【第26話:名前は?】

 翌朝、昨日と同じ少し硬めのベッドで眠ったオレは、やはり同じく気持ちの良い朝を迎える。


 今日は昨日の鬱憤を晴らすかのような快晴だし、昨日はあれから宿でリシルと色々話しながらゆっくりと過ごしたので、もう完全に旅の疲れは取れたようだ。


 軽く伸びをして部屋を見回すと、テーブルの上に置かれた1冊の手帳のようなものが目に入る。


「そう言えば、あいつ手記を忘れていってたんだったな」


 この手記はリシル自身がつけているもので、オレとの話の途中でも何度も開いては何かを書き記していた。

 ちょっと手記を開いて中身を読んでみたい衝動にかられたが、何とか思いとどまってそのまま机の上に置いてある。


 オレの意志を試すような忘れ物は勘弁して欲しい……。


 昨日は、この聖魔剣レダタンアが世界に与える影響について話していた。


 魔王との戦いの中で使った聖魔輪転とは本来どんな切り札だったのか?

 その瞬間一体何が起こったのか? なぜそのような事になったのか?

 世界から忘れられるのは例外なく皆忘れるのか?

 辻褄が合わない記憶はどうなるのか?

 アーキビストの魔眼以外に記憶が戻る方法はないのか?


 など、疑問に思う事を取り留めもなく話をし、時折リシルのアーキビストの魔眼を利用して調べたりしつつ、色々と何が起こったのか現象の謎について話し合っていた。


 オレとしてはリシルの冒険者になってからの話とかも聞いてみたかったのだが、いつも話すとオレの話ばかりになってしまう。

 今度オレの話は禁止のルールで話でもしてみようか。


 そんな馬鹿なことを考えていると、昨日と同じように控えめのノックの音が響いたのだった。


「テッド~起きてる~?」


 ~


 リシルと一緒に朝食を食べたあと、オレ達は街の市が開かれている広場に向かって歩いていた。


 手記は、リシルが部屋の扉を開けて忘れていった事に気付いた瞬間、駆け寄って懐にしまっていた。

 何か「うぅ~!」と唸りながら「読んでないでしょうね!?」と詰め寄ってきたので、中は見ていないと何度も伝えたのだが中々信じて貰えなかった。


 いったい何を書いていたんだ……。


「それじゃぁまずは水と携帯食を補充して、それから魔道具屋に行ってみましょうか?」


「そうだな。ここまでの旅路で携帯食もだいぶん消費しているからな。冒険者ギルドに向かうか」


 前の街でかなり買い込んでおいた携帯食だったが、もう半分ほどは食べてしまっていたので、補充するために冒険者ギルドに向かう事になった。


 通常の食料と違ってしっかり栄養が取れて日持ちする事だけを考えた旅の必需品なのだが、これは冒険者ギルドが独占して販売している。

 似たようなものは他の店でも売っている事は売っているのだが、ギルドの物は特殊な方法で加工された食品のため、他で売っている携帯食よりもずっと栄養素が高くて日持ちがするのだ。

 そのかわり味は他の店で売っている物の方が良いので、どちらを選ぶかは人それぞれなのだが。


「えぇ~。たまにはお店の携帯食買わない? ギルドの美味しくないんだもん」


 と、このように味はすこぶる評判が悪い。


 一人の時はあまり気にせずいつもギルド謹製の携帯食を食べていたので、オレは慣れてしまってそこまで不味くはないと思うんだが、リシルはやはり少しでも美味しい方が良いのだろう。


「仕方ないなぁ。でも、ギルドの携帯食も補充するから、どの道冒険者ギルドには向かうぞ?」


「そうこないとね! じゃぁ先に冒険者ギルドに向かいましょう」


 オレの了承する返事にリシルは嬉しそうにそうこたえると、身をくるりと翻して冒険者ギルドへの道へと向かうのだった。


 ~


 この街の冒険者ギルドは、珍しく街の中心部に位置している。

 これはこの街の冒険者ギルドでは、護衛依頼がその大半を占めているからだろう。

 その護衛を依頼している商人ギルドが街の中心部に建っていいるので、冒険者ギルドも近くにあった方が利便性が非常に良いのだ。


「あれ? ここの冒険者ギルドって鍛錬場まであるのね」


 冒険者ギルドの近くまできた時、リシルがそう呟いた。


「そうだな。前にこの街に住んでた事があるって話をしただろ? その時に冒険者ギルドの隣の店が家を売りに出してな。それをギルドが買い上げて、ちょうど鍛錬場を作ってるところだったよ」


 そう言えばオレも見るのは初めてだと、5年ほど前のことを思い出しながら話をする。


「へぇ~そうなんだ。この国の冒険者ギルドだと王都には立派な鍛錬場があるのを見たけど、他で見るのは初めてだわ」


「せっかくだからちょっと覗いてみようか?」


 そう言って二人で鍛錬場に向かい、珍しそうに中を覗き込んでいると、あまり会いたく無い奴に出会ってしまった。


「あっ!? てめぇはこないだの魔獣商のところにいた奴だな!」


 面倒臭いなぁと思いながら、適当に右手をあげて挨拶をしておく。


「えっと……確か名前は……」


 そう言えば名前聞いてなかった気がするな。


「てんめぇ! 俺様の名前を忘れるたぁいい度胸してるじゃねぇか! ちょっと俺様が相手してやるから中に入ってこい!!」


 だから俺様って誰様だよ!? 名前名乗ってねぇから知らねぇよ!


「え? とりあえず嫌だけど?」


 それに面倒なので中に入るつもりもない。

 即答で断ってその場を後にしようとすると、今度は横から大笑いしながら一人の男が歩み寄ってきた。


「お兄さん、面白いねぇ! そんな馬鹿と勝負するぐらいなら僕と勝負しない?」


 だから今度は僕って誰だよ!?

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