最後のトリ。謎のフクロウの物語。

百花もれろ

「カクヨム3周年おめでとう」

――何故こんな事になってしまったんだろう。


暗闇の中、雨の音だけが響く室内で私はただ一人佇んでいた。


佇む、というより正確には天井から見下ろしている。と表現した方が正しいのだがそれは今の状況を考えれば些細な事。


今後の事を考えるだけで頭が痛くなってくる。こんな記念日に何故私は……。いや、もう何度考えても答えは出なかったじゃないか。


仕方がない、仕方がないじゃないか。


――私は悪くない。


そう結論付けると、暗闇の中部屋をするりと抜け出した。


幸い夜目はよく効く方だ。


待っていろ。お前もすぐに二人の元へ送ってやろう。


そう決めると廊下へ出て、すぐにふわりと飛びあがり目的の場所へ向けて音もなく飛び去った。


きっとこの暗闇で私に気づくものは誰もいないだろうし、気づかれたとしても誰も私の目的に気づくものはいない。周りから聞こえる慌てふためく声すら私を応援しているようにすら聞こえる。


私は最後にトリを務めるだけだ。


それだけなのだから。



◇◆◇



事の始まりは三時間ほど前の事務室の一角。


カタリとリンドバーグは三周年を祝うために事務室の一角にテーブルや椅子を綺麗に並べ、二人で和気あいあいと最後に向けて設営をしていた時であった。


「ようやく三周年のお題が最後まできましたねー!」


事務室の一角を可愛らしく飾りつけしていたリンドバーグが、遠足前の幼稚園生のように楽しそうな声を上げてカタリに話しかけた。


飾り付けをしているリンドバーグに対し、カタリは白いクロスが敷かれた長テーブルの上にグラスとお皿、ジュース等をいそいそと手際よく並べているようで、リンドバーグの声に反応はしたものの目線はまだ作業に向かったままだ。


それでも数秒も立たないうちにカタリは汗を拭うと、リンドバーグに笑顔を向けて答えを返した。


「そうだねバーグさん。最後のお題なんだけれど僕とバーグさんが来て一周年記念でもあるんだ。だからカクヨムさんから意外性もかねて僕たちをお題にするって話みたいだ!」


「そうなんですか?!それは嬉しいですね!」


それを聞いたリンドバーグは、カタリから告げられる三周年記念でもあり自分たちにとっては一周年記念でもある。そんな話題に嬉しさを隠すことなく鼻歌なんて歌いながら殊更にご機嫌のようだ。


自分の事ともあってはさらに内装を凝らなくてはならないと、力を入れなおし再度元の位置から見直そうと腕まくりなんてしながら最初の位置へと戻っていく。


カタリはそんなバーグの浮ついた様子をやれやれと眺めながらも、自分たちがお題になることを嬉しく思い、これからどんな作品が投稿されるのか、自分たちの事をどう書いてくれるのか。詠目ですら見通せないこれから作られる新しい物語に胸を馳せていた。


「……まさか最後に自分たちが物語の一人になるなんてね」


思いもよらないこともあるものだ、と感謝の意味も込めてぼそりと呟いたその台詞は誰に聞かせるわけでもなかったのだが、バーグは自分に話しかけてきたと勘違いしたのかカタリにすぐに声を返していく。


「そうですねー。見る側なのには変わりませんが、サポートである私が主人公になっちゃうとは思いませんでした!わくわくしますね!」


いつも天然の毒舌を振りまく彼女だが、今日ばかりは一つともそういう発言が出てこない。よほど自分たちがトリに来たのがうれしいのだろう。僕だってそうだ。三周年記念の最後に僕たちが来るなんて思いもしなかった。


『切り札はフクロウ』


『2番目』


『シチュエーションラブコメ』


『髪とペンと〇〇』


『ルール』


『最後の3分間』


『最高の眼覚め』


『3周年』


『おめでとう』


『「カタリ」or「バーグさん」』


自分たちですら知らされてなかった最後のお題は自分。


よし、ともう一度気合を入れなおして最後の詰めに入ろうとしたその時であった。


ぞわり。


殺意の籠った視線がカタリの背中に刺さった気がした。


「っ……!」


ばっと殺意に反応するように後ろを振り向いてみるも、何もそこにはいない。


ただ漠然とした不安が急に胸と頭を締め付けるだけで、バーグ以外には周囲に誰も見当たりはしない。


バーグを見てもこちらに気づくことなくふんふんと鼻歌を歌って飾り付けを続けているだけだ。


「……はぁ、気のせいかぁ」


はぁ。とため息を付いて床に目線を落とし、呼吸を整えていく。


気のせい。それを口にしないとどうにもカタリは落ち着ける気がしなかった。今ですらガンガンと頭の中で慣らす警鐘は強まる一方で、心当たりのない不安は恐怖となり始めている。


顔から笑顔が抜け落ちていることに気づいたカタリは、3周年記念だというのに何をやってるんだ僕は。と軽く顔を叩いて今度こそ気合を入れなおし正面を向いた。


「何をやっているんですか?カタリくん」


「うわっ!?」


突然目の前に現れたバーグに驚きを隠せず、思い切りまぬけな声が出てしまう。


「あ、いやごめん、なんでもないよ。三周年記念のトリを務めるんだ!しっかりしないとね!……あはは」


言い訳のようによくわからないことをいうカタリに対して、バーグは不思議な顔を浮かべながらも「そうですね」と返すと、終わりかけの内装に最後に手を加える為に元の位置へと戻っていく。


そんな様子を凍りついた笑顔で見送るカタリ。


「……」


ドクドクと早鐘を打つ心臓に手を当てながらカタリは考えていた。


僕は、僕は何に怯えているんだこんな記念日に。


三周年最後のトリを務めるのにこんな調子でどうするんだよ。


いつの間にか自分の物語を読める喜びよりも不安が頭を埋め尽くしていることにカタリは気付いてはいない。急に窓を埋め尽くした光すら気付かないほどには視野が狭くなっていた。


「キャアッ!」


バーグの叫びが先か、雷が先か、ゴォンと体の芯に届く音が室内に響き、それに続いて急に土砂降りの大雨が窓を叩き始める。


春の嵐だ。


「……カタリくん、私雷は苦手です」


書き消えるようにか細い声で窓から離れるバーグに対して「大丈夫だよ。バーグさん」と声をかけ近寄るカタリ。


実際こんな雷を伴う急激な雨はすぐに止むものだと相場は決まっているものだ。


だが、そんなカタリの予想を裏切り雨は強まり雷は何度も落ち続け数時間が立つ頃にはバツンという音と共に全ての照明が落ちた。


「大丈夫、大丈夫だから落ち着いてバーグさん」


「怖いです、暗いの怖いです、雷も怖いです……」


そういい震えるバーグを何度カタリは宥めたか判らない。


神様も三周年だというのになんでこんな仕打ちをしてくれるのかと言いたくなるが、それとは別にバーグの普段みれない顔を見れたのもいい機会だと考えているのもまた動かしがたい事実。


そんな記念日も悪くない。


なんて、不安もとうに忘れ、暗闇の中でカタリは明日の事を既に考え始めていた。


「……」


そこには二人を冷たく見下ろす一匹のトリがいる事も気づかずに。



◇◆◇



そのトリには名前が無かった。


そのトリはフクロウの様な外見を持っていること以外謎に包まれていた。


それでもそのトリは最初からカクヨムを見守り、カタリやバーグを連れてきたり書き手に対して様々なアドバイスを送っていた自負もあった。


そして、三周年記念のトリを迎える今日。


最後の最後まで謎にされていたお題『謎のトリ』とともに、カクヨムから名前を付けてもらえるのだと、勝手に想像していた。


だが、最後のお題は『「カタリ」or「バーグさん」』という無慈悲なものだった。


私は、私はなんだったというのだ。


ここまで尽くしていた三年間は何だったのだ。


私には名前すらない。


私は、――私は謎のフクロウなんかじゃない。


あの二人はわかってくれるはずだ、あの二人は私が見出した者たちだ。選ばれた嬉しさこそあれ、きっと私じゃない事に疑問を持っているはずだ。


そう思い立つと縋るような気持ちで二人がいる部屋へ向かっていた。


二人は今三周年記念部屋を作っている最中だという。


あの二人、あの二人ならきっと私の気持ちを分かってくれるはずだ。


するりと灯りのもれるドアの隙間を音もなく抜け、ロッカーの上に飛び乗った。


決して覗き見や盗み聞きをするつもりなんてその時はなかったのだ。


だが、話しかけようとテーブルに降りようとしたその時、リンドバーグの口から三周年の話題が飛び出してきた。


「ようやく3周年のお題が最後まできましたねー!」


「そうだねバーグさん。最後のお題なんだけれど僕とバーグさんが来て一周年記念でもあるんだ。だからカクヨムさんから意外性もかねて僕たちをお題にするって話みたいだ!」


言葉を失うとは此の事だろうか。


続く話も私の事は一度たりとも無い。感謝の気持ちすら告げられないのか私は。


最後のトリを務めるのはトリの私じゃないのか?


所詮私はこの二人にとっても謎のトリでしかないのか。


私の絶望に呼応するようにぽつりと雨が降り、私の怒りを体現するように雷が落ち、心を表すように大雨が窓を叩いている。


所詮カクヨムにとっても二人にとっても私はどうでもいい存在だったのだ。


――この二人がいなければ私はトリを務めることが出来るだろうか。


そうして私はふわりとロッカーから飛び立つと、無意識に二人へ飛び掛かった。



◇◆◇



ついた。


この思い入れのある扉には何度も世話になったものだ、私専用の入り口だってあるこの部屋のは愛着すらわいている。


そしてカクヨムで一番偉い彼の部屋でもある。


だが今日の私は、私は――。


赦せない。


そんな気持ちで満たされている。


私はお前にとって謎のトリなんてどうでもいい生き物なのか。


三周年という気持ちはこんなにも苦しい物なのか。


ならば私が最後にトリを務めようじゃないか。


なぁ、私はお前のなんだったのだ。


そう思いながら静かに部屋へ入ると彼の背中へ向けて鋭い爪を立てて飛びついた。


「カクヨム三周年おめでとう」


これが私から彼に送る最後の言葉だった。

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最後のトリ。謎のフクロウの物語。 百花もれろ @otiba_neko

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