#002:強引かっ(あるいは、テレパシスト達の夜)

 一瞬、無視して帰ろうとした私だったが、帰っても部屋には誰も待ってはいやしない。

 それに、「日本一」という、ちょっと馬鹿っぽいけど潔い言葉を久しぶりに聞いて、何か胸が躍るところもあった。


 と言えば嘘になる。要は酒でもカッ食らってベロベロになるまで正体を失いたかった。無理して、自分を追い込んでまで、「正体」を保ってきた毎日に嫌気が差していたから。


 ふん、と鼻から気合いの一息をついて、ぐいと長髪男に向き直る。よれよれのTシャツにぐずぐずのジーンズを穿いたサンダル履きのその大柄だけどガリガリの男は、意外、といった感じでこちらを見やってくるが、


「『日本一』って……何か気になる話よね? 聞かせてよ。どうせ死ぬほど暇なんだし」


 こういう輩に弱腰の態度は禁物だ。私は殊更に目力を込めて、その長髪男の目の奥まで覗き込んでやる。一瞬たじろいだかのように顔を引いたそいつから視線を切って、今度は丸い男の方に向かってずかずかと歩を進めた。


「おっ、おっ……」


 案の定、びびってその場に立ち尽くす丸男の手から、ずしりと来る結構な重さのコンビニ袋を有無を言わさず奪い取ると、


「……飲みましょ?」


 爪先を伸ばして、何故かそこに置いてあったキャスター付きの肘掛けイスを引っかける。ショォォと意外に滑らかに引き寄せられてきたそれに思いきりどかりと腰かけつつ、くるりと一回転してみながら、唖然とする二人の不審者に向けて、手にした袋からよく冷えて汗をかいている細長い缶をひとつづつ放っていった。


「うおおおおおっと!!」


「……」


 あわあわしながら何とかキャッチした丸男と、少し憮然とした表情の長髪男。

 こういう奴らってのは、自分のテリトリー外の空気に巻き込まれると弱い。イニシアチブ取ってしまえば勝ちよ。


「……に、逃げないんすね、漢らしいなあ……」


 丸男がプシュリと缶を開けながらそう呟く。まあこれでも格闘技を打撃中心に少しかじってんのよ。こんなだるだるの中年どもに負けることは、まず無いわけで。


 恐縮したのか、その丸い男はコンクリの地べたに正座しながらちびちびと缶を傾け始める。上目遣いでこちらを見てくる汚い面は正直、直視に耐えないけど、ま、こいつとの立ち位置は決まった。私が上。


 あとは……


「……ま、随分肚の据わったねえさんだが、それはそれで好材料だ。そして加えて妙齢の美女と来ている。こいつぁ、いつぞやの再来だ。久しくヒーローが不在だったこの業界に、新たな風が吹くかも知れ」


 そこで長髪の言葉は途切れた。私が座ったままの姿勢からヒールの先をめり込ます角度での右ローを撃ち込んでいたからだ。


 えぴたふ、みたいな呻き声を上げて、左膝から崩れ落ちる長髪男。


「……悟ったような口を叩くんじゃないっつーの。説明しろって言ってんのよ私は。その『日本一』云々界隈のことを」


 おねえ座りで痛みに震える長髪男の左膝横の、今しがたトーが入ったと思しき部分に、さらに爪先をぐりぐりとねじ込んでやる。ぐんぐにる、みたいな叫びが汚らしい無精髭に覆われた口から漏れ出てくるけど、これで誰が主人か分かったはずよね?


 ―蹴られるコトした? そういう流れあった?

 ―うううん、なかった、なかったけど、蹴られたねえ、なんでだろぉ?


 目と目で会話している長髪と丸男を冷めた目で見ながら、私はプルタブを小指で開けると、ぐいいと200くらいを一気に飲み干す。

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