【第21話:懐かしい友】

 魔獣を取り扱うこの店の名は『グレイプニルの蹄』と言う。

 単純に店主が一番好きな騎獣がグレイプニルだからだそうだ……。


 そのグレイプニルの蹄は、街の外れ、畜産指定の地域に位置しており、頑丈そうな木で出来た大きな厩舎と少し狭い牧草地、ここの主人の住居も兼ねている2階建ての石造りの店舗から出来ていた。


 オレ達は言い争いが聞こえてきた店舗の前までやってくると、扉を少しだけそっと開けて中の様子を窺ってみる。


「なんか唸りながら睨み合ってるんですけど……」


 リシルが今度は本当に嫌そうな表情を浮かべて、お先にどうぞと場所を譲る。


 今度は交代でオレも覗いてみたのだが、店の主人が客の男とまた言い争いを再開してしまった。

 面倒そうなので、また明日にでも出直そうかと思っていると、


「魔獣を道具か何かとしか思っていない、お前みたいな頭の悪い奴に売れる魔獣は一匹もいねぇんだよ! 帰れ帰れ!」


「貴様!! 貴族の嫡男であらせられるダルド様に向かってなんと言う口の利き方を!?」


 と聞こえてきたので、ちょっと助け舟を出さないと危なそうだ。

 主にこの店の存続的な意味合いで……。


「すみませ~ん。ちょっと騎獣を買いたいんですけど~」


 わざと言い争いをしている事に気付かないふりをして、惚けて扉を開けてみる。


 そこにはこちらに背中を向ける若い男2人と、カウンター越しに少し白髪の混ざった壮年の男性が立っていた。


 この店の主人である『テグス』だ。


 初めてここの主人であるテグスと出会った時は、オレがまだ勇者の称号を授かる前だった。

 歳が近かった事もあり、話が合い、冒険者仲間以外では珍しくたまに飲みに行く程度には仲が良かった。


 テグスは当時まだ調教師として頑張っており、この店は構えていなかったが、今と同様に魔獣に対して色々と熱い男だった。


 それから時が経ち、再会を果たしたのは6年前。

 トーマスの村に行く前に2年ほどここで過ごしていたのだが、たまたま王都に向かう護衛の依頼を請け負った時だった。


 テグスにとっては「初めまして」だった訳だが、魔獣の取引で王都に向かう道中で再び意気投合し、そこからまた1年ほどは仲良くさせて貰った。

 だが、5年前のある事件でレダタンアの力を使った為に、また「初めまして」の挨拶から始めなければならないのがやはり辛く、その時は街を去ってしまった。


 そして2度目の再会をこうして果たした訳だが、オレの時間が止まっているせいで開いてしまった歳の差が、オレたちの開いてしまった距離を突きつけてくる。


 でも……感傷に浸っている暇は無さそうだ。


「なんだ貴様は!? 今は取り込み中だ! 帰れ!」


 振り向きざまに貴族の護衛らしき男が怒鳴ってくるが、帰れって言われているのはお前たちだろうと、もう少しで言い返してしまうところだった。危ない危ない。


「そうなんですか~? それじゃぁそちらで待たせてもらいますね~」


 オレは男の言葉を軽く聞き流して、入り口横にあるベンチにさっさと腰をおろす。

 リシルも小さく「お邪魔しま~す」とか言いながらついてきて、何食わぬ顔でちょこんとオレの横に座る所はさすがB級冒険者と言った所か。肝が座っている。


 そんなオレ達の飄々とした行動に呆気に取られていた男が、復帰してまた怒鳴ろうとした時だった。

 貴族の若い男が護衛の男の肩に手を置き、面白いものを見つけたと言った顔で話しかけてきた。


「お前達は騎獣を買いにきたのか? 見たところ冒険者みたいだが合っているか?」


 どうもヒートアップして言い争いしていたのは護衛の男と店主のテグスだけなようで、この貴族の男も辟易としている様子だ。


「あぁ、そうですよ。それがどうかしましたか?」


 オレの答えにふむと頷くと、顎に右手をあてて少し考え込む仕草をする。


「この街にいる腕の立つ冒険者はだいたい知っているつもりだったのだが……この街に着いたばかりと言ったところかな。どうだ? この馬鹿な護衛の代わりに俺の護衛の仕事を受けてくれぬか」


 予想外の話の流れに、今度はオレたちの方が呆気にとられる番だった。

 まぁ一番呆気にとられているのは、口を大きく開けて間抜け面を晒している護衛の男だろうけど……。


「えっと……その男はB級でしょ? 護衛としては十分なんじゃないのですか?」


 その間抜け面の護衛の首には意外にもシルバーの冒険者タグがかかっていた。

 頭はともかく腕は立つのかもしれない。などと失礼な事を考えていると、


「そうじゃない。コイツは父上に無理やりつけられた護衛なんだ。この街で護衛の依頼を受けてくれる冒険者が少なくてな。しかもB級以上の冒険者を護衛につけないと外を出歩くのを禁止されているので、仕方なくこの馬鹿で我慢していたのだ」


 追い討ちをかける貴族の男……。


「あぁ、すまない。自己紹介がまだだったな。俺は『ダルド・フォン・セギオン』。隣町の領主の息子で一応次期当主だ」


 思った以上に偉い貴族様だった。

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