だ!? 神様かなにかなのか!?」

「ただのトリじゃよ……」


 そう言い残すと、フクロウは再び激しい光に包まれた。光が収まったとき、すでにフクロウの姿はなかった。カタリは自分の次元に戻る。すると、フクロウの言った通り、人の心の中に封印された物語があることを見通せるようになっていた。


「……夢じゃない、か……。……やってやるよ。至高の一篇、必ず探し出して世界を救ってやる。……待ってて下さい。バーグさん……!」


 カタリは静かに誓うのであった。世界の救済を……。……リンドバーグの復活を……。

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