【第16話:旅の始まり】

 トーマスの村を出て2週間が経とうとしていた。


 あれからリシルと旅をする事になったオレは、二人で話し合ってまずは騎獣を手に入れようという事になり、メギタスの先にある大きな街『テイトリア』を目指している。


 馬ならメギタスでも手に入ったのだが、冒険者は危険な地に赴く事も多く、普通の馬だと魔物に襲われた際に命を落とす事が少なくない。

 その為、移動の多い冒険者の間では調教師テイマーと呼ばれる人達が捕まえた『魔獣』に乗る者が多い。


 魔獣とは魔物同様に魔力を糧に位階をあげる事ができる生物で、普通の獣とも、魔力の乱れから発生する魔物とも違う別の存在だ。


 一般的には通常の獣などが長い年月の間に魔力の影響を受け、その生態を変化させたものだと言われているが詳しくはわかっていない。

 ごく一部、魔力の影響受けたもの以外に、もともとそう言う種として存在していたとされている特殊な魔獣もいるのだが、これらは魔獣とは区別されている。


 そんな魔獣の中で冒険者に人気があるのは、ラプトルと言う大きな二足歩行のトカゲの魔獣や、歩みこそ遅いが力があり頑丈な水牛の魔獣エアレー、6本足の巨大な馬の魔獣グレイプニルなどだろうか。


 中でも、ラプトルは体力があって足も速く、低ランクの魔物を倒せるほどの戦闘力を併せ持つので一番人気だ。


 まぁ他には冒険者憧れの夢の騎乗生物として、ワイバーンやグリフォンと言った空飛ぶ騎獣があげられるのだが、特殊な騎士団やSランク冒険者ぐらいしか所持する事は不可能なのでここでは省いておく。


 そしてオレやリシルが入手したいと考えているのはラプトルだ。

 だが、前述のように一番人気のある騎獣のために常に品薄で、テイトリアでも手に入れるのには時間がかかるだろう。


 どちらにしろメギタスで待っていても入手できないので、メギタスでは一泊だけして旅の準備をしてすぐに出発している。

 ただ、運が悪い事にメギタスからの乗り合い馬車がちょうど出発したばかりだったため、今はのんびりと街道を歩いて向かっている状況だ。


 二人とも冒険者で体力にも自信があり、街道付近に出る魔物なら脅威とはならないため、徒歩で向かっても問題はないと同じ意見だった。


 そしてメギタスの街を出てすでに4日。

 テイトリアの街までは徒歩だと5日ほどの距離なので、明日の昼ごろまでには着くだろう。


「それでテッド。テイトリアに着いたらどうするの? 騎獣ラプトルはすぐ購入出来そうにないでしょ?」


 リシルが銀髪を靡かせオレの前まで回り込むと、オッドアイの瞳を輝かせて顔を覗き込むようにして聞いてくる。


「そうだな。とりあえず冒険者らしく何か適当に依頼でも受けようかと思っているんだが……構わないか?」


「構わないけど、無理に依頼受けないでも良いのよ? テッドが早く私にランク追い付きたいって言うのなら協力するけど?」


 そう言ってクスクスと笑いながらウインクしてくる。


 あの時、最後だと思って余計な事言ってしまったからか、時々こうやってドキリとするような表情を向けてくる。


 まぁ可愛いのは認めるが、また悪戯っ子の目になっていて少しげんなりする。

 まぁ、大人の余裕で受け止めて……いや、やっぱりたまには反撃しておこう。大人の威厳も大事だ。うん。


「何だ? オレの冒険者ランクが何か?」


 と言って、オレはこっそり入れ替えた冒険者タグが見えやすいように少し顎をあげる。


 このプラチナのタグは15年前まで使っていた正真正銘オレの冒険者タグだ。

 ただ、世界から忘れられた存在なのに、いきなりSランクの冒険者として行動すると色々と厄介ごとが多いのがわかったので、今は封印しているのだが。


「うわっ!? いつの間に! 昔の引っ張り出してくるなんてズルい!! 大人の癖にずるい!!」


 オレの首にかかるプラチナ製の冒険者タグに気付いたリシルが抗議の声をあげるが、大人のずるさ……じゃなくて威厳で却下しておく。まぁ、威厳とは関係ないが。


「昔のだろうが本物だし。オレのものってのに嘘はないし」


 そんな他愛もない会話をしながら街道を歩いていた時だった。


 かなり遠くに感じたが、前方から何か大きな魔法を使ったような音が聞こえてきた。


「何かな? 誰かが魔物とでも戦ってるいるのかしら?」


 音の聞こえてきた方に道が曲がっており、森の木々が邪魔してここからでは視認できないようだ。


「どうする? 厄介ごとに巻き込まれるかもしれないが……まぁ行くに決まっているよな」


 オレはリシルを気にして駆け出すか一瞬迷ってしまっていたが、途中でリシルの視線がきつくなったのを感じ取って素直に行動する事にした。


「私に遠慮なんてしないでよね。じゃぁ、強化をかけるわよ!」


 そう言って詠唱を開始する。


≪緑を司る解放の力よ、我が魔力を糧に衣となりて道を示せ≫


薫風くんぷうの囁き≫


 少し先に出現した緑の魔法陣を二人で潜り抜け、風を纏うと一気にスピードをあげて駆け抜ける。


 その速度に視界が狭くなり、景色が後ろに流れていく。


 強化魔法は唱えるものの練度によってその効果が決まる。

 そしてリシルのそれはヒューの奴にこそ劣るが、驚く程の効果を授けてくれていた。


「さすがヒューの娘だな」


 思わず呟いてしまったオレの声は、風に掻き消えてリシルには届かなかったようだが、親と比べられるのを極端に嫌うリシルに聞こえなくて良かったかもしれない。


 そんな事を考えているうちに魔法音がだんだんと大きくなり、それが明らかに戦闘によるものだと言うのがわかった。


 何故なら、


「だ、だれか~! た、助けてくれ~!!」


 そう言って馬車から叫ぶ御者の男に、馬で並走しながら後ろに魔法を放つ女性の姿が見えたのだ。


「何かに追われているようだ! 急ぐぞ!」


 そして街道を曲がったところで目に飛び込んできたのは、飛竜ワイバーンに襲われる商人の姿だった。

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