【第58話:私だけの勇者】

 オリビアさんの訓練は熾烈を極めるものだった。


 最初、オリビアさんと出会った時は、魔法の行使を得意とする、いわゆる後衛型の戦いを好む人なのだと思っていたのだが、接近戦でもギレイドさんよりも強いというダルド様の言葉に嘘はなかった。


 先日、オレは魔物と魔人を大量に倒したことにより、位階レベルが6に上がっている。

 この数週間の戦いで取り戻した戦闘感覚と、位階レベルが上がった事によるステータスの底上げのお陰で、トーマスの村にいた頃より遥かに強さを取り戻していた……はずなのだが……。


「なんですか? 元勇者が聞いて呆れますよ? どうします? もう終わりにしますか?」


 オレの魔法は打ち消され、得意の剣技ですらかすりもしなかった。


 おそらくオレが全盛期の頃でようやく互角か、少し有利に戦えるというレベルじゃないだろうか?

 昔、導きの五聖人と呼ばれた当時のパーティーメンバーに勝るとも劣らない強さだ。


「いいや! まだだ!」


 肩で息をしながら、鞘に入ったレダタンアを構え直すと、息を大きく吸って強引に呼吸を整え、オリビアさんにもう一度挑みかかる。


 裂帛の気合いと共に最速の足運びで踏み込み、最上段からの切り落とし、半身で躱されたところを流すように振るって逆袈裟に切り上げるが、今度は片手で持った木剣でたやすく受け流された。


「ちっ!」


 そして……そこから5合ほど打ち合ったところで胴に蹴りを喰らいそうになり、視線のフェイントにかかって態勢を崩される。

 オリビアさんの追撃を防ぐために牽制に放った魔法はあっけなくうち消され、その隙をついて剣技を放とうとした所で詰め寄られ、拳を喰らって吹き飛ばされて地面を転がったところで……振出しに戻る……。


「かはっ!? ……げほっ……」


 手加減されているとはいえ、まともに鳩尾に喰らって中々呼吸が戻らず、みじめに地に伏せる。


「あなたの剣技は強力ですが、そこに繋げる連携が素直過ぎるし、最初から剣技を狙っているのがバレバレです。常に虚実織り交ぜて攻撃を繰り出し、剣技に頼らない戦いの組み立てを行わなければ、結局その剣に頼る事になって……また、力に呑まれますよ?」


「くっ……わかっちゃいるんだが……すまないが、もう一度頼む!」


 この15年、強い奴と戦う事はあったが、戦闘技術の高い奴と戦う事が無かった。

 そのせいでいつのまにか戦い方が単調になり、剣技で片をつけようとしてしまう癖がついてしまったようだ。


 でも……久しく経験していなかった真の強者との邂逅に、オレの心はどこか熱く滾るものを感じていた。


「頼まれました。あと1刻ほど時間はありますから、何度でもかかってきなさい」


 こうしてその後の一刻の間も、何度も倒れながらも訓練を続けたのだった。


 ~


 今日も厳しい特訓を何とか無事に終えたオレは、同じく隣の訓練場で特訓をうけていたリシルと共にギルドを後にした。

 その後、少し遅い昼食をとったあと、この街唯一の公園のベンチを陣取り、途中で買った果実水を飲んで一息ついていた。


「あぁぁぁ~疲れた~。生き返るな……」


「なに、おじさんみたいな事を……って言いたい所だけど、私ももう体力も魔力も尽きて限界……」


 リシルは、初日はオレの特訓を見学していたのだが、そこでオレの激しい訓練を見て感化されたらしく、次の日からは隣の訓練場で同じように特訓を受けていた。


 教官はギレイドさんたちと同じ吸血鬼ヴァンパイアで、普段はメイドをしているメアリーという子だ。

 オリビアさんやギレイドさんほどの強さではないが、少なくとも聖魔剣を抜かない今のオレよりは数段強いだろう。

 吸血鬼は見た目と年齢が一致していないので実年齢はわからないが、リシルと同じぐらいに見える女の子が、仮にもBランクの冒険者であるリシルを子ども扱いしていて、改めて吸血鬼という魔人の強さを再認識させられた。


「でも、何か楽しいよね♪」


「楽しい? コテンパンにやられるのが楽しいのか?」


 オレが揶揄うようにそう言うと、慌てて否定するリシル。


「ち、違うわよ!? こうやって私を普通に扱ってくれる事がよ!」


「普通かぁ。そうだな。普通っていうより、ちょっと雑に扱われている気もするがな……」


「メアリーちゃんはそこまで酷くないわよ?」


 うっ……確かに凄い雑に扱ってくるのはオリビアさんだけか……。


「私ね。両親が両親でしょ? 家を出て冒険者になってからも対等に接してくれる仲間がいなかったから。テッドはもちろん、メアリーちゃんも他のみんなも普通に接してくれるのが嬉しいの」


 そりゃぁ英雄である導きの五聖人二人を両親に持てば、中々対等な関係の仲間と言うのは難しいだろう。

 それに、忘れそうになるが、そもそもリシルは貴族でもある。


 昔のオレ達は、そこまで有名になる前に出会えたお陰で、気さくな関係を気付けた。

 それに比べ、リシルの場合は生まれた時から既に両親の名前が有名過ぎたのだ。


「その仲間の筆頭が、こんなおっさんでも良いのか?」


 お道化てそういうオレに、笑みをこぼすリシル。


 人におっさんと言われるのは何だか腹が立つが、見た目は28歳で止まっていても、中身はもう43歳だ。

 燻っていた15年は長すぎたし、自分がおっさんだと自覚してしまっている。


「ふふふ。そんなおっさん良いのよ♪」


 しかし、この子はそんなおっさんでも良いと言ってくれた。


「そうか……オレは、オレの事を覚えていてくれるリシルがいてくれたお陰で立ち直れたんだ。だからまぁ……お礼にこれをやるよ」


 オレは少し照れながら、懐から取り出したある物を包み事リシルに押し付ける。


「え? なになに? 何くれるの♪」


 昨日、雷撃を喰らいながら取り出しておいた物だ。

 ちょくちょく昔の魔道具などを取り出しているので、少し耐性がついたかもしれないな……。


「え? ……これは?」


「それは『癒しの指輪』って言うんだ。昔、パーティーの仲間たちがオレにくれたものなんだが、リシルやろうと思ってな」


「そ、そんな大事な物受け取れないよ!」


「その指輪は一日に一度だけ、どんな怪我でも立ちどころに癒してくれる指輪なんだ。リシルの事を本当の仲間だと思っているからこそ、つけていて欲しい」


「そんな言い方ずるいよ……でも、ありがと……」


 そう言うと、少し照れくさそうに指にはめ、少し掲げて指輪を愛おしそうに眺めるリシル。


「おそらく、そのうちオレの事は魔人どもに知られるだろう。敵は強大で、味方は少ない。オレの事を覚えていられる人間はリシルだけだからな」


 吸血鬼たちが支援してくれている事はありがたいが、彼らは必要以上に打って出るような事はしないだろう。

 もし敵の拠点などを見つけて攻め込むときは、オレとリシル、それにメルメの二人と一匹だけかもしれない。


「覚えていられるのは私だけの特権だからね!」


 そう言って嬉しそうに笑みを浮かべる女の子。

 この少女を死なせない為にも、オレはもっと強くならなければいけない。


「そうだな。そして最高の相棒だ」


「ふふふ♪ なんかや~っと認めて貰えたって感じだな~♪」


「だからもう遠慮はしない。オレはもう一度勇者の名を取り戻す! たとえその名を知るのがリシル一人だけだとしても。だから最後まで、奴らの陰謀を阻止するまで、オレと共にいてくれ」


「えへへ……ずっと、ずーーーーっと最後まで側にいるから!」


 そう言って目に涙を貯めながら、リシルはオレの頬にそっとキスをしてくれた。


「私だけが知っている、私だけの勇者さん♪」


 ~


 世界の揺らぎを巡るオレたちの戦いはまだ始まったばかりだ。

 でも、必ず奴らの陰謀は阻止してみせる。


 元勇者の名にかけて。

 そして、ただ一人だけが知る、生まれ変わった勇者としての名にかけて。



**********************************

これにて

『忘れられた元勇者 ~絶対記憶少女と歩む二度目の人生~』のお話は、

ひとまず完となります。


正直続きを書くかはまだ考えられていないのですが、

まずはここまでお読み頂き、本当にありがとうございました!!


書き始めた頃は、中々人気の出にくい少し真面目路線の

ライトノベルファンタジーという事で、

ほとんど読んで頂けないのではないかと心配だったのですが、

思っていた以上に沢山の方にお読み頂き、本当に嬉しかったです(/ω\)


テッドとリシルの冒険は、まだまだこれからが本番といった所ですが、

なにぶんアマチュア作家としては中々纏まった時間が確保できず、

力不足で申し訳ありません。


他にも連載をしているので、どの作品にどれだけ時間を割くかは

いつも悩みの種ですが、

『槍使いのドラゴンテイマー』シリーズ

『グリムベル第13孤児院 SSSランク能力者ダイン』

なども連載していますので、こちらも手に取って貰えると嬉しいです。


これから先、読者様の声などを聴いて早い段階で続きを書く決断を

するかも知れませんが、その時は生温かい目で第二幕があけるのを

見守ってください(苦笑)


最後までお読みいただき、本当に本当にありがとうございました!!


===こげ丸===

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忘れられた元勇者~絶対記憶少女と歩む二度目の人生~ こげ丸 @___Kogemaru___

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