004.捨てられた街へゆく




 さて、リンと打ち解けたはいいが、荒野のど真ん中で立ち往生している事実は変わらない。フェンはどうしようかと頭をひねりながら、ピットの椅子に座り込んだ。

 エネルギー残量は何度見ても変わらないし、どれだけ時が経っても良いアイデアは浮かばない。せめてキーラが戦車を一両でも潰さずに残しておいたら、そちらに乗り換えることが出来たのだがと、意味の無い仮定も考える。

 しかし、戦車などで街に近づいたら、たちまちのうちに警備軍が取り囲みにやってくるだろう。刻印の打たれた国家登録機とは違うのだ。

 戦乱で気が立っている国である。傭兵登録が身分証明としてどこまで通用するか分からない以上、逆に良かったのかもしれない。


「困ってるみたいね」


 ひょこりとリンが背後から顔を出す。

 初めて見た時は鋭い印象だったが、今の横顔は年相応にあどけない。顔には幸いにも火傷はなく、水を弾くハリのある肌は、生来の美しさを保っていた。視線を下げると、しなやかな体が視界に入る。白と火傷色の肌に内部ライトの燐光を淡く反射させ、青みがかって透き通った輝きに包まれているようだった。

 長い黒髪は体の細い線に従って流れ落ち、黒と淡のコントラストが一人の少女に内包されている。痛々しい火傷の赤は、完璧な肉体に大きく入った亀裂だ。

 リンは半裸の体でフェンのすぐ近くに迫り、甘い匂いが辺りに広がる。同時に、消毒液の匂いも。


「怪我人が動くんじゃない。傷が開くぞ」

「その時は手当してくれるんでしょ?」

「死んでなけりゃあな」

「じゃあ大丈夫。しぶとさには自信があるのよ」


 どこか自慢げに胸を張るリンに、フェンは肩を竦めて呆れを表すと、再び考える作業に戻った。

 リンは操作盤やら装備リストなんかをいじくり回し、機体の調子を見ていた。「うわあ、ほんとに酷い状態……よくこんなのであんな動きしようと思ったわね」などと呟いている。形のいい尻を目の前で振られるのは役得だが、そんなものに大して興味のないフェンにとっては、はっきり言って邪魔だった。


 ふと、気になるものを見つけた。同期モニターで機体の外の様子を確認してみると、ソルジャーの残骸の影に動くものが見える。


「ああ、腰を切ったやつのパイロットだな」


 それは盗賊であった。人型機は基本胸部にコックピットがある。腰を切っただけのソルジャーのパイロットは、運良く生き残っていたのだろう。残骸の影に縮こまってコソコソしている。


「おいキーラ、これはもしかすると幸運が回ってきたかもしれんぞ」

『何だ? また歩くとか言うなよ』

「盗賊の生き残りだ。生きるのを諦めてないみたいだぜ」

『ん、ああ。そういう事ね。なら一旦離れよう』

「え、どういう事?」


 一人だけ分かっていないリン。フェンは説明する事もなく、機体を動かしてこの場から離れ始めた。キーラも同じように移動している。

 離れる際に盗賊を見てみると、いきなり動き出した二体に大層驚いている様子だった。




 ◆




 さっきの戦場から適度に離れたところで、二体はかなり鈍足に速度を落とした。この二体の人型機をさっきの場所から見れば、遠ざかっているように見えるだろう。一般的な人間は、機体の形の推移よりも、ブースターの光で速度を判断する。


「どうだ?」

『少し待て。遠距離カメラは調整が難しいんだ……よし、移動してるな』

「方角は?」

『えーと、北西だな。走って逃げてる、こりゃ当たりだ』

「エクセレント」


 黙って聞いていたリンが、遂に我慢の限界に至ったのか、声を上げた。


「ねえ、どういう事なのよ? 説明して」


 フェンが説明しようとすると、通信機からけたたましく声が響く。


『この俺が説明してやろう! よく聞けA級!』

「……この人、生き残りの最後の一人?」


 フェンはキーラの説明を忘れていたのを思い出した。キーラがアホみたいなツッコミを入れた際、通信機の電源を切って話を強引に打ち切ったのだ。あれから機会がなく、リンも聞けなかったのだろう。


『その通り! 俺はキーラ・ユベリック・イージス! 死にかけの貴様を見つけてやった恩人だぞ、崇めろ! アッハッハッハッハ!』

「うわあ……何だか個性的というか。ちょっと待って、イージス?」

「ただの馬鹿だ。しかもアル中。こりゃ酔ってるな」

「いや、イージスって確か……」


 リンの言葉はキーラに打ち切られた。酔っ払いのありがたいご高説が始まったのだ。


『あの盗賊を追っていけば、アジトに辿り着くというわけだ! そこを襲って燃料、もしくは足を手に入れるんだよ! どうだ、分かったか小娘!』

「襲うって、エネルギーなんて殆ど残ってないじゃない」

『バカめ、当たり前だ! エネルギーが残ってたら、誰がそんな面倒な事やるか! 潜入するんだよ!』

「どの道、人型機はもう役に立たん。俺たちで盗賊のアジトから何かしら動くものをかっぱらって来る」


 リンは余りの無謀さに呆れたようだった。しかし、それ以外方法もないというのも分かったようだ。荒野で渇き死ぬか、盗賊のアジトを襲うか、二つに一つである。


「盗賊の大半は既に死んでる。アジトには大して残ってないだろう」

『全くその通り! 俺が一匹一匹丁寧に潰してやったからな!』


 二体は適度な頃合を見計らって、盗賊の走っていった方向へと向きを転換した。そのまま、かなりの速度で進んでいく。

 すぐに遠くに建築物が見えた。荒野の褐色の中に一際映える、灰のコンクリート色だ。建築物は一つではなく、だんだんと広がっているところを見るに、街のようなところらしい。


「街だ。見たところ廃墟だな」

『分かった、ありゃウカナだ。デザートレーンが破壊されたせいで見捨てられた、哀れなところだよ。危険地域レッドゾーンに入り込んでたのも悪かった』


 デザートレーン――砂漠や荒野に存在する長大な道をこう呼ぶ。物資のほぼ全てがデザートレーンを通して運ばれているので、戦争の度に真っ先に破壊されるのが通例である。デザートレーンを破壊された街は、街として機能しない。

 ウカナも、そんな戦争の割を食った街の一つであった。


「ウカナか……最寄りの街まで7、80kmってとこか?」

『そんなところだな。燃料満タンの車でも手に入れば、こんな所からはおさらばだ』


 デザートレーン、つまりは道が破壊されているので、荒野の悪路を走れる丈夫な車が望ましい。フェンは、改めて、どこでも踏破出来る人型機の便利さを認識した。


 街から遠く離れたところで二体は停止する。フェンとキーラは、街へと潜入する方法を話し合った。

 リンは怪我が酷いので留守番させたいが、機体が放置されているのを見て、街から誰かやってこないとも限らない。その時リンだけでは、間違いなく抵抗は不可能だ。


「別にいいわよ。二人で行ってきたら?」

「そういうわけにも行かんだろう」


 こちらから街が見えるということは、あちらからも見えるのである。盗賊なんかの人種にとって、人型機はお宝だ。遅かれ早かれ、まず間違いなくやってくる。


「キーラ、お前残れよ」

『おいおい、俺に小娘のお守りをさせる気か?』


 押し付け合いを繰り返した末に、最終的にはフェンが残ることになった。一度も見たことの無い――実際には十四部隊の出発前に見かけているはずだが、覚えてはいないのだろう――キーラよりも、自身を助けて話をしたフェンの方が、リンにとっては好ましかったようだ。

 もしかしたら、キーラのその危険性――自分の機体を貫いた犯人であることを、何かしら直感で察していたのかもしれない。


『んじゃ、行ってくるぜ』


 外に出たキーラの姿を、フェンはコックピット越しに眺めた。相変わらず、人畜無害そうな優男である。金髪を流しており、爽やかな印象を初対面の人間には与えるだろう。これ程外見と性格の乖離が激しいのも珍しい。

 キーラは意気揚々と出発し、フェンはリンと二人きりで残された。キーラと機体は別なので、元々二人きりのようなものだが、通信機からやかましい声が聞こえなくなったのである。


「キーラが帰ってくるまで、昼寝でもして待つか」

「呑気ね……あの人が帰ってこなかったらどうするの?」


 フェンはその場合を考えてはみたが、キーラが戻ってこないなんて未来は、どうしても想像出来そうになかった。街が火の海になる光景は鮮明に浮かぶのに、キーラが殺されたりする景色は一向に浮かんでこない。不思議である。


「ま、その場合は俺が行くことになるな。背負って連れて行ってやろうか?」

「結構。こんな体だけど、自分の身くらいは守れるわよ」


 強がりか、本心からそう思っているのか。フェンは強がりだと思った。

 リンは自分が足でまといになって、フェン達に迷惑をかけるのをよく思っていないようだ。

 自分がいなければ、フェン達は二人で街へ行けた。その方が成功率が高いのは間違いない。大方、そんな事を考えているのだろう。

 人の心の内は分からない。故に、フェンは印象で人の心中を推し量る。フェンから見たリンは、優しい少女だった。そしてきっと、それはそう外れてはいない。




 ◆




 キーラは、ハンドガンを腰のホルスターにぶら下げ、「Diamond Prism Happy」を歌いながら、荒野を進んで行った。

 ブラウンのジャケットを耐火スーツの上に着て、ジャン・ドナ製の二重革スラックスと、何故か勲章のレプリカを縫いつけた軍靴との組み合わせは、かなりちぐはぐで、変人の印象を人に与える。実際間違っていない。

 トドメにブラックとイエローの三つ縞のガンマン帽だ。ガンマンに憧れているとは口が裂けても言えないような、ふざけた帽子である。


「この私にお前の心を溶かせようか――っと」


 キーラは街にそれなりに近づいた地点で、砂煙を上げて街からやってくる車を認めた。横に大きくはみ出たタイヤと、高い車高のシルエットは、まず間違いなく砂漠用のオフロードである。

 街の外周で見張りをしていた者が人型機を目にして、偵察にやってきたのだろう。


「おお、これぞ天の恵み」


 オフロードは荒野のど真ん中で口笛を吹くキーラを見つけ、ブレーキをかけて停止した。

 乗っている者達は軒並み浅黒く、四角い重厚な顔をしていた。計三人。念の為かは知らないが、自動小銃を持ってきているのが、光減加工の施された色つきの窓から見えた。


「なんだお前は」

「おおっと、バルト語か。だがしかし、俺はそんなマイナー言語も習得しているのだよ」


 キーラはそんな煽りじみた文句を吐くと、打って変わって流暢なバルト語を話し始める。


「こんにちは、諸君。俺は少し街に用がある旅人なんだが、ちょいと乗せてってはくれないかい?」

「旅人? こんな所にか? もう少しマシな嘘をつけ」

「嘘ではないさ。俺は諸君には思いもよらないような大冒険をしてきたんだぜ」


 男達はオフロードの中で話し合った。キーラはそれをのんびりと眺めていたが、その目は人間が動物園の檻の中を眺める時のような、本当に呑気な目だった。


「お前、あの人型機のやつだろう」

「その通りさ」


 キーラの目は、男達の一人が自動小銃に手をかけたのを、しっかりと見ていた。男達はニンマリと笑うと、「乗せてやるよ」と言った。


「有難い! 実はエネルギーが無くなっちまって、新しい足が欲しいところだったんだ」


 鉄は――特に人型機に使われているような、特殊な合金は高く売れる。この男達も、それを知っていた。そして、キーラの言葉に途端に色めき立った。

 エネルギーの無い人型機など、でかい置物と変わらない。この愚かで間抜けな男をさっさと始末して、後からゆっくりと解体しようと、三人の男は大金を夢想していた。


「それじゃ、遠慮なく……」


 キーラがオフロードに乗り込もうと、一段タラップに足をかけた時、男達は自動小銃を即座に構えた。指は既にトリガーにかかっている。



「この車はいただこう」



 一発の銃声が響いた。



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