歌を忘れたカナリアは、フクロウの夢を見るか

秋月創苑

本編

「う~~っん゙っ!!」

 長い時間曲げていた背中を、両腕と共に思いっきり伸ばしてみると、我ながら健全な高校生男子とは思えない声が自然と漏れ出た。

 これは何かに似ている。

 そうだ、オセロで相手の色一色に染まりきった陣地を一気にひっくり返す感覚だ。

 そう思うのはきっと、昨日夜遅くまで妹に付き合わされてオセロで遊んでいたからだろう。最近はリバーシというらしいが。

 まぁとにかく、俺は体に溜まった凝りをセルフデトックス宜しくリセットしたわけだが……。

 ここ、映画研究部の狭い部室の中には、未だ重苦しい、それこそ澱のような良くない空気が物理的にかつ形而上学的に渦巻いているのが分かる。

 ……なんだ、形而上学的って。

 俺もすっかりこの空気に感染されているらしい。

 まぁ、実際の所はいつもの空気なわけなんだが。


「世界観とストーリーについては今説明した通りだよ。

 ストーリーのクライマックス、最も大事な部分に関しては、正直、皆の知恵を貸して欲しい。」

 馬場がそんな雰囲気を払拭すべく口を開いた。

 映画研究部の部長にして俺のクラスメート、馬場。

 その馬場の言葉を受け、この場に揃う部員達がさも考え込むような表情で顎に拳を当て、思わせぶりな表情を作る。

 円卓の騎士宜しく長机を囲んだ部員スタツフは総勢5名。

 ちなみに俺は正規の部員では無い。

 なのに何故だかこの場にいる。

 映画研究部のメイン俳優である男子生徒が、もう一つの在籍部活である演劇部の文化祭演目の舞台に出演する為、今回の映画の撮影にあまり時間を割けない、というのが理由だ。

 いわゆるピンチヒッター。

 いわゆる都合のいい男。

 それが、俺がここにいる理由。


「うちらのいつものパターンでいけば、犯人を見送った刑事と被害者がなんか喋って、ちゃんちゃん、じゃないの?」

 そう言ったのは女生徒B。


「あー、分かる!

 ……あいつは大事なものを盗んでいったのです。

 ……貴方の、…心です。


 ……みたいなー?!」

 無理して低い声を作って棒読みの台詞を読み上げたのは女生徒A。

 お前本当に映研の部員なのか?


「いや、それも悪くは無いんだけど。」

 馬場が言う。

 …悪くないんだ。


「もうちょっとこう、なんて言うのかな。

 何か、足りないんだよな……。」

 馬場は時々視野が狭くなる事がある。

 それは勿論デメリットなのだと思うが、創作に関して前のめりになるのは、こういう人種ならではなのだろうか。

 おかげで暴走する事もあるが、何だかんだ言って、俺はこいつのこういう所が嫌いじゃないんだろうと思う。


「とにかく、今日の目的を進めませんか?」

 そう言ったのはこの場にいる最後の一人。

 唯一の後輩で、いつもカメラマンを務めてる男子。

 そう、今日の集まりの名目は台本の読み合わせ。

 実際の映画撮影ならクランクインの直前って辺りなんだろうか。


「うーし!

 じゃあ、ヒロインの私が皆を引っ張るのね!」

 女生徒Aが待ってました、とばかりに立ち上がった。

 主役では無いのだが、まぁヒロインなのは間違いない……のか?


「では、改めまして。

 ヒロインのリンドバーグであるアイです。」

 語尾にハートマークが付きそうな口調で、大げさにポーズを決める女生徒A。


「そんな名前だったか……?」


「いや、ちょっと待って。」

 俺と馬場が小声で確認し合う。


「あー、アイちゃん?

 この役の名前はリンドバーグ。

 AIっていうのは、名前じゃ無くて『人工知能』の意味なんだよ?」

 馬場の指摘に、女生徒Aの頭にクエスチョンマークが浮かぶようだ。

 そもそも俺の知る限り、女生徒Aの名前はアイちゃんじゃ無い。

 たしかにA繫がりだけれども!


「えー!

 そうなのー?

 可愛い名前だと思ったのにぃ。」

 女生徒Aが口を尖らせると、


「ねー!

 可愛い名前なのにぃ。」

 と女生徒Bが追従する。

 …こいつ、今回出番が少なくてサボる気満々だろう!


 今回の撮影は、とあるコンペティションにエントリーする作品だ。

 作品のテーマとなるのが、このリンドバーグというキャラクターになる。

 このキャラクターはさる大手小説投稿サイト、『カクヨム』のマスコットキャラクターらしい。

 そのキャラが登場する作品というのがお題のようだ。

 なんでもリンドバーグというのは作家をサポートするAIとかで、本人に悪気は無いが作家を結果的にディスるとか…。

 女生徒Aの配役が頷けてしまう俺も、大概この部に馴染んでしまったようだ。


「そう、リンドバーグちゃんは彼(俺を指差し)をサポートしつつ、犯行予告のあったカタリィ・ノベル・フランソワーズⅢ世からも原稿を守るという、大役を担ってるんだ!」

 馬場が熱い口調でこのストーリーを語る。


「しかし、人型のAIなんてSFチックな話に、紙の原稿ってのはバランス悪くないか?」

 俺は素直に疑問を口にする。


「いや、その対比こそがエンターテイメント性を高めるんだよ!」

 馬場は嬉しそうに答えた。

 よく分からないが、そう力説されるとそんなもんかと思ってしまう。


「…で?

 インドバーグちゃんはどう動けば良いの?」

 エアクラッシャーA。


「リンドバーグ、ね?」

 馬場がすかさず訂正する。

 そんな帰りにファミレスに寄りたくなる名前は俺もゴメンだ。

 スパイシーなヒロインとか画期的すぎる。


「なるほど。

 そこの野ねずみ雷太を適当にあやしながら、怪盗と戦えば良いの?」


「俺の役名はノベル・ライターだ!」

 思わず俺も声を荒げてしまう。

 いかんいかん。こんな関係ない部活に肩入れしすぎだ。

 ちなみに今日欠席の演劇部兼部の男が演じる、怪盗のカタリィ・ノベル・フランソワーズⅢ世はフクロウっぽい覆面を被るキャラなので、俺の役名を間違えたのもその連想からだろう。

 いや、誰が野ねずみか!


「とにかく。

 ノベル・ライターの原稿をカタリィ・ノベル・フランソワーズⅢ世…確かに紛らわしいな。

 フランソワーズⅢ世が、狙う。

 犯行予告を受けて、ノベル・ライターとリンドバーグが相談するシーンを経て、最終的に二組が対峙し、そしてフランソワーズⅢ世が去って行く。」

 Ⅲ世はいちいち言わないといけないのだろうか…?


「ちょっとその二人が相談するシーンの読み合わせをしようか。」


****


「ノベル様、原稿は上がりましたか?

 オーホッホッホ」


「待って。オーホッホッホ、いらない。」


「えー!」


「いやいや、キャラじゃ無いから。」

 馬場と二人がかりで思いとどまらせる。


「ん、ん。

 …ノベル様、原稿は上がりましたか?」


「やあ、リンドバーグ。

 少し直したいところはあるんだが、とりあえず第一稿はここに。」


「さすが、ノベル様。

 こんなに時間をかけてようやく一稿ですか。」

 台本片手に女生徒Aがすまし顔で言う。

 台詞の通りなのだが、無性にイラッとくる。

 配役の妙だな。


「…ああ。

 良いアイディアが降りてきてね。

 なかなか悪くないと思うんだよ。」


「失礼。」

 女生徒A改めリンドバーグが俺の持つ原稿を奪い、パラパラと紙を捲る。


「なんです、このオチのちくわは。

 普通、ちくわとリコーダー間違えませんよ?」


「そうか?

 良いアイディアだと思ったんだが。」

 イラッ。


「…でも。

 普通じゃない展開を考えつくというのも。

 また作家の個性と言う事でしょうか。」

 そう言ってニコリと微笑むリンドバーグ。


 ……赦されたー!

 なんだ、この圧倒的な安堵感と存在を認められた充足感。

 俺の書いた話じゃ無いのに、なんでこんなに満たされるんだ……。


「まぁ、駄作ですが。」

 …イラッ。


****


「……なあ、馬場よ。

 今の下り、本当に必要いるのか?」

 一シーンを読み終えた俺は馬場に聞く。

 怪盗と主人公達の対峙に、正直あまり必要とは思えない場面だ。

 素人目にはテンポが悪くなる気がする。

 やや不本意だが、女生徒A、Bも此方を見て同意の表情をしている。

 そんな空気を読んだか否か、馬場は確信を持った瞳で語った。


「小説だろうと映画だろうと。

 常に客の目を意識しなければならない。

 それが、エンターテイメントってやつさ。

 ……でも。

 ここは譲りたくないって言う、小さなこだわりを作家が見せてくれるのも、それもまたエンタメならではなんだと僕は思うんだ。」


 ……おお、なんか馬場がゾーンに入ってる。


「ただ受けが良いように作るだけなら、それこそAIが全部作れば良いんだ。

 歌を歌うだけならボーカロイドで良い。

 歌を忘れたカナリアなど、僕は見たくない!

 作品に生まれる、感情から来る揺らぎこそが、エンターテイメントたらしめる、ってヤツなんだよ。」

 馬場はついに立ち上がって力説を始める。


「だから、さ。」

 馬場がこちらを見る。

 

「ラストシーンは触手に囲まれよう。

 これこそ僕たちのエンターテイメントだ!」


 ……こいつ、何言ってんの……


 凍り付いた空気に、一瞬遅れて血相を変えながら騒ぎ立てる女生徒コンビと賞賛する後輩カメラマン。

 俺はそんな連中を見て、呆れると共にやはり微笑ましく思ってしまうのだった。


 ……結局、俺がここにいるのはこういうわけなんだよなぁ。

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