【第44話:黒き炎】

 騎士たちを追い抜き先頭に躍り出たオレは、メルメの背に手を触れて、こう命じるのだ。


「薙ぎ払え!」


 その瞬間、メルメの身に纏う魔力が爆発的に高まると、可視化されて黒き炎がその鼻先に出現する。

 その黒き炎は一つが二つ、二つが四つ、四つが八つとその数を増やすと、ゆらりと静かに放たれた。


 きっと狼の魔物たちは何が起こったのかわからなかっただろう。


 静かな黒き炎が群れに次々と飛び込んでいく。

 そしてその黒き炎が着弾した瞬間……その黒ははじけ、数発で群れ全体を包み込むような大きな半球状に膨らみ……。


 静かに爆散した。


 そこに残ったのは、燃え尽き倒れた無数の物言わぬだけだった。


 ~


 余りの光景に驚き、急ぎ駆けていたその足を弛めると、オレたち、騎士、馬車と、続くように止まっていく。


 そこから幾ばくかの時が流れ……。


「え……え?……えぇぇぇぇ!? 今の何よ!?」


 最初に立ち直り、声をあげたのはリシルだった。

 さっきまで悲壮な顔に覚悟を決めて、弓を必死で放っていた冒険者たちもそれに続いた。


「なな、何だよ!? 今の!?」


「ナイトメアって位階レベル5ぐらいの強さじゃないのかよ!?」


「実はドラゴンとか言われても信じるぞ!?」


 確かにナイトメアは、魔物向けのレベル判定ではレベル5相当と言われている。

 しかし、これには条件が付く。


 ただし……夜間はレベル1~2相当の強化がなされると。


 今はもう夕闇が迫っていたので、この時間なら特殊魔法が使える事はわかっていた。

 なので、以前メルメを使役していた時のイメージで「薙ぎ払え」と伝えたのだが……放つ黒き炎のその数が、広がる半球状のその効果範囲が、そしてその威力が、オレの知るその魔法とは隔絶していた。


 だから……、


「いやぁ……お、驚いたね?」


 頬を若干引き攣らせ、本当にオレも驚いたのだった。


「『お、驚いたね?』じゃないわよ!? 私の持つ一番強力な魔法より凄いじゃない!」


「ま、まぁ落ち着けって! ナイトメアの夜の力が強大なのは知っていたけど、まさか上位種に変化した事で、これほど強力になっているとは思わなかったんだよ」


 以前の魔法なら、黒き炎の数も、はじけた時の範囲もその威力も、この半分にも満たなかっただろう。

 それでも群れを半壊させる程度は出来ると思って指示したのだが、まさか全滅させるとは思わなかった。


 オレがリシルに弁解をしていると、いつの間にか馬車から降りた、ダルド様とオリビアさんがこちらに向かって歩いてきていた。


「目を疑う光景だな……。噂に聞くナイトメアが、ここまで強力な魔法を操るとは、少々俺の認識を改める必要があるな」


 ナイトメアがみんなこんな力を持っているわけがない。

 ダルド様が少し勘違いしているようなので、どう訂正しようかと思っていると、


「ダルド様。このナイトメアは上位種に変異しているようです。例え夜であっても、普通のナイトメアはあのような凄まじい威力の魔法は放てません」


 隣のオリビアさんが代わりに訂正してくれた。

 ダルド様がこちらに辿り着く前に、リシルと共にメルメから飛び降りると、


「気付かず、馬上から失礼しました。今、オリビアさんが言われた通り、普通のナイトメアではあのような魔法は使えません。それより、まだ危険な状況に変わりはありません。どうぞ馬車にお戻りください」


 そう言って促したのだが、


「うむ。だが、とりあえずこの場所にいれば暫くは安全なはずだ。それに、現実に襲われてしまったからには、お前たちにも事情を説明しておく必要があるだろう」


 そう言って、後ろに控えていたギレイドさんに、他の冒険者と騎士たちを呼びに行かせたのだった。


 ~


 皆が集まると、ダルド様はゆっくりと皆を見渡してから語りだした。


「集まったか。テッド、リシル。先ほどの魔物討伐、よくやってくれた。お陰で誰も傷つかずにすんだ」


 その言葉に、オレとリシルが勿体ないお言葉ですと返すと、ダルド様は話を続ける。


「まず、この襲撃は仕組まれたものだ。奴らが動く前に街に戻りたかったのだが、どうやら後手に回ってしまったようだ。すまない」


 そう言うと、高位の貴族であるにも関わらず、オレ達平民に頭をさげた。

 しかし、その行動に驚いていると更に驚きの事実を語りだす。


「襲ってきたこいつらだが、森狼フォレストウルフのような低レベルの魔物ではない。人狼ライカンスロープどもだ」


「!? ら、ライカンスロープって、レベル4の魔物じゃ……なんでこんな所に……」


 冒険者が思わず呟き、騎士たちが息を飲む音が聞こえた。


 人狼ライカンスロープとは、驚異的な身体能力を持つ、二足歩行も可能な狼の魔物だ。

 それに加えて高い知能を有し、群れでの戦闘はまさに変幻自在という非常に厄介な極まりない奴らだ。

 そんなレベル4の魔物数十頭と正面から戦えば、冒険者だけでなく、騎士とて無事では済まなかっただろう。

 まぁオレたちがいなくても、オリビアさんが何とかしたような気はするのだが……。


「そうだ。普通はこのような場所にはいない魔物だ。奴らがのだ。だからこれで襲撃が終わりという事はないだろう。恐らく行く手には、既に相当数の魔物がいるだろう」


 それはこれから先、何度も襲撃を受けるという事だと理解し、その言葉に皆が驚愕の表情を浮かべる。


 しかし……オレとリシルは別の意味で驚きを隠せなかった。


 魔物を「」と言った。

 魔物が「いる」と言ったのだ。


 まさか、こんなところでまた『世界の揺らぎ』と戦う事になるとは思わなかった。

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