【第22話:油断ならない男】

「これは失礼しました。セギオンの領主様のご子息でしたか」


 相手が普通に接してくるならわざわざ敵対する事もないだろう。

 オレは昔の記憶を引っ張り出して、貴族の礼儀に則って挨拶を返す。


「私は冒険者のテッドと申します。ただ、ありがたいお話なのですが、私はC級冒険者ですのでそのご依頼はお受けする事が出来ません」


 そう言って丁寧に誘いを断っておく。

 リシルは、冒険者タグは普段胸元にしまっているので、歳上に見えるオレがC級冒険者だという事を伝えればあきらめてくれるだろう。


 そう思っていたのだが……、


「ほう。そうなのか? そこの娘も中々凄い実力を持っていそうだが、お前は単純に測れない程の実力を持っているように見えるのだが?」


 え? こいつ何者なんだ……?


 ただの貴族の子息と思っていたら足元をすくわれそうだと、オレの中の警戒レベルを一段階あげておく。


 良く考えれば、セギオン領と言えばこのイクリット王国で唯一魔人国ゼクストリアと接する未だに争いが絶えない地域だ。

 大きないくさにまではなっていないが、常に小競り合いのような争いが起こっている。


 そして辺境伯が収めるあの街は、騎士団以外に独立した兵団を保有する事が認められている軍事拠点。

 この国で唯一多くの実践を経験している為に練度も高く、王族に次ぐ戦力を保持している貴族とも言える。


 やはり油断ならない。


 オレはなるべく当たり障りのないように、


「ありがとうございます。しかし、それは買い被りが過ぎると言うものです。それに……」


 適当な理由をつけてしっかり断っておこうとしたその時、ようやく復帰した護衛の男がそれを中断してしまう。


「ちょ、ちょっと待ってください!? いくらダルド様でも馬鹿馬鹿って酷いですぜ! どう考えてもこんな奴より俺の方がつえぇですし!」


 馬鹿だから変えたいと言われているのに、強さ自慢しても仕方ないと思うのだが……。

 その発言に何故かリシルがちょっとムッとしているが、このままこの男の発言に乗らせてもらおう。


「そちらの護衛の方の言う通りですよ。それに先ほども申しましたが、私はC級冒険者です。いざと言う時にダルド様をお守りする自信がありません。どうかご容赦ください」


 オレのその発言に隣町の次期当主は、


「そうか。それはとても残念だな。まぁ今回は嫌われる前にここらで引き下がっておくとしようか」


 そう言って、護衛の男に帰るぞと指示をだし、あっさりと店を出て行ったのだった。


 ~


「いやぁ~さっきは助かったぜ~!」


「いや。たまたまだし気にするな。こっちこそ変なタイミングで入ってきて悪かったな」


「あの護衛の馬鹿は昔から大嫌いでな。しっかし、貴族の方も何も口を挟まねぇから、てっきり同じような貴族のボンボンだと思ったんだが……アレは結構やばいぞ。大丈夫だとは思うが、一応気を付けろよ?」


「気を付けた方が良いのは主人の方じゃないのか?」


 オレのその言葉に「ちげぇねぇ」と言ってお互い笑いあう。


「オレはこの店『グレイプニルの蹄』をやってる『テグス』だ。よろしくな」


「さっき貴族様への挨拶を聞いていたかと思うが、オレは冒険者のテッドだ。こちらこそよろしく」


 オレはそう言って挨拶を返すと、カウンター越しに握手を交わす。


 そして話を続けようとしたその時……革鎧の隙間の肉を思いっきり抓られた。


「痛って!? 何してるん……!?」


 そう言って振り返ったオレに突き刺さる視線。


「あの~? 誰かわすれてませんか~?」


「イ、イヤ、ワ、忘レテナイサ!」


 リシルのジト目の視線が顔にザクザク突き刺さってくるので、急いでリシルも紹介しておく。


「こ、この子はオレの相棒のリシルだ。若いが凄い優秀な冒険者なんだ」


 オレが慌ててそう紹介すると、


「これはいいや! 嬢ちゃん気に入ったぜ! オレはテグスだ。よろしくな!」


 店主のテグスは遠慮の欠片もみせずに大笑いしてから、リシルとも握手を交わす。


「冒険者のリシルよ。テッドと違って私はBだから間違えないでね」


「へぇぇ!! こいつは驚いた! 本当にすげぇ優秀なんだな! おまけに別嬪だし、こんな奴には勿体ねぇぐらいだ」


で『こんな奴』呼ばわりかよ」


 内心5年経っても変わらないなぁと変に関心しつつも、苦笑いを浮かべる。

 隣でリシルが顔を真っ赤にしていたが、揶揄っても得する事はないのでそっとしておこう。


「まぁ良いじゃなぇか! それで、ここには騎獣を探しに来たんだろ? 何を探してるんだ? グレイプニルか? 今ならちょうど2頭良いのがいるぞ?」


 あいも変わらずグレイプニルを押してくるテグスに、少し気が緩んでしまったのだろう。


「相変わらずグレイプニルが好きなんだな。しかし、オレ達は出来ればラプトルが欲しくてな」


 気付けばそんな事を口走ってしいた。


「……なんだ? お前どこかで会ってたっけ?」


 自分がど忘れでもしているのかと考え出すテグス。


「いや……すまない。昔の知り合いでグレイプニルが好きな調教師テイマーがいてな。思わず被ってしまったようだ」


 自分で言っておいて凹むとかほんと世話ないな……。


 そんな風に思っていると、二階から声が掛けられる。


「あんた! グレイプニルばっかり勧めてるんじゃないよ!」


「うっ! 良いじゃねぇか……」


 そして階段を降りて現れたのは、テグスと同じく見知った顔だった。

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